キートゥーロ遭遇戦
これまでは相手の位置を徹底的に把握できていたのに、なぜ今回は遅れたのか。
それは、高速機動に於けるもう一つの弱点とも言えるだろう。
移動速度が速すぎるのだ。しかも、戦場では何があるかわからない。
結果、情報網を構築している味方からもこちらの動きが把握しづらくなってしまう。さらに、今回は途中で経路の変更があったのだ。連絡が遅れるのも仕方が無い。
「まだこちらには気が付いていないようです」
と、自ら偵察に向かっていたソルプレーサが報告してきた。
退いてやり過ごすか、奇襲を仕掛けるか。
どちらにせよ、相手に気づかれれば損害は大きい。
此処で待ち構えるのが最悪の事態に発展した場合の損失を最小限にできるが、相手に主導権を渡した状態の戦闘に発展する可能性も高くなるのだ。
「想定外のことばかり起きるのが戦場だ。それに対応し、目的を達してこそ一流の戦術家。私のように相手の行動を予想し、制限し、予測の範囲内にのみ留めて動かすのは二流か三流か」
本来ならば真っ先に指示を出すべきだろうが、様々な迷いを一度整理するためにエスピラはそう呟いた。
ソルプレーサもシニストラも何も言わない。アルモニアの目は周囲を見渡したが、口は開かなかった。
代わりにステッラなどの経験豊富な百人隊長が到着する。
「どう、なさいます?」
粗方到着したと判断したのか。
ソルプレーサが静かに聞いてきた。
「どうなさいましょうかねえ」
他の者が居たらしないような冗談めかした口調でエスピラが返す。
返してから、雰囲気を引き締めた。
「敵将は?」
「アイネイエウス以外の誰かでしょう」
「数は?」
「少し見たところ、三千以上。この以上は一万かも知れませんし、三千一かも知れません」
「歩き方は?」
「足並みがそろっているとは言い難く、姿勢もまちまちです。伸びている者も居れば、前のめりの者もおりました。脚のあげ方も人それぞれ。ただし、速度に関しましては後ろに輜重部隊が居ると思われる様な速度です。あの様子では、先鋒部隊との合流には時間がかかりましょう。それこそ、アイネイエウスの会戦を避ける策の一つかと」
当然、こちらを誘っているだけの可能性もあるが。
が、どのみち、である。
「フィフィットとトランテは先鋒。アイネイエウスは不在で、いたとしても言葉に力の無いグノート、か」
対してこちらは歩兵第三列。
戦闘が長引けば、味方が参戦してくると言えば聞こえは良いが、本来の目的から逸れて行くことになる。
しかし、待っていても時間を無為に潰すだけ。物資も一瞬で枯渇する。何より、上手くいく保証も無い。
「ソルプレーサ、アルモニア。山頂に陣を張れ。簡単なモノで構わない。見掛け倒しならばなおよい」
「かしこまりました」
と、ソルプレーサ。
「かしこまりました」
遅れてアルモニア。
「シニストラとラーモはそれぞれ二個中隊を招集してくれ。一撃を加え、深追いをせず。されど留まり続けて相手をおびき寄せろ。ステッラと私は近くに伏せ、相手が寡兵であれば一気に殲滅に持っていくが多勢ならば陣に退く」
「山ならば確かに相手の輜重部隊の到着は遅れますが、物資の量を考えればこちらにとって不利でしかないかと」
とのソルプレーサの言葉に、マシディリも同意するかのように頷いた。
一部の者にもソルプレーサと同じ意見だと言う色が見て取れる。
「それぐらい相手も分かっているさ。だからこそ、シニストラとラーモには上手く退いてもらわないと困る。次いでに、相手も長期戦になれば功が取られるとか、アイネイエウスに横取りされるとか思ってくれればありがたいね。
ああ、いや。陣に籠っても意味が無いとか、こちらの兵にぼやかせるのも有りか。あえて撤退を遅らせて、敵を引き入れるのもありだな」
陣に落とし穴を作ろう、とエスピラはソルプレーサに言った。
頷きはするが、ソルプレーサの顔にもう少し説明を、との言葉が見え隠れしている。
「アレッシア軍おそるるに足らず。陣を作ろうとも速攻で落としてしまえば落とせるものであり、慎重になりすぎたアイネイエウスは機を逸して敵に利するのみである。
ならば我らが攻撃を行い、功を立て、とはいかないか。流石に、本国が怖くてハフモニの将軍はできないだろうな。
代わりに、本国での政争に精を出し始めるか……?」
「エスピラ様」
早く本題を、と名を呼ぶだけに籠められて。
エスピラは、口に弧を描きながら声帯を震わせた。
「スコルピオをくれてやろう。そして身軽になった我らは奴らから食糧を奪い、すり抜ける。食糧が無ければ奴らもどこかに合流せざるを得ず、こちらの追撃もできまい」
「しかし、スコルピオはエスピラ様の秘中の秘。ウェラテヌスの決殺兵器では?」
と、シニストラが食いつくように言ってきた。
「だからこそ、相手にとっては誇るべき成果になる。焦らせる成果になる。
此処に居る者の多くは経験しただろう? マールバラが、私に高官を捕えさせてこちらを分断しようとしたことを。あれと同じさ。それに、今持ってきているスコルピオが完成したのはもう四年も前のこと。既に旧型。量産体制や矢などを考えて今も使っているが、最早捨てても問題はない」
「そう言う事であれば」
ソルプレーサが深く頭を下げた。
たっぷり三秒たった後に頭が上がる。頭が上がれば、兵に素早く指示を出して移動準備を開始した。シニストラも綺麗に頭を下げてから移動し始める。
「父上。私はどこに居ればよろしいでしょうか」
慌ただしく始まった準備の合間を縫ってマシディリがやってくる。
「ソルプレーサと共に行動してくれ」
短く告げ、「運命の女神の加護がありますように」と革手袋に包まれた左手を愛息の上に乗せる。それから、革手袋に口づけを落とした。
最後にもう一度笑みを見せ、息子と別れる。
「敵に最初に気が付いたこと、何より我らが敵とかち合ったこと。これこそ神の御導きである。何より、味方にも黙っていた秘策を此処で出せるとは、まさに好機。運命の女神御チューナ神が用意してくださった場に相違ない。
神の加護は我らにあり!
君達の健脚。しっかりと我らが父祖にもご覧いただこうではないか」
所々で、そう、ゲリラ的に演説を行って。
紫色のペリースをはためかせながらエスピラは味方の士気を高めると攻撃の開始を合図したのだった。




