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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十一章
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此処を分岐点とするために

 その後は質問に答える形で話が進む。当然、ある程度細かく打ち合わせるのも忘れない。


 北回りが取れなくなればアイネイエウスはどうしても陸路でスカウリーアやパンテレーアに近づかざるを得ないのだ。大軍が移動するとなれば移動経路も絞れる。こちらは、あくまでも相手が想定経路から出た時に叩く、と。敵の軍団が分散した瞬間に襲うと決めて。


 同時に、五万対四万となれば会戦できる場所も限られてくるのだ。

 加えて、エスピラは被庇護者も動員してカルド島の地形を把握している。どこで戦うならどうだとか、どこで戦うならどうやって近づくか。


 もちろん、言いはしない。

 言いはしないが、それなりに推測を話して。


 そして、現状で出来る大まかな作戦会議が終わる。


 終わりが近いと誰もが思った空気を感じ取って、エスピラは締めの演説に移った。



「この戦いで重要なのは勝利と敗北のバランスだ。どちらかに偏り過ぎてはいけない。しかも、定量があるわけでは無く、敵を見ながら取ることになる。非常に難しいだろう。


 マルテレス。イフェメラ。

 二人は恐怖の対象になってもらわないと困る。その二人が戦場にて一撃を加えることにより、敵に恐怖と恐慌、足並みの乱れをもたらすのだ。特に、マルテレスとぶつかる敵左翼の動きを鈍らせることは包囲の完成にも大きな意義を持つ。


 バランスを考えなくて良い二人が楽な訳ではない。二人は、戦うことになれば完全な勝利を収めなければならないのだ。


 確かに、非常に難しい戦いだろう。インツィーアを、怪物マールバラを再現するのだ。その労苦は想像の及ばないところにあるのかもしれない。


 だが、この面子ならできると信じている。


 欠点はある。これだけの数が居れば気に入らない人間の一人や二人いるものだ。仕方が無い。しかし、それでも君達の能力は知っている。しっかりと、夏までの間に働きを見させてもらった。報告と、私が集めた情報を照らし合わせ、正直者であることも確認済みだ。


 だから私は信じている。


 必ず、勝てると。

 父祖とアレッシアの神々に最良の報告が出来ると。


 勝つのはアレッシアだ。全ては、アレッシアの勝利のためにある。繁栄と、栄光と。父祖の繋いだ魂を次代に繋げることにある。

 誇りあるアレッシアを守り、次に繋げるためにこの戦いはあるんだ。


 カルド島は絶対にアレッシアのモノにする。しなければならない。


 耳が腫れあがり、硬くなっているかも知れないがもう一度言わせてもらおう。何度でも言わせてもらおう。


 カルド島は父祖が血を流し、全てを懸け、一致団結して勝ち取った島だ。第一次ハフモニ戦争をアレッシアの勝利へ導いた事実の象徴だ。この島は、ちんけな政争に利用されて振り回されて良かった島じゃない。それは父祖への冒涜に当たる。この島は、全力で以ってアレッシアが守らなければならない島だ!


