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ズィミナソフィア

「母上が懇意にしている人が気になっただけです。それに、最近子供が生まれたと聞きましたので、親から見て子供は可愛いのかと聞きました」


 母親と同じくエリポス語でズィミナソフィア四世が返答する。


「エスピラはなんと?」

「非常に可愛いとおっしゃっておりました」


 母親であるズィミナソフィア三世が娘に母親の顔で笑いかけた後、笑みは消したが穏やかな顔で使節団の方を向いた。


「申し訳ございません。娘は非常に優秀であるとはいえまだ六歳。多少の無礼は大目に見てもらえると幸いです」

「問題ありません」


 タヴォラドが即答する。

 女王も満足げに頷いて、既に顔を上げていたエスピラ以外にも立ち上がるように促した。


 一度辞去する、なんてこともせずに使節の全員が立ち上がる。


「距離があるままではまとまる話もまとまらなくなります。話を聞けばタヴォラド様やサジェッツァ様は使節としては慣れているとのことですが、多くの人はこれから方々へ行くようなお方。気を休めるために、今日の堅苦しい話はここまでに致しませんか?」

「お心遣い、感謝いたします」


 タヴォラドが初めて小さくではあるが頭を下げた。

 後は細々と宴の場所、時間などについて話してその場は解散となる。


「何と言うか、思ったより緩いな」


 控室に戻るなり、マルテレスがそう言った。

 宴用の衣装を手に奴隷が近づいてきており、エスピラは奴隷がやりやすいように体の向きを変える。


「夕食会こそが本番だからな」

「えっ!」


 エスピラの言葉に、マルテレスが大きく反応した。

 急に動かないでください、と奴隷がマルテレスを窘める。


「ディティキの時はそうでもなかったよな」

「ディティキの時は喧嘩を売りたいアレッシアと戦争を避けたいディティキだったからな。今回は友好の使節なんだから、違うのは当然だろう?」

「なるほど。で、俺は何をすれば良い?」


 トガが外れて、大きく腕を回して伸びをするマルテレスを、奴隷は迷惑そうな顔で見たが今度は注意しなかった。


「使節に居ることが大事だからな。実際の交渉の多くはタヴォラド様とサジェッツァが行うし、権限が強いのもその二人だとマフソレイオも分かっている。まあ、個人的にマフソレイオの人と仲良くなっておくくらいか?」


 とは言え、形だけ。元老院としての情報交換が主な仕事だろう。

 表立ってはやはりそれなりの地位にある人物が交渉した方が良いが、良い条件で結ぶためには個人的な信頼関係を利用したいと言う思いがアレッシア側にもあるのだ。


 女王の職務の合間と言う形で、エスピラが交渉を行うことになる。


「んー。それなら、俺はアレッシアに残って選挙活動していた方が良かったんじゃねえかって思うんだけど」

「有名無実化していても、他国との交渉経験があるか無いかでは印象が大きく違うさ。ディティキの件もあるし、外国の事情にも精通している候補者って印象を植え付けられればより有利になると言う判断だろうな」


 サジェッツァの判断、である。

 今回、マルテレスを使節に入れたのはサジェッツァだ。サジェッツァの思い描く選挙活動に、マルテレスがマフソレイオの使節に入っていたと言うことは重要なのだろう。


(成功してこそ、とも言えるがな)


 そう思いながらエスピラは左手の革手袋も整え、着替えを続けた。


 着替え終わってから宴が始まるまでの間、マフソレイオの言葉を話せるエスピラが他の使節の人の代わりにマフソレイオの民に頼みごとをすることはあれど問題は起こらず。


 マルテレスは相変わらず人と馴染むのが早いなとニベヌレス兄弟やフィルフィアと打ち解けた様子を見ながらエスピラは思った。


「マルテレス様は良い指揮官になりそうですね」


 しっとりと落ち着いた茶色の角刈りがエスピラの目に入る。目も茶色。顔はやや長方形。


「アルモニア様から見て、どこら辺がそう思いますか?」


 エスピラはアルモニアから差し出されたコップを手に取って、麦酒を舐めた。

 特有の苦みは、エスピラには慣れたものだ。今日の使節団は、どれだけが顔芸を強いられるのかは分からないが。


「平民から慕われ、人とすぐ打ち解けられる。これを軍に置き換えれば兵からの支持を集めやすく、軍団将校と円滑なコミュニケーションを可能にすると言うことになります。どんな天才も、軍団が動かなければ意味が無いと思っている性質でして」


 人を落ち着かせるようなアルモニアの声に、エスピラは目で同意を返した。


「と言うことは、アルモニア様はマルテレスの支持に回ってくれると?」

「二つ返事でお受けしましょう」


 やけに話が早いなとアルモニアの顔を窺ったが、どうやら嘘は言っていないらしい。

 目は真っ直ぐ。表情に歪みは無し。手足も隠すような仕草は無い。


「見返りを要求されないのですね」


 意地悪だったかな、とは思いつつ。


「私の考えが合っているのかどうか。ソレが知りたいと言う思いもありますから。ただ、一つ願いを言わせていただければその次、再来年の護民官選挙で応援していただければ幸いなのですが」


 マルテレスへの願いではなく、エスピラに頼んでいるように聞こえる声であった。


「現職の護民官が周囲に漏らす方が効果は高いと思いますが」

「マルテレス様はそう言うことはお好きではないでしょう? むしろ、策を弄さずとも仲良くなれば応援してくれる人。ただ、次善の策としてエスピラ様から一言声をかけていただきたいのと、建国五門の力をお借りしたいのです」


「ウェラテヌスに、以前の力があると?」

「マフソレイオを効率的に動かせるのはウェラテヌスだけ。アレッシアの中だけを見れば、失礼ですが噂通りに婚約に至らないのが普通ではありますが外を見ればイロリウスは千載一遇の好機を逃したと私は判断しております」


 エスピラはインフィアネ一門の家族構成を頭の中の引き出しから引っ張り出した。


 アルモニアは三男。妻子持ち。

 長男は戦死し、次男は海難事故で消息不明。下には男子はいない。


(そうか)


 結婚相手には、できなかったかと。


「一つ、よろしければお聞かせ願いたいのですが」

「構いませんよ」


 アルモニアの言葉を待つ間に、エスピラは麦酒で喉を潤した。


「ズィミナソフィア四世様とは、どのような会話を?」


 声量が一段下がっている。

 雰囲気からは是が非でも詳細を聞き出そうと言うものは見えず、むしろ「言った通りですよ」と言っても引きさがりそうだ。


(どうするか)


 エスピラは、もう一回唇を湿らせる。


 それから周囲を窺い、自分たちに注意を払っている人の有無を確認した。


 結果、注意を向けている人は居ないと分かる。


「プラントゥムの言葉を使う機会はありますか? と聞かれました」


 そして、エスピラは一歩安全圏から踏み出した。


「マフソレイオではあの年齢の子供ですら、アレッシアとハフモニの情勢について把握している、と」


 アルモニアの声はやや険しいものであった。

 交渉が難航すると見越したのか、あるいは。


「そうなりますね」


 吉と出るか凶と出るかは分からなかったが、エスピラはそれ以上はこの話題を掘り返さずに静かな談笑を続けたのだった。


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