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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十一章
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意図した諍い

 軍事行動の再開はアレッシアによるハフモニ本国強襲からであった。


 と言っても、ドーリス人傭兵隊長フィロタスがハフモニ本国に居るので前回のような大きな戦果は見込めない。むしろ、アレッシア側に被害が出る恐れがある。下手に損害を被れば、折角亀のように首をひっこめ、そこから大声を発しているハフモニの行政が昼間でも遠吠えする犬の如く出てきかねない。


 よって、エスピラはプラチドとアルホールにまずは小舟で近づくようにと命じていた。しっかりと、様子を把握してからにするように、と。


 結果、本国の守りは硬かったので近くの漁村を襲った。


 船を奪い、人を攫い、カルド島属州政府に引き渡す。

 奴隷の待遇改善は訴えてあるのだ。元漁村の民には住環境が良くなった者も居た。当然、悪化した者も居る。


 次の狙いは少し離れた町。


 こちらは、協力的な商人の商機を拡大させるための略奪。支払い能力を滞らせないように、されど被害は大きく。と言ってもエスピラが直接見て指示を出せるわけでは無いので、基本方針は『やりすぎるな』である。


 商人にエサをやり、ここからハフモニの行政官の切り崩しも狙うのだが、それは今回の主目的ではない。主目的はハフモニの行政にいる者たちからのアイネイエウスの排除。アイネイエウスと違い、エスピラは別にハフモニの行政官をどうしても味方につけたいわけでは無いのだ。だからこそ、今は放置。


「では、行こうか」

 と、エスピラがエクレイディシアを発したのは七番目の月の終わり。マシディリの生誕日を密かに、しかし盛大に祝った後。


 シジェロによる占いはもちろん、エクラートンの方式に則って必勝祈願も行った。エクラートン式の祈祷には軍団の者に積極的に参加するようにとも伝達したのである。訓練の部分的な免除もつけば、参加者は多かった。同時に、何故エクラートン式かと不満も起きた。


 それに対し、エスピラは意図的に説明を少なくする。

 ほとんどはそれぞれの軍事命令権保有者、つまりマルテレスやスーペル任せ。


 自身の軍団には、自身の軍団の高官に目的を語り、第三列の百人副隊長以上には自身の口から語った。あとは、彼らに広げてもらうのみ。「こういうことでは無いのか?」とあくまでも話し合った推測のようにして、広げるのみ。


 そうして、不和の種になりかねないものを撒きながらエスピラは軍団を南下させた。


 勢力圏のつなぎ目、二つの街道を睨む街にスーペルと一個軍団を残し、自らとマルテレスの軍団は西へ。狙いはパンテレーア。良港を持ち、エスピラが二十四の時に直々に初期の内政を取ったにもかかわらず再度ハフモニ側についた街。


「敵は二千。一千が正規兵。もう一千が慌ててかき集めた兵で、上は六十、下は十二歳。他にも武器の都合で前線には立ちませんが裏切りを抑止するための自警団が組織されております。女子供も武器の製造に走り、鍋、家の壁、髪の毛。全てを使い武器の製造を急ピッチで進めている、と。何せ、ひと夏ありましたから」


