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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十一章
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後背の叩き合い

「次から次へと。よくもこう作れるモノだ」


 溜息を吐きながら、エスピラは証拠を整理した。


 ざっくりとあらすじだけを引き抜くのであれば、北の船はアスピデアウスと繋がるためのモノ。カルド島北方に居るアレッシアの船団はアスピデアウスに縁の深い者が率いており、エスピラの成功を妬む者達が密かにアイネイエウスを援助している。


 そう言う話だ。


 脱出だ、アイネイエウスが逃げる気だ、とエスピラが言えばアスピデアウスとの関係を見抜けていない者として嘲笑することが出来た。あるいは、負から正に印象を転じさせることで求心力を高めようとした、と言うところだろうか。


「本気で信じている者は軍団内や属州政府にも一定数存在しております」


 ソルプレーサが追加で木の皮を取り出した。

 ちらりと見えただけでもびっしりと文字が書かれており、名簿なのだろうとも推測ができる。


「まあ、そっちが本命だろうからな」

「父上と同じく、軍団と言う体を弱らせ、自身に有利に持っていく、と言うことでしょうか」

「本当に、嫌なやり方だね。性格が悪いよ。軍団を弱らせるなんて、男の戦い方じゃないね」


 そうエスピラが言えば、マシディリは困ったような顔を浮かべた。


「相手に嫌がられるとは良い策なのではないでしょうか」

 と、絞り出すように愛息が言う。


「嫌なのは分断だけでは無く、アスピデアウスが絡んだからとエスピラ様の動きが変な目で見られ、軍団の統率が失われることでは無いでしょうか」


 だねえ、とエスピラはのんびりネーレの言葉に賛同した。


「糾弾するフリをしてアイネイエウスを釣ろうにも、釣られるのは味方も同じ。しかも、分かりやすく漏らすことで戦わずともアイネイエウスは功を挙げたわけだ」


 アレッシアならばアイネイエウスのように敵を寝返らせても評価には繋がらなかっただろう。

 だが、アイネイエウスが所属している集合体はハフモニと言う国家。これでも評価には繋がる。加えて、マールバラが建国五門が一つナレティクスを半島第二の都市アグリコーラごと寝返らせたともあって、あながち嘘だとも言い切れなくなっているのだ。


 ふう、と一度エスピラは愛息に目をやった。


 ただ癒されるためであったが、マシディリの背筋が伸びてしまう。そんな様子に少し申し訳なく思い、エスピラは天幕の隅で焼き魚を頬張っているカウヴァッロに目をやった。


 馬の調練の報告に来ていた彼は、そのまま居座って食事をしている。


(話を聞いている時間は長いよな)


 ならば、カウヴァッロにもその内こういったことをやってもらおうかとも考えつつ。


「北方にも、まだハフモニ側の都市は残っていたな」


 港町なのでハフモニの将軍を消極的にするために残していた都市が。


 エスピラは、少し上を向いて続ける。


「一年半前にはフィルフィア様が投石機やスコルピオの設計図を持ち帰っていたな。発展としては、高速機動を前提にしていない分持ち運びよりも威力、射程に伸ばしている可能性が高いか。同時に、仮想敵を私とした場合、防御陣地を砕けなければならない、と」


 仮想敵に関して、誰も何も言わない。

 マシディリなどはあまり認めたくは無いのだろうが、事実としてエスピラが警戒対象になっているのは誰もが分かっているのだ。


「サジェッツァが飼っている愚か者どもを焚きつけよう。ウェラテヌスへの対抗策として、パラティゾを担ぎ上げてカルド島北部に上陸する。同時に、ハフモニ側の港町を襲ってもらう。そう、動かそうか。元老院から出て働いたと言う実績にもなるし、私の言葉に苛立っているのなら彼らも乗りたいだろう? 成功すれば、カルド島制圧の功績も自分の手柄のように主張できるわけだからな」


「その程度で主張されるとは腹立たしい限りですが」


 吐き捨てつつも、ソルプレーサはエスピラの案に同意を示してくれた。


「動かない可能性も高いのではないでしょうか」


 ネーレが言う。


「動かなくても良いのさ。アスピデアウスがハフモニへの攻撃に動き出した。そう思わせれば十分。誰もサジェッツァが裏切っているとは思わないからね。露見した、あたりに思わせられればアイネイエウスの作戦が失敗したと悟るはずだよ。

