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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十一章
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最後の始末(カルド島決戦 -肆- )

「久しぶりだな、シニストラ」

「最も大事な時に傍に居られず、申し訳ありません」


 久しぶり、には何も突っ込まず、シニストラが頭を下げた。


「私の失敗によって引き起った危機だ。こちらこそ余計な罪の意識を与えてすまないね」


 返し、むせかえるほどの血の匂いが漂う大地を進む。

 目的地は怪我人用の区画。その中でも一等立派な天幕の中。エスピラとしては、余程の怪我人以外入れて欲しくは無かった場所。


「エスピラ様、良くぞ来てくれました!」


 その真ん中で、確かに血に塗れてはいるが大きな声を出したのはラシェロである。

 他の怪我人はいない。信用ならない三千人の中に居た白のオーラ使いが三人も傍に控えている。


(無駄だ)


 思いながらも、エスピラは労うような表情を作り上げた。


「アレッシア人の名に恥じない見事な働きでした」

「ねぎらいの言葉は良い。それよりも、聞きたいことがある」


 シニストラが不機嫌な顔をしたのが見ずとも分かった。

 それでもエスピラは穏やかに笑いながらラシェロに近づき、手を取る。


「シジェロ様とジュラメントは従姉弟の関係。そして、ジュラメントは私の妹であるカリヨと夫婦。ならば、ラシェロ様と私もまた遠縁にあたりましょう」


「それは、複雑な言葉だな」


 ラシェロが苦笑いを浮かべた。

 エスピラは笑みを変えず、両手でラシェロの右手を取る。その状態でオーラを流し込み始めた。


 当然、白のオーラと干渉しかねないが、そこの妨害は少しに抑えて。あくまでも目的は別。


「お褒めの言葉ですよ」


「牽制の言葉のようにも聞こえましたよ。まるで、私の娘と婚姻したくないと言っているようでしたが」


 ははは、とエスピラは声をあげて笑った。

 不機嫌そうなシニストラの空気を消し飛ばすことはできなかったが、ラシェロはシニストラを視界から外すだけに留めてくれたらしい。


「結婚はしたくはありませんね。私の妻はメルアで十分。メルア以外要りません。何より妻はかわいらしいのですが、手がかかるのも事実なのです。とてもじゃありませんが、二人も三人もなんて手が回りませんよ。愛人をたくさん作れるのは、本当に稀有な才能の一つだと思っております」


「愛人と妻は違います。妻なんて、結局は家同士の関係。子を為せばそれで良いのです。娘も婚姻を望んでいると言うことは、愛を求めてはいないのでしょう。悪くはない話だと思いますよ。何より、トリアヌスの継承権をエスピラ様と娘の間に出来た子に与える、と言えば如何でしょうか?」


「見返りに何を求められているのか。怖いですね」


 ふふ、と眉を下げて笑う。


「何も。ただ私の汚名を雪いでくだされば結構です。そして、雪ぐためにはクエヌレスでは駄目でしょう。ウェラテヌスに着くのが一番。そう言う考えですし、それを周りに示してほしい。ただそれだけです」


 それだけな訳が無い。

 そんなことを思いながら、エスピラは微笑み続けた。両手も握ったまま。オーラの流しも続けている。


「持参金は、如何ほど?」

「その気になってくれましたか?」


 エスピラは微笑むだけで何も応えない。

 ラシェロはにやりとした笑みを浮かべつつも困惑の見える色で上下の唇を離した。


「トリアヌスの継承権が、エスピラ様の子に与えられるのですが」


「何かを勘違いされておられるのではありませんか?」


 笑いながら、エスピラは顔を近づける。


「私の遺言は、マシディリに私の全てを継承させるもの。他の子供たちへはあくまでもマシディリが貸し出す形でしか継承させるつもりはありません。ましてやメルアとの子以外の者に一つの家門ほどの引継ぎをさせる? あり得ません。


 隆盛を誇ったセルクラウスですら。いえ。隆盛を誇ったからこそ、セルクラウスは分裂したのです。そんな真似をするわけにはいきません。


 ウェラテヌスは、マシディリのみに引き継がせます。私の血を引いている他の者がマシディリに僅かでも対抗できる力を自力ではない方法で手に入れるなど、認めるわけにはいかないのです」