 この戦い、ただの戦争の一つに非ず。

 傷つけられ、踏みにじられた我らの誇りと父祖の思いを取り戻すための戦いだ。負けは許されない。そして、負けは無い。

 私が居て、君達が居て、父祖の加護があって神々が見守ってくださっている我らに負けは無い。


 この島を取れば戦争の趨勢が決まる。決めさせる。


 この島を制する者が祖国に栄光をもたらす。


 その重要性を理解しているのはアレッシアだ。分かっていないのはハフモニだ。

 この島を取り、マールバラを閉じ込め、プラントゥムを解放しフラシを旗下に収めてハフモニに勝つ。もう道は出来ている。後は、勝つだけだ」


 熱を孕んだまま、静かに調子に変えて言った。

 そして、一息つく。皆に、伝える。

 言わずとも分かる、次の言葉を。


「アレッシアに、栄光を!」

「祖国に、永遠の繁栄を!」


 腹から轟く三十名を超える大合唱。

 物理的に天幕を揺らし、その後で皆が意気揚々と中庭に出る。行き先は部屋ではなくその熱を発散するための場所だろう。


「イフェメラ、ヴィンド、カウヴァッロ。それから、オプティマ様も少しだけ残ってください」


 そんな者たちを見送りながら、エスピラはそう告げた。

 オプティマだけが「俺?」と不思議そうな顔をして、指で自分の顔をさしていたが、他の者は無言でうなずき、とどまった。


「俺も残って良い?」

 と、マルテレスが聞いてくる。


「構わないよ。と言うか、オプティマ様に命令するには必要だろう?」

「いやあ、エスピラ様の命令なら聞いちゃいますな」


 マルテレスの返事を待たず、オプティマが大きく分厚い手で後頭部を叩きながら笑った。

 はっはっは、と笑いながら大股で前に来たオプティマを待ち、全員が出るのも待つ。


 いや、待っているように見せずに待つのはヴィンドが動き出しや歩幅を調節してくれたおかげでなんとかなった。


「で、なんでこの面子? もしかして軍事の天才とか?」

 と、オプティマがなんちゃってななんて笑った。


 満面の笑みを、な、な、と他の者にも向けている。


「もちろん、軍事的な才能もありますよ」

 と、エスピラはさわやかな笑いを作りながらオプティマに言った。


 マルテレスが「あんまり真面目に取り合わなくて良いぞ。オプティマは超前向きだからな」と、苦笑いで言ってくる。


「前向きなのは良いことじゃないか。負けがこんだとしても、手痛い敗戦の後に赴任するとしても、指揮官が前向きな方が兵も鼓舞され、士気もあがりやすい」


 言い終わると、「さて」、とエスピラは右手のひらを全員に見せた。

 閉じながら横に移動させる。

 メルアの前でやれば右手であれ噛みつかれる動作だ。


「君達の共通点はもう一つある」


 本当に軍事の天才だった、とカウヴァッロがぼそりと呟いた。

 シニストラが静かに、と他の者へ向けるよりはやわらかいが鋭い視線をカウヴァッロに送る。


 エスピラは苦笑いを浮かべ、明確に先ほどの会議までとは違うと言うことを示した。

 その状態で、立てていた右手人差し指を揺らす。


「アイネイエウスの顔を知っている、と言うことだ」


 エクレイディシアで。そのために、連れて行った面もあるのだから。そのためにわざわざ会談を持ちかけもしたし、危険を承知で動いたのだから。


「顔を知っていれば討ち間違えることは無いし、僭称に騙されることも無い。私の顔も割れたが、私は既に紫色のペリースで半身を隠している上に左手には革手袋も嵌めていると言う明らかな特徴があるからね。問題は無いよ」


 話が逸れてしまったね、と言いつつ、エスピラは伸びていた背筋を整えた。


「さて。会戦での基本方針は包囲し、ゆっくりと、一枚一枚剥がすようにして潰すつもりだが、そうはいかないこともあるだろう。相手が逃げ出すかもしれない。その時に、アイネイエウスが居る可能性が高いのは足並みがそろっている集団だ。

 アイネイエウスの軍団もしっかりと訓練を積んでいるはずだ。動きが揃い、彼の発言に軍団がついて行けるようになっている。だからこそ、混沌と混乱が渦巻く戦場で足並みがそろっていればそこに優秀な将兵が居ることになる。


 君達の持ち場はある程度自由にする予定だ。

 だからこそ、そんな優れた部隊があれば一気に潰してもらいたい。確実に、アイネイエウスを討つために。

 もちろん、戦場でマルテレスから臨時の指示が飛んで来たらそっちを優先してもらいたいけどね」


 もらいたい、と言いつつも軍律だ。

 守らなければ処罰が待っている。


「もちろんです、師匠! 三つ目のクノントを討てなかった分、今度は必ずアイネイエウスを討ち取って見せます!」


 いの一番に威勢の良い返事をしたのはイフェメラ。


「籠られると厄介ですからね。出てきた瞬間を、必ずや」


 とはヴィンド。


「かしこまりました」


 と静かでどこか気の抜けたようにも聞こえるのはカウヴァッロだ。


「承った! 気の良い者を殺さなければならないのは気が引けるが、あのような敵将を生かしておくのはもっと気が引けるからな!」


 オプティマの返事は腹膜が大きく揺れるモノ。


「これからの作戦、君達には個別で伝えることも増える。できれば、そっちを優先してくれ。全体の指示もするが、君達は君達にしかできない重要な任務があると忘れずにいてくれたら嬉しいな」


 三人の返事に満足して、エスピラはそう締めて本当に会議を終わらせたのだった。


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