 と、天幕でソルプレーサが報告してくれた。


「夏に戦えば兵の疲労も尋常じゃない」

「私たちは動けた、とだけ伝えておきましょう」


 ともすれば、喧嘩しているようにも見えただろう。

 ウェラテヌスの当主と、今やウェラテヌスの被庇護者の筆頭格のソルプレーサ。その不仲はハフモニを利するモノにしかならない。


 が、事情は違うし、何なら先の言葉にも『エスピラ様の命令があれば』とつく。


「アイネイエウスも南下を始めました。兵数は四万。全軍です」


 言ったのは高官から外れているリャトリーチ。

 天幕の中央に鎮座している地図をなぞり、ルートを教えてくれた後で現在地に石を置く。


「地図を見るに、会戦予定地は二つか?」

 と、マルテレスが言った。


「まだ早いかと愚考致します。マルテレス様の軍団に比べれば、我らは武勇に劣りますから。されど心には鉄が宿り、好機を捉える術がございますのでご安心ください」


 マルテレスの言葉を否定したのはヴィンド。

 アレッシアの神々にかけることで、シニストラとエスピラの存在を想起させている。


「もしも常通りの速度で攻略が完了すれば、アイネイエウスをこちらから待ち受けることも可能でしょう。その際は、スーペル様で蓋をし、包囲の形になりはしますが」


 ピエトロが言う。

 鞘に入ったままの彼の剣は、スーペルの居場所から戦場になり得る平野を塞ぐ隘路まで進んだ。


「陣を作り、捨てている隙に腰を据えてスカウリーアに向かい、周辺都市も抑えて地盤を固められる、と言うことでしょうか」


 聞いたのはジュラメント。ピエトロは頷いている。


「あくまでも会戦を望むのなら、の話です。必要のない議論だとは思いますが」


 ピエトロがイフェメラに目をやった。

 視線を受けて、イフェメラが顔を上げる。


「強引に行けば話は違いますが、一日二日じゃあパンテレーアは落ちないでしょう。まともにやればディラドグマ程度の時間はかかります。まずは攻撃を加え、敵の頭を押さえつける。その間にアイネイエウスに後ろを取られないようにと見える形で捨てるための陣を配備する。

 師匠の考えはこのようなところでしょうか」


 イフェメラの視線がエスピラにやってきた。


「私の、じゃなくて君の意見が聞きたいな」


 エスピラはイフェメラに笑顔を返した。

 イフェメラが慇懃に頭を下げる。直前の顔は、少し嬉しそうだった。


「アイネイエウスはまだ撤退すると思います。あるいは、自分の命に反抗的な者が突撃するのを見過ごし、それを以って自らの指揮下に置こうとするのではないでしょうか」


 話し始めたイフェメラの顔は完全にエスピラ向き。

 他の誰かにも聞こえるようには言っているが、誰かに向けて話してはいない。



「師匠が集めた情報を見させていただいた限りでは、確かに今戦場を選定して突撃してもマルテレス様ならば勝てます。勝てますが、アイネイエウスを取り逃がす確率は非常に高いでしょう。それは師匠の望む勝利ではありません。


 例えばメガロバシラス領内での戦闘など、勝負が決まる段階であるのなら迷わずマルテレス様が言う通りにするべきでしょう。ですが、今はハフモニとの決着の段階にありません。まだどちらに傾くか定まってはおりません。その段階でアイネイエウス欲しさに敢えて見逃すなど、そんな策、師匠は取りません。


 師匠はアイネイエウスだけは殺せと言いました。ですので、私は、まだ、戦うべきでは無いと思います。師匠が言う通り、私やマルテレス様がわざわざ餌を撒く必要もございません」



 最後は口調こそ丁寧なままだったが、全員に向けて。やや威圧的に。

 そう、イフェメラが締めた。


「イフェメラ。それでは、まるでマールバラの首が転がっていないのはマルテレス様の所為だと言っているように聞こえるけど」


 言ったのはジュラメント。

 イフェメラの顔は「そのつもりだが?」と語っていたが、シニストラに睨まれて一度口をつぐんだ。しかし、すぐに開く。


「マルテレス様でなければ最初の勝利は無かった。マルテレス様の将才と師匠との友情はアレッシアを探しても二人と見つからない。それは私も認めている。

 でも、師匠を馬鹿にした奴らが居る以上は私だって言わせてもらうさ。黙っているなんざ、まっぴらごめんだね」


「イフェメラ」


 ジュラメント、そしてディーリーと睨んだイフェメラをエスピラは目を閉じて咎めた。


「お言葉ですが師匠。先に喧嘩を売ってきたのはあちらです。それに、先の私の言葉を曲解するのはそんな思いがある者だけだと思います」


「では聞くがイフェメラ。未だに纏まらないハフモニを見てどう思った?」


 イフェメラの眉間に皺が寄る。鼻筋も痙攣するかのように数度動いた。


「同じことをしていると言いたいのですか?」

「同じことをするな、と言いたいんだ。お前の方が優れている。そうだろう?」


 ぎゅぐ、とイフェメラが口を結んだ。

 硬く結んだまま、数度もごもごと動き、やがて開く。


「申し訳ありませんでした」


 静かにイフェメラが謝った。


「頭を下げさせてすまないね、イフェメラ」


 言って、エスピラは周りを、特にマルテレスの軍団の者を見る。


「そして、出来れば君達もイフェメラと仲良くして欲しい。イフェメラは稀代の戦術家だ。イロリウスの名に恥じない、いや、さらに高める男だ。是非とも交わって欲しい。アレッシアの、ために」


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