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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十一章
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義弟と実弟

「義兄上。これは、如何なモノかと思います」


 遅れて到着したジュラメントが一切の装備を解かずにエスピラに詰め寄って来た。


「君達の分は元気なうちにするべきだったか?」


 一瞥しただけで、エスピラは悠々と返す。

 思わずと言った様子で顔を上げていたクイリッタも、既に読書に戻っていた。


「そうではございません! 行いを咎めているのです。確かに、あの男は裏切り者であり物資の補給を渋り、こちらも一時的に窮地に陥りました。ですが、それはアイネイエウスの策略。カルド島の民とアレッシアを引き離す目的もあってのこと。

 その処罰を、一人一蹴り、間隔を変えて寝かせずに蹴り続けるなど、常軌を逸しております! 仮に此処にマシディリ様が居られても、同じことをされましたか?」


 そんな親子を気にせずにジュラメントがずかずかと近づいてきた。シニストラが間に入るかのように一歩踏み出す。そこまですれば、ジュラメントも一度止まった。

 止まって「エスピラ様の義弟を止めるのですか?」と睨み返して前に出る。シニストラも胸を突き合わせるように前に出た。


「私はエスピラ様に身命を懸け、マシディリ様にアルグレヒトの興亡を懸けているだけだ。ウェラテヌスと婚姻関係にあるからと言って大きな顔をされる謂われはない」


 シニストラがすごむ。


 ジュラメントの足が完全に止まった。指は閉じ、足の幅も小さく。されど背筋はしっかりと伸びており、顔は逸れていなかった。


「それは失礼。シニストラ様にはどうやらこちらに居るクイリッタ様のことなどどうでも良いとは露ほども気が付きませんでした」


「誰がそんなこと言った? 妄言もいい加減にしろよ、色男」


 くす、と噴き出したのは読書中のクイリッタ。

 ジュラメントの歪に正された眉と視線がエスピラの次男に向く。


「失礼いたしました。ですが、師匠が喧嘩の最中に相手を『色男』と褒めたモノですから」

「師匠? クイリッタ様にとって師と呼べる人物はトリンクイタ様では?」


「詩を教えていただいておりますので」

「詩?」


 ジュラメントがまた相手の言葉を捉えたところで、エスピラは正中線をジュラメントに向けた。


「ジュラメント」


 呼びかければ、当人もエスピラに向き直る。シニストラも間から外れた。


「それ以上は引けなくなる。軍団を割るのが目的では無いのだろう?」

「失礼いたしました」


 ジュラメントが深々と頭を下げた。

 あげて良いとも何も言わず、エスピラは回答を続ける。


「カルド島に課す税率。略奪の禁止。芸術品の保護。雇用の創出。内通者と知っておきながら処罰を保留にした態度。全てはカルド島のため。そしてカルド島の発展がアレッシアの栄光に繋がるからこそだったのだが、勘違いした奴らが出てきているようでね。

 端的に言えば、『舐めた真似をするなよ』と言う見せしめさ。ディラドグマよりはやさしいだろう? そして、命令違反した軍団の者達よりは厳しい処罰。良い加減じゃないか?」


「マシディリ様にお見せできるのか、と聞いているのです」


「知らないはずが無いだろう。誰もが聞くはずだ。そして、多くの者がこう思う。ディラドグマの殲滅。ディファ・マルティーマでの串刺しの森。悪行に違い無くとも、それに比べればなんてことは無い。他を止められず、これのみを止めるのは他の意図がある、と」

「兄上の代わりに私があの汚物を蹴ってまいりましょうか」


 エスピラの直後にクイリッタが言った。


 ジュラメントの口が閉じられる。

 鼻筋は、多少ひくついているが大きくは動いていない。眉の下の影も濃くはなっているが、拳が硬いままやや後ろにある。


「私は、一つ二つの失敗を咎めるつもりは無い。意見の相違も認めよう。高官にある程度の権利も自己判断も認めている。だが、決して何をやっても良いわけでは無い。


 アレッシアを怒らせると言う事。ウェラテヌスを見下すと言う事。


 それがどのような意味を持つのか。定期的に教えないと忘れてしまうみたいだからね」


「内外に?」


 いつもより低く、険しい声をジュラメントが出した。


「ジュラメント。言葉は正確に頼むよ」


 対照的にエスピラは穏やかに返す。


「軍団内の引き締めにも用いた、と言うことでしょうか」


「ディラドグマを共に過ごした者達だ。そんな必要は無いよ。あくまでも、本国。特に、一度静かになったのにまた騒ぎ出した人たちに向けて、だね。私は、脅しで止めるつもりは毛頭ない。やるならば、やる。プレシーモ様には二度とアレッシアの地に踏み入らないでいただくし、戻ってくればどうなるかはしっかりとご理解していただくよ」