 ラシェロの手に力が入った。

 ぐ、とエスピラを引き寄せたままにするような、良い天幕に居るとは思えないほど元気なものである。


「それは、シジェロとの子が、ウェラテヌスにとって将来の政敵であると、そう認識しているとでも言いたいのか?」


「それだけではないでしょう。貴方には息子もいて、娘もいる。その中で生まれてもいないどころか結婚するつもりも無い人との子にトリアヌスを継承させる? そんなもの、ただの争いの種ですよ。愚かな決断です」


 エスピラはあくまでも穏やかに言った。


「エスピラ様の後の権利など、一人が継承するには強大すぎる。タヴォラド様ですら妨害が入ったのだ。一人による継承など、アレッシアとして許すわけにはいかないほどの権力になるぞ」


 ラシェロが睨むようにして返してきた。


「マシディリは、まさに神に選ばれた子です。私とメルアの子でありながら、いわれのない疑念が付きまとう。親としては晴らしてやりたいところですが、ウェラテヌスの当主としては巨大な権力を手にしても自分を見失わない素晴らしい枷だとも思ってしまうのです。

 酷い父親でしょう」


「エス」

 途中で言葉が途切れ、ラシェロが寝台に倒れ込んだ。


 手の力も弱く、震えている。体を曲げ、動き、白のオーラ使いを数人蹴とばした。もだえるように動き出し、両手足を暴れさせている。うめき声も繰りそうだ。


 それでもなおエスピラは手を握り、オーラを送り込み続ける。


「気を確かに。ラシェロ様。ラシェロ様!」


 内心を隠し、焦っている姿を見せて。

 エスピラはもっと急いで治療しろ、と唾を飛ばした。


 オーラ使い達が慌ててラシェロを取り押さえ、自身のオーラを流し込む。

 傷は確かに癒えているのだ。が、焦りすぎて気づかないことも多い。


「ラシェロ様。お気を確かに。貴方は英雄なのです。アイネイエウスを討ち、カルド島を、父祖の誇りを取り戻した誉れある戦士なのです。ラシェロ様。なりません。此処で死んではなりません。ラシェロ様!」


 必死に呼びかける。

 だが、助かることは無い。


「ラシェロ様!」


 その叫びを最後まで聞き取れたのか、どうか。

 ラシェロの体から、一気に力が抜けた。

 ぱたりと倒れ、動かなくなる。


「ラシェロ様。ラシェロ様!」


 エスピラは、必死の形相でラシェロを揺らした。

 白のオーラ使い達は顔を見合わせている。


「エスピラ様。言いにくいのですが、シジェロ様をお呼びした方がよろしいでしょう。ラシェロ様は、既に……」


 シニストラが、歯切れ悪く言った。


「そう、だな……」


 エスピラも項垂れながらラシェロから離れた。

 ゆら、ゆらりと立ち上がり、頼んだ、とだけ残して天幕を出る。近くに居た者にラシェロが死んだことを伝え、シジェロを呼ばせて。


 それから、少し離れた。

 近くにいるのはシニストラのみ。表情の演技だけは続けておく。


「あの天幕は、より緊急性が高い者が使うべき場所。助からなかったのなら判断は正しかったな。だが、もし異論を言うのなら。彼らはまた私の命令を破った訳だ。しかも、命に関わる部分で。救いようが無いとは思わないか?」

「おっしゃる通りかと」


 シニストラが言い、自身の剣の柄を軽くなぞった。

 うん、とエスピラも満足げに言い、頷く。


「全く。アイネイエウスのような者を殺し、ラシェロのような者を生かしておくとは。この世界は何とも言えないね」


 そう溢し、エスピラは再び歩き始めた。


 今回の戦いは、被害も大きいのである。死者は三千人を超え、白のオーラ使いを総動員している状況だ。


 救いなのはハフモニ軍が壊滅状態のこと。

 二千に行かない程度には逃げられたが、死者は二万を超えた。捕虜も多く、治療に手が回らない捕虜はどんどん死んでいくだろう。


 ただし、アレッシア兵が殺したのは半分になど到底届かない。

 多くは同士討ちによって果てたのだ。


(インツィーアの再現か)


 そんなもの、不可能であった。

 アイネイエウスの死も、エスピラは全く喜べない。

 ラシェロを取り除き、トリアヌスの被庇護者やクエヌレスの内のブレエビやプレシーモ派の被庇護者の多くを死に追いやった。それぐらいしか即座の成果が無い。


 そんな、味方の損害でしか喜べない戦いは、エスピラの心をただただ重くするのみであったのだった。


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