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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十一章
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遺すモノ

「悪いね、アルモニア」

 と、エスピラは一通りの説明を終えると、置いていくことになる副官に謝った。


 致し方ないのだ。

 カルド島の者と折衝を続け、かつアレッシアに利益をもたらす。そして他の部隊の不満も抑えながら本国からの干渉を防がないといけない。


 そんな難題をこなせる人材など、数少ないのだから。


 それが出来そうだと見ているひとりであるグライオはトュレムレの中。ヴィンドはマールバラと戦える以上手元に置いておきたい。

 しかも、次は半島内での戦いであるため、商人との交渉はほとんど済んでいる。残りの、ハフモニ側に着いている都市の市民の寝返りを訴えるのは、色々な者に経験を積ませているのだ。


 正の面を見て選ぶ方法でも、消去法でも、アルモニアしかいないのである。


「私は構いませんが、エスピラ様は大丈夫でしょうか。本来の予定ではソルプレーサ様も後任の目途が立てば残る予定ではありましたので想定内ではありますが、あとはスーペル様の一個軍団だけであったはず。それが、ファリチェ様やヴィエレ様、エスピラ様の被庇護者も想定を大きく上回る人数を残すことになっております」


 夏前から、より正確に言うのならエクラートンの陥落に前後してずっと話し合いを進めていたのだ。

 アルモニアも、エスピラの当初の予定をエスピラと同じくらい良く知っている。


「アイネイエウスの置き土産、だな」


 アイネイエウスに忠実な者の内、グノートはついぞ捕らえられなかったのだ。

 しかも、マールバラの異母弟であり、アイネイエウスにとっても異母弟であるポーンニーム・グラムが二万五千の兵を率いてカルド島に来ようとしている話もある。ハフモニ本国を守っている傭兵部隊三万が動かない保証も無い。


 ハフモニの残党を狩りだしつつ、大軍が上陸できるような港の守りを固める。それをするために、ファリチェ、ヴィエレ、ルカッチャーノが指揮官として必要だ。連絡を取り合うために鍛え上げた被庇護者も大勢必要なのだ。


 本当に、残りのグラム兄弟にとって追い風となる死に方をアイネイエウスはしたのである。

 弱腰のハフモニ百人会に対する風向きを変えたのである。


「いざとなればトリンクイタ様も一端の指揮官として戦えるよ。カルド島の兵も二万は軍備を整えているが、いざとなればもっと湧いて出てくる。

 とにもかくにも、私はトュレムレを奪還し、素早くもう一人、カリトン様かヴィンドかグライオをカルド島に送り込むから、それまでは頼んだ」


 アルモニアが流麗な所作で腰を僅かに曲げた。


「お心遣いありがとうございます。ですが、むしろ多くの者が危惧しているのはエスピラ様の方だと思います。ソルプレーサ様や私のみならず多くの者を置いていくことは、怪物退治に替えの靴どころか靴を履かずに行くようなこと。石の一つ、虫の一匹が脅威になりましょう。


 エスピラ様。私たちにとって大事なのはエスピラ様が生き延びること。


 ヴィンド様もイフェメラ様もシニストラ様もそう申しております。ソルプレーサ様は、そこからさらに自分たちに利益が返ってくることも付け足しておりましたが」


 と、最後は砕けたような笑みでアルモニアが笑った。


 丁寧で腰を低くした言い方と、強い覚悟。そして心を開くかのような物言い。

 聞き心地良く、なおかつ全てが耳に残り頭に刻まれる話し方である。


「代わりに世界の果てまで行く馬と鞘すら切り落とす剣を手に入れた。

 まあ、幾ら言いつくろっても、私にとっても靴の方が大事だけどね」


 堂々とした、頭領に相応しい言い方と、哀愁漂わせる言い方。

 エスピラも、大きく印象の違う二つを使い、アルモニアに返す。


「人に請われればモノを与え続けた者の話を思い出します。あの者の最後は」


 言葉を止め、アルモニアがエスピラを見てくる。


「全てを失い、人から見向きもされなくなったが最後まで残った友のおかげで大逆転をしていたな。まあ、あくまでもそれは物語だからこそだ。現実にはそんなことあり得ない」


 アルモニアが最初より深く頭を下げた。

 静かな足音が、執務室に近づいてくる。


「安心しろ。私は、グライオも君も。誰かにやるつもりは無い。私の大事な仲間を誰かにくれてやるつもりなんざ毛頭ない。私が一度手にしてモノを手放しはしないのは、君達なら良く分かっているだろう?」