「アレッシア本国での政争にカルド島の民を巻き込むのは如何なモノかと思いますが」


「もうすぐ此処もアレッシアだぞ? それとも?」


 ジュラメントの顔が、少し引いた。背筋も伸び直す。


「いえ。異論はございません。他のハフモニ諸将も突出することに対しての危険は認識いたしましたが、慎重論に徹しすぎたフィフィットとトランテはマルテレス様に叩きのめされたとは私も聞いております。義兄上の思い通りに事が進んでいるのでしょう」


 丁寧に包んでいるように見えて、その実、手を這わせればぼこぼことしている箱を連想させるような声でジュラメントが述べた。


「第一列に任ぜられながら遅参し、碌にエサも撒けなかった私が何か言うべきではございませんでしたね。失礼いたします」


 そのまま頭を下げ、大股でジュラメントが出て行く。


「クイリッタ」


 愛息がため息交じりに本を閉じた。

 シニストラ曰く、こういう様は気の抜けた時に面倒くさいことが降って来た時のエスピラにそっくりらしい。


「頼む」

「かしこまりました」


 大きく息を吐いて、クイリッタが立ち上がった。



「叔父上は、中途半端な能力とそれに見合わない自尊心がお有りのようです。ここいらで叔母上と離縁させるべきではございませんか? 罪状は、幾らでも用意いたしますよ?」


「何より得難いモノは人だよ、クイリッタ。それに、私はジュラメントの能力をかっている。ジュラメントは、優秀だ」


 クイリッタの目が左に行き、そこから上を通過して大回りして右下へ。

 その動作に数秒かけた後、クイリッタは大きく一度、余勢でもう一度頷いた。


「確かに、父上の周りには人が少ないようですね」

「クイリッタ」

「失礼いたします。こういうことはすぐに行かねば意味がございませんので」


 エスピラの叱責から逃げるようにクイリッタが出て行った。


「最近のジュラメント様の行動には、私も思うところがございます」


 息子を見送ってから、シニストラが言ってくる。


「イフェメラほどの才を活かすためには、ジュラメントをつけるのが一番良いんだ。

 能力的にはアルモニアだろうけど、エリポスでの失敗以来あまり関係が良好とは言い難い。

 ヴィンドは友人の妻と愛人関係にある者として壁が出来ている。ルカッチャーノとも仲が良いわけじゃ無い。と言うか、私に良く意見するルカッチャーノをあまり良く思っていない節があるからね。

 その次に誰が、となるとジュラメントになるんだよ」


「まさに、『グライオが居れば』でしょうか」


「居たところで変わらないよ。グライオとイフェメラも相性が悪いみたいだし、何よりアレッシアのためにもイフェメラには旅立ってもらわないと困るところもある」


 しかし、シニストラもすっかりグライオのことを認めてくれたみたいで嬉しいよ、と。口には出さずに思って。


 エスピラはドーリス王アイレスへの手紙を書く作業に戻ろうとした。


「エスピラ様」


 そのタイミングで、ほとんど無い足音と共にソルプレーサが入ってくる。


「良くない報告かな」


 そんな被庇護者の様子を観察して、エスピラは言った。

 どうでしょうか、とソルプレーサが言う。


「二つ、ございます」

「聞こうか」


 エスピラは完全に手を止めた。

 ソルプレーサが近づいてくる。距離は、先程のジュラメントよりも近い。


「一つは、プラントゥムへの支援提案は元老院にて棄却されました。ウルバーニ様は、多数派の形成に失敗した模様です。

 もう一つは、カルド島北方にて小型の船が秘密裏に作られております。木材の不正な使用を問い詰めれば出て参りました。依頼主は、アイネイエウスの側近の名前が挙がっております」


(なるほど)

 確かに、これはどうでしょうか、と言うなとエスピラは思った。


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