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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十一章
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自分の死をどこに入れるか(カルド島決戦 - 弐 -)

 あの会談は、きっと真実も含まれているがエスピラの心に隙を生じさせるためのものでもあった。




 そして、エスピラは自分の考えを将兵に理解してもらえるように徹底しており、作戦の目的は一兵に至るまで共有している。




 今回で言えば、包囲して敵を押し潰し、戦える者を少なくしてゆっくりと削っていくこと。


 それが目的である。


 逆に言えば、その目的が達せられるまではあらゆる手を使い、兵も気を引き締め、頭を使い、攻撃を続ける。変わり続ける作戦に対応していく。




 ならば、逆に目的を達成させてから崩せば良い。目的を達すれば、僅かでも気のゆるみは生じる。一人一人の隙は小さくても、今いるのは集団だ。一人の隙を突けば、綻びはそこからどんどん大きくなっていく。




 どうやって隙を作る? どうやって目論見を外す?




 武器を振るう距離を潰されるなら、味方を殺して作れば良い。


 財が無いのなら、奪うしかないと見せれば良い。


 罪人しか雇えないのなら、その命を有効に使えば良い。




 勝っても自分に指揮権が戻らず、処刑される運命にあるのなら。


 ならば、全霊を懸けた突撃に全てを懸ければ良い。




(一人で来る。耐える。慎重派は、臆病ではない、な)




 アレッシアに居る友を、サジェッツァを思い浮かべて。




 彼も、マールバラと直接戦わないと言う選択を、周囲を敵に回すことを承知で取っていた。突撃を指示する者よりもよほど勇気のいる選択をしていた。




「さて」


 と呟いたエスピラの視界に、オーラが打ち上がるのが見えた。




 白のオーラが、既定の通りに。いや、少しだけ違うが、ほぼアレッシアの、より正確に言うのならカルド島に居るアレッシアの軍団の指示のように。エスピラがこの戦場で使うと決めた合図と僅かな違いしか残さずに。




 その違和感も、狂乱と混沌の中にある戦場では見逃す者が多いだろう。


 しかも、その指示は撤退。第三列との入れ替えと言うモノ。




「誰がっ!」




 伝令兵の一人が叫び、宙を睨みつけた。


 アビィティロがその者を手で制している。




「アイネイエウス、だろうな」




 呟き、唇を摘まむ。


 視線を感じつつエスピラは口を開いた。




「わざわざ軍団を分けて攻撃していたのも、エクラートンにバラバラに襲撃してくることを見逃していたのも。全てはこちらの合図を解読するため。解読したものが使われていることを確かめるため。あるいは、私の軍団への指示がカルド島仕様に変わるのかを確かめるためか」




 オーラ使いを育てている、とも言っていたな。と、エスピラは会談での話を思い出した。




 最悪なのは、戦場での優先指示をマルテレスに渡していること。マルテレスからの指示だと思い、軍団が従いかねないのだ。




 アイネイエウスが、そこまで把握していたのかは分からない。


 が、そう言うことにしなければ、神々が見捨てた、と言う話になってしまう可能性だってある。




「アビィティロ。全軍に踏みとどまるように指示を飛ばせ」


「は」




 元気の良い返事の後、アビィティロが白のオーラを飛ばした。




「お待ちください!」




 ステッラの叫びは、一歩遅く。


 アビィティロが一回分の指示を飛ばしてから、手を止めた。エスピラもステッラを見る。




「兵にとっては連続の指示です。余計な混乱が広がる恐れがあります」




「…………そうだったな」




 シニストラが居ない弊害。




 そう断言できるかは置いておくとしても、シニストラが居れば彼が間に入ることで一拍出来たのだ。その隙に、ステッラが止めることだって出来たのである。




 そして、止めたのも悪手。


 余計な混乱を招くだけ。




 それを理解したのか、アビィティロが自身の唇を血が出るほどに噛み締めていた。




 その彼の目が、一気に鋭くなる。




「行ってまいります!」




 吼え、殺気が鞘に収まるように静まっていく。




「アイネイエウスが如何に優秀な将であれ、エスピラ様の軍団の中央を割って数千の兵と共に来られるはずがありません。ならば十分にその指輪を奪えましょう」


「駄目だ」




 エスピラは、必要以上に冷たく返した。


 次の言葉は、逆に必要以上にやさしくして。




「君が獅子狩りを共にしたのはマシディリとだ」




 言い終われば、エスピラは肘を曲げた状態で右手を挙げた。




「歩兵第三列、戦闘準備」




 朗、と声をあげればマシディリと共に講義を受けさせていた被庇護者がステッラを見た。ステッラは何も言わない。動かない。そして、緑のオーラが胸の高さで数回明滅した。




(後でフォローを入れないと、か)




