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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十一章
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キートゥーロからの展望

 ハフモニ軍の士気が回復していく。

 頻繁に声をあげ、立ち直り、味方を引き上げ盾を捨てて。


 そんな時にスコルピオの一台が壊れた。攻撃力は半減。敵が感じる脅威は、それ以上に減退し。

 ますますハフモニ軍の勢いが増してくる。


 そんな中で、エスピラは口角を緩めた。


「良いタイミングで壊れた、と褒美をやらないとな」


 皮肉ではない。

 エスピラの本心であり、このおかげで作戦が成功したと確信したからだ。


「エスピラ様」

「ああ」


 攻め寄せるハフモニ軍を前に、エスピラらは退いて行く。

 足止めのための落とし穴はどんどん浅く、短くなって。時折距離を開くがエスピラの姿はハフモニからも常に見えるように。近くに石が落ちてきて、鞘や剣も振ってくる。


 が、いずれも致命傷にはなり得ない。

 やがて、どこかから歓喜の声が上がった。


 財でも発見したか、食糧でも見つけたか。


 どちらにせよ、高速機動中であれば財など数少ない。確実に奪い合いになる上にハフモニ兵は傭兵が多いのだ。

 エスピラに対する警戒心も多少はあるのか、追手の兵は減る。減ったところでエスピラは斜面から下り、同じく勢いをつけて下ってくる相手に対しシニストラとラーモの部隊が再度横腹を突く。狙いは足元。転がった相手が、さらに転がり、追撃部隊は壊滅させて。


 明らかな罠に相手の動きが止まった。


 多分、奪った陣地で守りを固めて持久戦に、と考えているのだろう。少なくとも、それが常道だとは分かるはずだ。分からずに将軍などやっていないはずだ。


 その死体の野原の中央で、シニストラが堂々と立ち尽くす。


「此処は任せた。エサが居ては獣が寄ってくるからね」

「背後はしっかりと守りますので、ご安心を」

「頼もしいね」


 笑い、エスピラは離れた。離れた瞬間に表情を冷徹なモノに変える。


 次の行き先は敵輜重部隊。

 置いて行った物資を全てそこから補充する勢いで奪い、取り切れない物は燃やす。奴隷は蹴散らし、逃げる者は逃がし来たいと言う者には無理だと突っぱねた。


「雨の影響で燃えにくい物が非常に多くございます」


 先に下山していたソルプレーサが周囲を見渡しながら報告してきた。


「燃やそうとして燃やせなかった、と言うのも、こちらが焦っているように見えるとは思わないか?」


 軽く返し、物資をたくさん持った者を先行させて離脱させ。その者らの指揮をアルモニアに預けると、エスピラは最後まで敵物資の不能に務めた。


 食糧は泥にまみれさせ潰し、荷台は車輪を壊す。瓶は叩き割り、水はそこら辺に撒いて余計な泥道を形成し。

 相手の補給物資を潰している途中でシニストラ達と合流し、エスピラは戦場を離れた。


 最後まで戦場に残っている者が勝者だとすれば、勝ったのはハフモニだろう。

 しかも、十台を超えるスコルピオの破壊に成功して、マールバラですら突破に時間のかかったエスピラの作った陣地を奪い取っている。


 同時に、ハフモニも物資の多くを失い、被害も圧倒的に大きく、作戦無視でもある。

 これらは他のハフモニ諸将から責め立てられる要因だ。それをあえて与えることで、余計に分断を誘引する。


「結果的には私の大勝利かな」

 と、エスピラはその夜に少し調子に乗ってみた。

 無論、浮かれてなどいない。


「スコルピオの製作費用。なけなしの食糧。陣地構築のために最低限必要な枠組み。それらを失いましたけどね」


 ソルプレーサが返してきたが、咎めるような音は全くない。


「命があればこそ物資も手に入る、と言うモノさ」


 そして、急いで書き上げた手紙を五通、ソルプレーサに手渡す。


「ハフモニに居る友人に。すぐに広めてほしいと言っておいてくれ」

「かしこまりました」


 手紙がソルプレーサから別の被庇護者へ。その被庇護者が闇に紛れて消えていく。光を極力排した黒のオーラで視認しづらくして、去って行く。


「さて。移動を再開しようか。時間を無駄にしてしまったからね」


 穏やかに言って、エスピラは夜にも関わらず行軍を開始させた。


 目的地に着いたのは結局予定通りの日時。しかし、そこにネーレはおらず。あったのは、作りかけに見える陣地と多くの踏み荒らしたような足跡。


 その陣地に転がっている木片の一つを、エスピラは手に取った。


「スコルピオが完璧に壊されております。再現は不可能でしょう」

「まるでスコルピオの構造を把握しているかのように、か?」


 木片を裏返す。適当に見えて、その実しっかりと壊れるように細工したかのような跡が見て取れた。汚いながらも綺麗な断面が見えた。


「はい」


 そして、ソルプレーサが肯定する。


「同時多発的な攻撃。先鋒、つまりマルテレスに最も近い軍団は自分の意見を共有できる仲間」

「壊滅的な打撃を受けることは防げますね。エスピラ様の目論見を見抜いているのであれば、ハフモニ軍を山賊に落としかねないような大規模攻勢も無いと判断できているのかと」


