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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十一章
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属州政府を介しての戦い

「お言葉ですが、奴隷との間に明確な区別がない限り不満を持つ者は一定数を越えて存在し続けると思います」


 エスピラから紙を受け取らずにスクリッロが言った。

 ただ、言い終わった後で手に受け取ってくれている。


「私は、奴隷には何があっても武器を持たせるような真似をしない。ファスケスですら、だ」


 ファスケスは元老院の議場などに護衛の者が持っていく木の束である。殺傷能力はほぼ無い。

 そして、エスピラはカルド島の独自の武装は否定しつつも一万五千の兵団を暗黙の内に認めている。この会談の中でその内アレッシアの軍団に組み込まれることにはなるがカルド島の民での更なる武装を認めた。


 奴隷とは評価が大きく違うのは、理解できるところだろう。



「将軍。アレッシアは高官に文武両方を求めている。まずは武で己が実力を示し、それから文で統治を行う。文の最高峰とも言える永世元老院議員も、自身が従軍できなくなればその職を辞してもらうのが慣例だ。


 そして、アレッシアはこれから都市国家同盟群の盟主から領域国家へと成長していく。


 当然、アレッシア人とはアレッシアで生まれた者、あるいはアレッシア人の父親を持つ者だけではなくなるでしょう。永世元老院議員までの道は開けなくとも、多くの地域の者がその地域の発展とアレッシアの消えぬ炎を願って高官に就くでしょう。


 その時に、武器を持てる者と持てない者では大きく違うとは思いませんか?」


「エスピラ様は、アリオバルザネス将軍を大層厚遇していると聞いておりますが」


 語意も眼光も強くは無い。


「私がアリオバルザネスを高官に推挙したかい? 政治に関わらせたかい?」


 言い、エスピラは最近はずっと連れ回しているマシディリに目を向けた。スクリッロの目も息子に行くのを確認してから、顔を戻す。


「マシディリの先生の一人にしただけだ。技術者もそう。良い待遇を与え、衣食も充実させているが彼らが軍団に対して口出しをすることを認めてはいない。


 対して、カルド島の民はどうだ?

 自力の防衛を認め、武装を認め、治安維持や手柄を立てること認めている。こうして統治に関してもほぼほぼ任せていると言ってもあながち嘘では無いでしょう?


 私の真意が伝わらないのは私の不徳の致すところ。しかしながら、私は君達を高くかっている。だからこそ、足元をすくわれて欲しくないし、もっともっと力を発揮するために奴隷を大事にしてほしいと思っている。彼らは、私たちの足りないところを補ってくれる存在だ。延長された手足だ。道具だとしても、剣や鎧は手入れを欠かさないのに何故奴隷を粗雑に扱う? 私にはそれが理解できない。


 まあ、奴隷を道具扱い自体、私は好きでは無いが、そこは君達の意識の問題だ。私がどうこう言うべき事じゃない。でも、これで君達は奴隷とは違うと分かってくれたかな?」


 エスピラは雰囲気を少し明るくしてスクリッロに笑みを見せた。

 スクリッロがエスピラの書いた案に目を落とす。


「エスピラ様の心遣いと気持ちを伝えるとともに、この案についても検討させていただきます。将来的に、アレッシアに住むことになった同胞が恥をかかないためにも」


「助かるよ。だが、焦らなくても良い。染みついた意識は変えにくく、上に行くにつれて自分が思いもしない方向にずれ、固まっているものですから。将来的にはマシディリを補佐する有力な者がカルド島からも現れる。それが、私の望みです」


 そう締めると、エスピラはりんごをまた一欠け口に入れた。ゆっくりと味わい、しっかりと咀嚼した後で綺麗に食器を置く。


 その後は、軽い歓談を。


 カルド島で行われている暑さ対策。属州政府内の出身地の違いによる文化の差異や民衆の反応。食事。特産品。


 どちらかと言うとエスピラが教えを請う立場に見えるように気を配りつつ、知っていることでも知らないかのように振舞いながら会話して。


 最後に、今回の会談の内容の再確認。『牢獄の整備を始めとする、犯罪者への待遇改善』『職を失った傭兵などに対しての軍事調練と防衛任務』。そして、『裏切りトラディメント』。


