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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十一章
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譲れない意地 (カルド島決戦 -参- )

 ステッラが叫ぶ。精鋭が集う。アイネイエウスの周りの兵が馬を暴れさせ、自らは降りた。馬を避けてやってきたアレッシア兵の攻撃を防ぎ、自ら三人や四人を抱えるようにしてアイネイエウスのために道を作っている。


 ただ偏に、エスピラにたどり着かせるために。


 大将同士の一騎討ちに持ち込むために。


 エスピラだけを殺すために。


 そのために、ハフモニ軍四万が死んでも構わないとでも言うように。


 エスピラは剣を握りなおした。ステッラの半身が目の前に現れる。


「なりません」

「ディファ・マルティーマでは止めなかっただろう?」


「はい。ですが、今回はエスピラ様の意図した一騎討ちではございませんから。エスピラ様が一騎討ちで負けたことが無いのは知っておりますが、同時に私はエスピラ様の実力も知っております。故に、止めさせていただきました」


「不敬だな」


 ふふ、と笑って、エスピラは半歩引いた。

 失礼いたしました、と顔を向けずにステッラが謝ってくる。


 直後に、アイネイエウスの馬が暴れた。アイネイエウスが落ちる。転がる。

 しかし、近づいたアレッシア兵の足を切りつけてから立ち上がった。


 切りつけられた兵は一歩引き、その兵の前に別の兵が出る。瞬間にアイネイエウスは右へ。前に出た兵は守りを優先していたのか、槍はアイネイエウスには届かなかった。


「それで良い」

 と、アレッシア語で。アイネイエウスが。


「私たちの間での一騎討ちなど、侮辱でしかありませんから」


 そして、黒のオーラがアイネイエウスの剣を覆った。

 赤のオーラを纏った槍の一撃を受け止め、オーラを消し飛ばし、槍を叩き落す。反転攻勢へ。かと思いきや、退いた隙にまたエスピラに近づいてくる。


 黒のオーラ。死のオーラ。

 傷の治りが遅く、使い手の力量次第では最も少量で最もダメージを与えられるオーラである。加えて、他のオーラは等量のオーラで打ち消せるにも関わらず、黒は黒同士でないと等量では打ち消せない。


 ただし、紫のオーラの方が本当の致死性は高い。


 ざ、とアレッシア兵が半歩引いた。

 オーラの量で勝てないと見てか、まずはアイネイエウスの動きを止めるのが先決と進ませないように盾を構えている。同時に、誰かに斬りかかれば後ろから斬りかかるぞ、と脅すように腰を下げて。


「アレッシアに来ないか、アイネイエウス」


 そんな殺気立つ中で、エスピラは朗郎と声を張り上げた。


「此処で死ぬのは惜しい。いや、私は君が欲しい」


 アレッシア語で、堂々と。


「私の下に来い、アイネイエウス」


 そして、右手を差し出した。

 アイネイエウスの左の口角が上がる。


「私は、ハフモニの将軍。ハフモニのアイネイエウス・グラムだ」


 剣を振り、光だけのオーラを飛ばしてからアイネイエウスが前進してきた。

 アビィティロがもろにその光を受け止めるように前に出る。躊躇いなく、光を浴びながら剣に白のオーラを纏わせた。アイネイエウスが一気に距離を詰める。急停止。半歩横に。


 全ての急な制動に、アビィティロは距離を取りながら対応している。


「好機は逃すな。それが、フォチューナ神の教えですから」


 アビィティロがエリポス語で言った。

 アイネイエウスに、では無く、獅子を狩ることの許しをエスピラに請うため。いや、宣言するためだろう。


「まだ拙いですよ?」


 エリポス語でアイネイエウスが返し、アビィティロの懐に飛び込んだ。

 アビィティロも距離を詰める。寸前でかわし、白のオーラで殺しきれなかった黒のオーラがアビィティロの体に当たる。それでも、剣を伸ばした。アイネイエウスの左手に突き刺さる。アイネイエウスがそのまま剣を固定するように左手を絡めた。血が剣を伝い、地面に落ちる。アビィティロが剣を離す。前へ。アイネイエウスも突進し、アビィティロに鎧越しに頭突きをかました。