「纏めない気か?」

「アイネイエウスの下にまとめるのがエスピラ様の目論む結果であるのなら。それもまたアイネイエウスとしてはありなのかと」


 厄介な、とエスピラは口内で転がした。


 確かに本国からの積極攻勢の用件は満たしていると言える。

 アイネイエウスがこちらにとって読めない攻撃をしているのも事実。

 本国に居座っている傭兵が来るにしてもプラントゥムに居る軍団の内どれかが来るにしても、既に指揮官が居て指揮系統があるのもその通りだ。


「自国の勝利のために個人の名誉名声、地位、財に命までもを投げ出す。味方であれば、エスピラ様のお好きな人物だ、とでも言っておけばよろしいでしょうか?」


 ソルプレーサが真面目で淡々とした口調でふざけた。

 近くに居たアルモニアが僅かに首を傾ける。


「グライオ様と言う完全に別動隊を任せられる人物が本国の謀略によって奪われたまま。その結果カリトン様をディファ・マルティ―マに残さざるを得ず、可能性を見せたルカッチャーノ様はスーペル様の下。ヴィンド様は既に分割済み。残りは長短入り混じった人物であり、組み合わせる必要があります。

 その組み合わせも、イフェメラ様とジャンパオロ様のように人と人としての相性の悪さや私とカウヴァッロ様のように能力としての相性の悪さがございます。


 そのことを考えればアイネイエウスも軍団を分けることはエスピラ様にとって予想できない事とは考えにくいのですが……」


 エスピラは、先にアルモニアに対して首肯した。


「そうだな。問題は、こちら以上にハフモニはバラバラで、個々の能力に不安が残る、と言う事さ。しかも、敗北を重ねれば自分は戦場に出ていなくともアイネイエウスが処罰される可能性がある。その中で、この決断を下したと言うのが驚嘆の理由だよ」


「なりふり構わず向かってくる相手ほど怖い、と言うことでしょうか?」


 マシディリが近くにやってきて、エスピラに聞いてきた。

 エスピラは眉を寄せ、口を波打たせて頷く。


「だから追い詰める前に叩きたかったんだけど、いやはや。覚悟が据わるのが早いことで」


 本当に。


 慎重派とは何だったのか。兄であるマールバラが徹底して自身の顔を晒さないのは何だったのか。ハフモニの処罰とは何だったのか。


 全てがこの窮地に陥りそうになる瞬間に全てをだますためというのなら、アイネイエウスの評価を上方修正してもなお足りない。


「エスピラ様の士気のあげ方を真似させていただくのでしたら、『相手の誤算はネーレが単独で軍団としての意図を汲み取り、最善の行動を取れると言うことだ』とでも言っておきましょうか」


 空気中に霧散したエスピラの溜息を拭きとるようにソルプレーサが言った。

 軽く肩を揺らし、そうだな、とエスピラも肯定してから前髪をかきあげる。睨むのは誰もいない虚空。


「自分に対して敵対的な味方を焚きつけるために、アイネイエウスは止めるフリをしつつもハフモニ本国の命令を思い出して賛成せざるを得なかった。本国の判断は正しいと諸将から漏らすことによってプラントゥムからの援軍を呼び寄せる手筈も同時に整えていた、と仮定しよう。

 そんな行動を取ったアイネイエウスの目論見を崩すには、ハフモニの諸将が『アイネイエウスが正しかった』と思えば良いわけだ」


 に、とエスピラは不敵に笑って。


「ネーレを追撃した敵部隊を叩き潰す。生き残りは勿論ださせるとも。アイネイエウスの下に帰れるように調整してね。なに。カウヴァッロも一緒に居るんだ。ネーレの手元には反撃に転ずるには十分な兵力があるだろうよ」


「食糧を鑑みるに、こちらの活動限界も近いですから。異論はございません。違った場合は、また、エスピラ様に頑張っていただくと言うことで」


 決意を茶化しながらもソルプレーサが受け止めてくれる。そんなソルプレーサをシニストラが睨み。アルモニアは「準備を進めます」と言って一足先に去って行った。


「幸運に、感謝しようじゃないか。マシディリが居る今、アイネイエウスと戦いあえると言う幸運にね」


 そう高らかに言って。

 エスピラは、疲れた軍団に活力を与えるために演説に乗り出したのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 今回の戦役は、敵国どころか自国側(あえて味方とは呼ばない)も騙すようなところがぞくぞくしますね。
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