「メルア様には一歩も近づくな。私たちの合言葉です」


 冗談めかして笑ったアルモニアのあと、扉が叩かれる音がした。

 真顔になったアルモニアが一歩だけ右にずれる。誰が来たのかは認識していないらしい。


「失礼いたします」


 しかし、マシディリの声によってアルモニアが完全に横にどけた。

 愛息が入ってくる。

 アルモニアがエスピラを見てきた。エスピラもアルモニアに視線を返し、頷くかのように目を上下させる。アルモニアが流麗な仕草で辞去していった。


 室内には、エスピラとマシディリ。それから、先程もずっと黙っていたシニストラだけ。


「重要な話でしょうか」


 マシディリが居なくなったアルモニアの跡地に目を移し、戻した。


「大事な話だ、マシディリ」


 言って、エスピラは全ての紙を退けた。

 エスピラとマシディリの間にあるのは机だけになる。


「マルテレスが、お前を連れて行くことを認めてくれた。名目としては私との連絡役として、そして財や物資の管理の助言、半島南部で活動するための橋渡しの援助になるが、戦術も大いに学べる。その全てを、心行くまで是非とも吸収してきてほしい」


「はい。必ずや神に認められ、父祖に恥じず、父上の誇りとなる人物に成長して帰ってくることを、フォチューナ神に誓います」


 うん、と頷き、エスピラは少し前に出た。


「それから、ウェラテヌスの当主として言わなければならないことがある」


 マシディリの顎が引かれた。

 目はしっかりと見開かれ、瞬きすらしていないようにも見える。



「エリポスでは。他の国では。そのようなことを決して言うな。


 その国にはその土地だからこそ、国民性だからこそ発展してきた文化と風習がる。それを無視し、なんでもかんでも他国に阿るな。他国がやっていることはそうなった理由があり、その理由を知らずに他国がやっているからとアレッシアに取り入れようとするな。


 私たちはアレッシア人だ。

 ウェラテヌスは建国五門だ。


 変革は必要だろう。改良も必要だろう。

 だが、そのために他国を持ち出すなら、他国の悪しき点とその風習の悪さも理解したうえで提案しろ。そうでないのなら、二度と口にするな。


 外交で使うだけなら良い。騙すために使うのも良い。


 だが、私たちが守るべきはアレッシアであり、その文化であり、誇りだ。独自の発展も守らねばならない。


 マシディリ。私はね、アレッシアの影響下にある場所で、未だにエリポス語が共通の言語として使われていることすら腹立たしい。カルド島も、ビュザノンテンも、旧ディラドグマ領も。全てアレッシアの領域だ。ならば向こうがアレッシア語を話せるべきであり、こちらの高官がエリポス語を話せなければならないなど怒りで気が狂いそうだよ。


 アレッシア人は、アレッシア語だけを話せれば良い。他の者がそれに合わせろ。エリポス語を高官の条件にしている者たちこそ真の売国奴だ。


 まあ、暴論だとは理解しているけどね」



 ふう、とエスピラは熱くなった息を吐きだした。

 すぐに大気の寒さが肺に充填される。


「ああ。もちろん、使える手として他民族の言葉を知っておくのは良いことだ。理解できればできるだけ、打てる手も広がるからね。私が言っているのは、あくまでもアレッシア人の出世にアレッシア語以外の言語が関係あるのが許せない、と言う話さ。アレッシアが一番良い国だとは言わない。だが、アレッシアが一番良い国にしなくてはならない。その覚悟を以って、これから歩んでほしい」


 父上は私たちに他の民族の言葉を覚えるように家庭教師をつけておりますよね。

 などと言われそうだったので、エスピラはそう付け足した。


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