 それが終わり、暑い中でも少しだけ気温が下がってきたころにスクリッロは退室して行った。

 残ったのはエスピラとファリチェ、マシディリ。護衛としてのシニストラ。そして、途中から入室してきたヴィエレ。

 奴隷は片付けのために下げている。


「マシディリ。どう思った?」


 赤くならないうちに、と最後のりんごを食してからエスピラは聞いた。


 愛息は前に座っている。シニストラはエスピラの後ろ。ファリチェはマシディリと扉の直線上に。ヴィエレはマシディリと窓の直線上から二歩分だけずれて。


「アイネイエウスの心に、現状戦力での決戦やむなし、との思いが産まれると思いました」


「アイネイエウス、ですか?」


 マシディリに対して反応したのはヴィエレ。非常に丁寧に、膝から体を下げて聞き返している。


「相手の言った目的が主目的じゃないこともある、と言うことだ。今日の場合は、私だがね」


 代わりにエスピラが答え、マシディリに話を渡す。


 父上の考えをどこまで理解できているのかは自信がありませんが、とマシディリが始めた。



「戦う前、戦場を選ぶ前に優劣をつけるモノは大きく分けて二つあります。


 一つは兵数。一つが物資。


 この二つはさらに二つずつに分けられ、兵数で言えば味方の兵数を増やす。つまり募兵や援軍の算段を取り付けることがこれにあたります。もう一つは敵の兵数を減らすことで、離反や偽の噂で兵力を分散させることなどです。


 物資に関しましては大まかに食糧と武器に分けられるでしょう。


 では、アイネイエウスが採れる策は何か。


 本国の腰が引き気味であり、半島でもディファ・マルティーマにかかりきり。プラントゥムもペッレグリーノ様が蓋となり、オルニー島もアレッシアの手中。その上、元老院から船団が送られてくる。そうなれば、外部からの増援は見込めないでしょう。

 そして、外部からの増援が見込めない以上は兵数を増やすとすればカルド島での募兵になります。しかし、優勢なのはアレッシアであり、そのアレッシアが地に足の着いた募兵を行う。しかも、このままカルド島が統一され、アレッシアの傘下に入れば出世の見込みやしばらくの食い扶持に預かれるのです。

 傭兵を抱えておきながら処遇を変えたハフモニよりは、と考える者も多いでしょう。第一次ハフモニ戦争の後、支払いを巡ってハフモニは傭兵戦争をせざるをえなくなっておりますから。対して父上は非常に気前の良い雇い主である、と覚えられております」



 傭兵戦争は、ハフモニがカルド島の北にあるオルニー島の実質的な支配権をアレッシアに奪われることになった戦いだ。

 ちなみに、この大反乱がマールバラやアイネイエウスのいるグラム家が長く軍事的に大権を保持する契機となり、のちのプラントゥム遠征に繋がっている。



「罪人も、まだ統率が取れる人々、例えばどうしようもなく落ちてしまった犯罪者や軽度の犯罪者は制度と環境が整うことでわざわざハフモニに入ろうとはしないでしょう。入るとすれば、とんだならず者かお尋ね者。雇えばカルド島の民から嫌われかねない者であり、高額を要求されかねない者です。しかも、兵数としては数えられません。街を荒らすのには使えるでしょうが、行えば行うほどカルド島の安定からは遠のきます。


 こちらの兵を減らそうにも、属州政府に対する揺さぶりは露見しております。属州政府は更なる引き締めを図り、短期での調略の決着はつかないでしょう。


 武器に関してもハフモニは補充が出来ません。

 本国からはもちろん、カルド島内でも難しいでしょう。父上は鉄に税をかけ、木材もアレッシアを通るようにいたしました。即ち、正規のルートでも隠れた行いでも武器を鋳造すればこちらに伝わります。


 食糧も商人から買い取りましたから。アレッシアと繋がりを持ちたいなら大規模に売ることはございません。北方にはまだあると言っても、その商人から各地の商人が買い付けるため分散いたします。


 その上、アイネイエウスは四万の兵だけではなくその倍の数は養わなければなりません。軍団を支える者達と、ディラドグマやディファ・マルティーマでの父上の非道な行いを聞いた親ハフモニ派の者は故郷を捨ててアイネイエウスの下に集まっておりますから。


 故に、こちらを食糧攻めすることはできず、むしろ四苦八苦する羽目になっております。


 この状況を短期的に打開するには、父上との決戦に臨み勝たねばなりません。勝って、父上の求心力を落とし、その状態で再度調略を試みる。商人と接触する。そうして、ようやく人・物共に充実させることができるのです」



 おお、と声を挙げるファリチェとヴィエレに対し、何故かシニストラから自慢げな空気が漏れ伝わって来た。


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