 アビィティロを蹴り飛ばし、エスピラの方へ。


 ステッラがエスピラの前に出る。剣が投げられた。弾く。次の剣が抜かれ、アイネイエウスが跳躍前のように沈んだ。


 しかし、前進は起こらず。


 そして、もう一回沈んだ。

 目は丸い。口がパカリとあく。


 アイネイエウスと同時に、エスピラもアイネイエウスの背中を見た。


 地面に転がったアビィティロが、同じく地面に落ちていた槍を手にしていた。穂先はアイネイエウスの腰へ。鎧のつなぎ目を、きっちりと狙って突き刺して。


「ああっ!」


 叫び、アイネイエウスがエスピラの方へまた歩みだした。

 多くの槍がアイネイエウスに突き刺さる。アイネイエウスの口から血がこぼれる。

 それでも、アイネイエウスの瞳にはしっかりとエスピラが映っていた。


「あど、少し……!」


 ハフモニ語で、呻きながら。

 全身を刺されてなおアイネイエウスが進んでくる。多くの男に止められているはずなのに、引きずるように少しずつ前へ。エスピラの方へ。


「あと!」


 アイネイエウスの叫びと共に吐き出された血が、近くに居たアレッシア兵に降り注いだ。

 エスピラは、剣をアイネイエウスに向ける。切っ先が彼の目と鼻の先へ。

 その刃を、アイネイエウスが左手で掴んで下げた。なおも、前へと。体が動く。


 いつの間にか落としていたらしい長剣の代わりに、アイネイエウスの右手には短剣が握られていた。簡素ながらもしっかりとしたエリポス風の装飾は、誰かから贈られたモノだろうか。


「あと、いっ、ぽ……」


 アイネイエウスの右手が、震えながら上がる。


 ごふ、とアイネイエウスの口から血がこぼれた。前に進む。顔の位置までもエスピラよりも上に来た。

 エスピラは、掴まれている剣を右手で支えたままアイネイエウスを見続ける。

 ステッラは、もうエスピラを守ろうともしていなかった。

 アイネイエウスの顔に、笑みが浮かぶ。


 そして、右手が降りた。


 横に。力無く。崩れるように。

 体が倒れ、抜けた力を補うかのように刺さった槍が歪にアイネイエウスの体を支えた。


 だらだらと流れ落ちる血が地面に池を作る。

 彼の道を象徴するように、歩いてきた場所に道を作っている。


「殲滅戦に移行せよ」


 じっと、アイネイエウスを見据えながらエスピラは命じた。


「すぐに」


 真っ先に反応したのはアビィティロ。

 伝令を集め、指示を飛ばしてオーラも飛ばしている。

 その周りではまだ生き残っているハフモニ兵を、アレッシア兵が集団で一人ずつ確実に処理していた。勝ち目など無い。それでも、ハフモニ兵は最後の一人まで剣を振るって。剣が無ければ腕を。足を。四肢が無ければ歯で噛みつくように抵抗して。


 そんな抵抗を、アレッシア兵はあざ笑うかのように余裕で対処し、最後の一人が死んだ。


 全てを犠牲にした突撃は、結局歩兵第三列のただの一人も殺すことができず。

 いや、エスピラただ一人を殺そうとした攻撃はエスピラにも届かず、と言うべきだろう。


「悪いが、私はそれでもアレッシアの勝利のために。いや、違うな。家族とウェラテヌスのために動き続けるよ」


 エスピラは、最後にアイネイエウスの死体に向けて呟いた。返事はない。

 ただ、アイネイエウスから流れ出た血の、細い一筋が。エスピラの足元に触れていた。


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