 エスピラよりもステッラの指示に従ったように見えた彼は、きっと後で詰られる。




「カウヴァッロと五十騎ほどを退かせろ」




 伝令が一人走り去る。




「マルテレスとスーペル様に。相手は合図を理解し、使用してくる。気にせずに作戦を続行しましょう、と伝えてきてくれ」




 伝令が四人走り去った。




「ジュラメント様の部隊も合流したようですが、突破されますね」




 ステッラがエスピラに並んで言う。


 エスピラの前方でも、前に居る第一列と第二列の内、後から合流した第一列が割けかけているのが見えた。




「無理に止めるつもりは無い、とご指示を?」




 ステッラが戦場の喧騒に消えそうな声で聞いてきた。


 彼なりに唇を動かさないようにしたようだが、それでも分かる者が見ればなんと言えば理解できただろう。




「そんな指示は出していないさ。ジュラメントが、此処で止めるよりも第三列に任せようと判断したんだろうな」




 ある意味で正しい。


 走り、剣を振り、疲労がある第一列よりも疲労の無い第三列で受け止めた方が勝率は高いのだ。問題は、歩兵第三列にエスピラが居ること。恐らく、アイネイエウスの狙いが居ること。




 確かに、アレッシアでは高官が死にやすい。




 彼らも前線に出るからだ。前に出て、共に戦うからこそ兵からの信頼が得られる。兵も踏ん張る。指揮官と共に戦ってくれる。


 しかも、兵は個人にでは無くアレッシアと言う国に忠誠を誓っているはずなのだ。




 ならば、アレッシアの勝利を考えて第三列に任せる決断は正しくもあるのである。軍事命令権保有者を危険に晒してでも勝利をつかめるのなら、正しいのだ。




「違うんじゃない?」


 なんて、妹の声が聞こえた気がした。


「あれは、お兄ちゃんを」


 脳内で、妹の声が続く。




「黙れ」




 小声で唸り、エスピラは剣を抜く。


 ステッラの目が少し丸くなっていた気がしたが、エスピラは気にせずに前方を見た。




「喜べ!」




 大声で、演説を開始する。




「神々は我らに最大の功を挙げる機会をくださった。この好機、見逃すことは許されない。必ずや自分たちの手でアイネイエウスを討ち取り、父祖に勝利を捧げよ。




 ウェラテヌスの名に誓ってここに宣言する。




 処女神と戦いの神、そして運命の女神の御導き従って敵精鋭部隊を此処に壊滅させる! 神より賜りしこの好機。逃すことは許さない!」





 おう、と短い叫びを背に受け、エスピラは左手の革手袋に口づけを落とした。




(神よ。私に、力を)




 ペリースを後ろになびかせ、革手袋に包まれたままの左手を出す。盾を掴んだ。


 目の前には敵騎兵が数十騎。遅れて歩兵がジュラメントの隊を突破してきたのが見えた。




 敵突撃部隊の全滅は必至だろう。第三列には、前方の混乱や混沌はほとんど広まっていないのだから。前後左右の適切な距離を守りつつ、疲労なく武器も万全なのだから。




 それでも、ハフモニ兵は歯肉を見せ、吼えながら突進してきた。




「あそこだ! エスピラはあそこにいる! 討ち取った者にはハフモニをくれてやろう!」




 なんて、ハフモニ語の叫びが聞こえてきた。


 当然ながら、そんな褒美が出てくるとは誰も思っていないだろう。


 それなのに、突破してきた兵たちは笑って突っ込んできた。


 兵を鼓舞し続けるアイネイエウスの左肩は、既に赤い。血で濡れている。




「盾、構え」




 エスピラの声に合わせて、オーラが飛ぶ。百人隊長が吼える。


 ハフモニ兵は、もう二十メートルを切っていた。




「放て!」




 轟、と叫ぶ。オーラが飛ぶ。


 アレッシア兵が、槍を投げた。


 ハフモニ兵の足は止まらない。鞘を、剣を、はたまた盾を。それらを投げ、槍の軌道を変え。またある者は刺さった槍を途中から切り捨て、突撃してきた。




 どん、と激しい激突音が鳴る。




 剣や、剣が無かったら素手で。第三列からの槍が刺さっても自ら深く突き刺して手を伸ばしてくる。剣で切り捨ててもどんどん迫ってくる。




 連携し、押し返そうにも敵も精鋭。簡単にはいかない。乱戦となり、整然とした隊列はやや詰まる。そこを、敵騎兵が間を縫うように跳びだした。




 当然、後列によって馬に攻撃を受けて落馬する。


 だが、倒れた馬も暴れてアレッシア兵を避けさせ、落ちた兵も力の限り暴れる。一対一にはできないし、そうしないようにもしている。だから、敵兵一人当たりにかける兵数は自然と多くなる。




(アレッシアを調べている、か)




 なるほど。


 完全な勝利を収めることは不可能であり生存することも不可能ではあるが、確かに圧倒的な少数でも道を開くことはできる。


 一人も殺せずに多くが死ぬかもしれない。終わった時の被害は圧倒的に攻め手が多いかも知れない。




 それでも、ただ一人を討ち取るためには効果的な作戦ではある。




「お久しぶりです」




 そんな自身の死すら作戦に入れているアイネイエウスの声が、上から降って来た。

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