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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十一章
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歩み寄る

「このまま会戦になる、と思ってしまうと言うのは、私の甘さかな」


 パンテレーアの戦後処理を再び接収した執務室で行いながら、エスピラはヴィンドに聞いた。


 当然と言うべきか、弱音であるこの言葉を聞いているのは尋ねられたヴィンド以外にはシニストラのみ。奴隷も追い出しており、取次なしに入れるのはソルプレーサとマシディリだけである。


 しかも、この部屋は壁が厚く、窓も小さいのだ。机から入口までも離れており、扉も設置されている。冬に入ったと言うのに中々に気温の保たれる部屋であり、だからこそ音漏れも少ないとは確認済みだ。


「甘さでだと思います。しかしながら、既に会戦準備は進んでおります。こちらも、あちらも。占いを敢行し、本国に使者を送って勝利を祝わせ、次々と儀式を済ませました。

 それに、アイネイエウスを一番良く知っているのはエスピラ様だと思います。そのエスピラ様が考えること以上に私達はアイネイエウスを把握することはできません。


 何よりも、エスピラ様が信用されるのであれば、支える者が疑うだけです。副官であるアルモニア様や軍団長であるソルプレーサ様。補佐筆頭であるシニストラ様。微力ながら、私もエスピラ様をお支えしているつもりではあります」


 ふ、とエスピラはやわらかい笑みを見せた。


「頼もしいね」


「将兵の一人に至るまでエスピラ様と目標を共有しているのであれば、高官がするべきことはエスピラ様を支え、エスピラ様に別の視点をもたらすことですから」


 言って、ヴィンドが目を閉じる。


「ならば進軍するか」


「それがよろしいかと愚考致します。アイネイエウスが兵力を増やした、と言うことはならず者が軍団に増えたと言うこと。スーペル様の守りが堅いと言っても八千と四万では厳しい戦いになるでしょう。数人でも入られてしまえば、暴力の限りを尽くされてしまいましょう。何よりも、こちらがパンテレーアも落としたことで後顧の憂いを絶った、とアイネイエウスも認識しておりますから。


 どちらが先に、かつ相手も逃げられない距離に居る状況で戦場に布陣するか。

 その勝負になってくるのかと思われます」


 山から出て、先に東進を始めたのはアイネイエウス。

 エスピラは応手として交通の要衝の守りをスーペルに託したのだ。その間に、相手の進軍経路を変えるべくマルテレスと共にパンテレーアを再包囲する。今度はプラチドとアルホールの艦隊も加えて、全方位から圧を加えた。


 それでも、アイネイエウスは東進を止めず。スーペルが適当な防御陣地を構築し、アイネイエウスと激突したと言う方がエスピラに届いたのはパンテレーアを包囲してから数日後。なおも攻撃を加えられ、スーペルが城塞都市に向けて撤退を始めたとは二日後の連絡。


 そこに至り、エスピラはパンテレーアへの総攻撃の下知を発した。


 今度は内通者も存分に使い。


『上の者が溜め込んだ財が民に配られる。親アレッシア派はもちろん、決定権の無い下の者もアレッシアに剣を向けなければ許す。処罰されるのはハフモニに着く決断を下した者のみ。ハフモニに積極的に協力した者のみ』