 そもそも、パラティゾ自体が頭にはなれないからね。やれるとして、こちらが出した救援要請を拡大解釈するか、拠点の確保が必要だったからと言って元老院や最高神祇官の商人を得て、神託を貰い、それから攻撃に移るのが精々だよ。


 ああ。タヴォラド様にも手紙を書こう。約束を果たしてくれ、とね。あるいは、スコルピオを捨てているのを見て既に設計図を持っていても意味が無いと思われてしまっているかな」


「その場合の交渉は、エスピラ様ご自身にお願いいたします。タヴォラド様とは、流石にやり合いたくはありません」


 ソルプレーサが淡々と言う。

 シニストラがソルプレーサを睨んだ。ネーレは苦笑している。


「マシディリ。パラティゾに手紙を書いてくれ。正直に書いてしまって構わないよ。どのみち、彼自身に決定権は余りない。それがサジェッツァの育て方ならば文句は言わないが、あのまま私の下に預けてくれればよかったのに、と同情を禁じ得ないよ」


 本当は元老院での動きがあったと言う工作自体マシディリにしてもらいたいところだがそれは越権行為も良い所。マシディリはあくまでも守り手であり、まだ官位に就けない年齢だ。本来、こうして作戦会議に近いモノに同席させているのもよろしくはないのである。


「それは、最終的な選択権をパラティゾ様にお渡ししてもよろしい、と言うことでしょうか」


 愛息が肯定してくれ、とでもいうような瞳でエスピラを見てきた。

 エスピラはその視線をしっかりと受け止め、頷く。


「構わないよ。むしろ、全て伝えてもらって良いさ。アスピデアウスにあらぬ噂が立っていることも含めてね。それを解決しようとパラティゾが動いても良いし、信じなくても良い。パラティゾと付き合う時間の長さは、マシディリの方が長いだろうからね」


「歳はエスピラ様の方が近いですが」


 エスピラとパラティゾの年齢差は九つ。

 マシディリとパラティゾの年齢差は十二だ。


 ソルプレーサの言う通りである。


「かしこまりました。私なりに、アレッシアのために書いてみます」

「うん。頼んだよ」


 言って、エスピラは愛息の頭を撫でた。

 少し硬くなった髪が出迎える。随分と大きくなったなと思いつつ、あとどれだけの年数頭を撫でることができるのかとも考えて。


 そんな寂しさを覚えている最中に、近づいてくる足音がエスピラの耳に入った。


 マシディリも少し位置を変える。シニストラが少々エスピラに近づいてきた。


「エスピラ様」


 そして、天幕が開く。


「どうした?」

「ハフモニ軍が近くに来ております。斥候をたくさん出しており、輜重部隊を切り離しておりますので戦う意思があるのかと思われます」


 うん。うん、とエスピラは頷いた。


「良し、退こうか。陣は、作成途中に見える程度の工作は完了していたね」

「はい」


 伝令が、片膝を着いたまま深々と頭を下げた。


「じゃ、撤退だ」


 言って、エスピラは軍をまとめさせる。

 引き先は壁のある都市。


 堅い守りのところに入ってしまえばハフモニは攻めてこないのだ。

 攻めてきたら、仕方が無いとエスピラは痛撃を与えて撤退に追い込んでいる。


 正確にはエスピラが、では無くイフェメラとカウヴァッロが、ではあるのだが、『陣攻めは不利』『籠られる前の速攻が大事』『少数の兵では勝てない』。エスピラに対してそう思ってもらえれば十分なのである。


 会戦に向けた下準備と、互いの軍の弱体化。

 そのための流言飛語、小規模な戦い。ジグザグに続く勝ち負け。


 夜が冷え始めた季節に、エスピラは艦隊を率いていたプラチドとアルホールに「ハフモニ北方の商業都市を攻めるように」と艦隊指揮官としての最後の命令を下した。


 結果は大勝利。


 これまで商人に有利になるように動いていたのはハフモニの中にも分かっていた者はいる。だからこそ、その都市に攻めて来るとの予想は少なかったのだ。


 それを、ひっくり返す。


 即ちそこにエスピラの友人はいないことの証明。そして、友人が入り込むことの証明。

 何よりも、プラントゥムとフラシとハフモニを睨むような位置にアレッシアの影響が出始めたと言う可能性を残して。


 そうして、エスピラは分割していた軍団を再び一か所にまとめ始めたのであった。


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