 そう言った噂を流し、時に約束をし、パンテレーア内部を分断させ。

 同時に、超長距離射程投石機での攻撃を途切れさせることなく続けさせた。

 台数は少ないが新型のスコルピオで以って、陸から海上にある敵船も攻撃する。


 圧倒的な武力と、簡単で多くの仲間や賛同者を集めやすく利益もある逃げ道。


 パンテレーアは、腐った納屋を壊すよりも容易に陥落したのである。


「ルカッチャーノからは、冬まで耐えることは容易だとの連絡も届いております」


 エスピラが属州政府が正式に入場するまでの臨時の法を記し終えると同時にヴィンドが言った。


「いや、会戦に移ろう」


 次のパピルス紙を取り出し、属州政府に推薦する人の最終確認に仕事を変える。


「ならばコンフィーネ川を素早く渡らねばなりませんね」


 ヴィンドが言いながら、書類の積まれている別の机から地図を取り出した。

 今は席を外しているマシディリの机とは別の、誰の机でもない机だが、エスピラの仕事が山積みになっている机である。


「ただでさえ邪魔なのに、冬の川なんて挟めば会戦にはならないからな」


 あえて渡らせる、と言う手段もあるが。

 アイネイエウスが渡るかどうかは分からない。これを機に戦うフリだけかもしれないし、戦わざるを得ないから渡ってくるかもしれない。


 ただ、エスピラとしても冬を越されるとディファ・マルティーマが危ういのは事実なのだ。


 ならばアイネイエウスが決意を固めている内に会戦に及び、その一撃で勝敗を決定づける。それこそが最善。それこそが取らねばならない道。


 そう言うことである。


「マルテレス様に先行してもらいましょうか」

「いや、ネーレにしよう。橋を作るのも拠点を作るのも、こちらの方が得意だ」


「スーペル様を左翼に布陣させる計画は?」

「してもらうさ。スーペル様が居ないと兵力が互角かやや劣勢だからね。インツィーアを再現すると雖も包囲する形にするのならただの数も多くしないと不利だ」


(マールバラは少ない兵数で圧倒的に数が多い軍団を包囲殲滅したわけだけどな)


 残念ながら、エスピラは自分がそれをできるとは思っていない。

 思ってはいないが、軍団に自分の意思を浸透させるのは最早自分の方が上だとは思っている。そこの伝達が、自分自身とマールバラの差を埋めるとも。既に、ほぼ埋まっているとも。


「そうなると戦場が定まりましたね」


 コンフィーネ川沿いの、開けた土地。

 川沿いに石がごろごろと転がっており、そこが戦場では馬を養える財力があるからと騎兵になっているアレッシアの騎兵はフラシ騎兵には勝てない。それ故ハフモニはその戦場を歓迎するだろう。


 ただし、カウヴァッロに調教させている馬は金属でできた目の粗い網を走る練習をさせているため、苦にしないとエスピラは兵を騙くらかすことができる。


 また、コンフィーネ川沿いの土地を見下ろす場所の近くには今スーペルが籠っている城塞都市がある。川の上流を押さえ、大軍を上に展開するための道も影響下だ。


 相手にほぼ平面、同じ視線の高さからしかこちらの陣容を把握させないことも容易である。これはハフモニ側からすれば不利な点だが、高地から離れれば良いだけのこと。スーペルの軍団は解放されるが、そこを選べばハフモニが先に布陣できると言う利点もある。


「まあ、一応追い落としのためにイフェメラとシニストラを派遣するよ。ルカッチャーノには手紙を書く。ああ。スーペル様にも書かないとな」


 軍事命令権保有者はスーペル様であり、籠っている軍団の責任者はスーペルなのだ。

 頭越しになどあってはいけない。


「歩兵第三列を割いて大丈夫でしょうか」


「確実に会戦を誘うためだ。それに、イフェメラもシニストラも少数でも多数を翻弄する戦い方ができる。一角を封鎖し、包囲を完成させるのにも役立つさ。相性は悪くはないはずだしね」


 能力的にもイフェメラとシニストラは釣り合っており、会話こそ少ないが一緒にいる時間も長い方である。

 ただ一つ問題があるとすれば、二人とも好き嫌いがそれなりにあるタイプなこと。

 大軍を任せられる組み合わせではない。


 そこだけを考えれば、ヴィンドとイフェメラが一番イフェメラの力を発揮できる組み合わせだとエスピラは思っているが、イフェメラはジュラメントの友達。友達の妻と恋仲の男とは素直に仲良くできないのがイフェメラの性格である以上、組ませることはできないのである。


「甘えと言っている割には慎重ですね」


 ヴィンドが言う。


「軍事命令権保有者は矛盾を抱えてないといけないからね。『指揮官とは、誰よりも情が深く冷淡であり、誰よりも自分に酔いながら自身の決断を疑い、誰よりも利を分配し己の利益に強欲でなくてはならない』。そう、タイリー様はおっしゃられていたよ」


「貴重なお言葉を教えていただき、感謝いたします。しかし、ならば、エスピラ様はもっとご自身の利益に強欲になられた方がよろしいかとも愚考致します」

「私もそう思います」


 笑いながら言ったヴィンドに、シニストラも同意してきた。

 エスピラは苦笑いを浮かべる。


「結構強欲だと思うぞ? 今だって、無理矢理マシディリとクイリッタを連れてきているし、越権行為と知りながらも二人に経験を積ませているからね」


「その程度で強欲だと仰せられても困ります」


 シニストラがヴィンドの言葉に頷いた。

 ヴィンドもシニストラと目を合わせ、その後でエスピラの目の前の山の一部を取っている。


「手伝います。アイネイエウスは、準備不足で勝てるほど甘い相手ではありませんよね」


 ヴィンドが紙を揺らした。

 エスピラは顔を上げ、鼻で溜息を吐く。


「助かるよ」


 そして、エスピラは眉を下げて言ったのだった。


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