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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十一章
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学んで、吸収して。

「気は長く、雌伏は吉。慎重は美徳。短気は勇敢では無い。だったか、ディーリー」


 自分の言葉を言われてか目を少し大きくしていたディーリーが、名も呼ばれてか、背筋が少し伸び、それから頭を下げてきた。


「良い言葉だ」


 それだけ言い、エスピラはスーペルに顔を戻した。


「スーペル様。嵌められていると言うのは私もうすうす気づいておりました。外国との関係が強いと見せかけ、勝手な徴税と罵り、追放する。戦後のそんな算段もあるのでしょう。

 ですが、一番大事なのはアレッシアが勝利を収めることです。

 財や食糧を引っ張って来られる私への支援を最小限にし、他に支援を回す。なるほど。サルトゥーラのような感情をたまに度外視する者にとっては効率よくアレッシアの国庫を扱える作戦でしょう。そう、私は納得もしております。

 限りある財源を有効に使用しないといけませんから」


「でもやっぱりおかしいと思います」


 イフェメラが頬を膨らませた。

 シニストラも険しい顔で頷いている。ヴィエレは声を挙げて同調し、ファリチェも控えめに、しかし同意の色を目に浮かべていた。


「少なくとも戦時中に足を引っ張ってくることは無い。そこはハフモニとの大きな違いだ。

 会戦は確かに現場のモノだけで勝てるかも知れないが、戦争全体となればそうはいかないからね。この違いは大きいよ」


「最前線に行く者に短剣かはちみつかを選ばせた後、エスピラ様の提案をさも自分のモノのように奪う輩のどこがハフモニよりもまだ良い状況なのでしょうか」


 言ったのはルカッチャーノ。

 スーペルも元老院での話を聞いているのか、息子に同意していた。


「待て! どういうことだ? サジェッツァがエスピラの功績を奪うだなんて、そんなこと」

「カルド島に執政官二人を派遣し、元老院の本気をアピールする。しかもエスピラ様が平民の執政官を選ぶのを拒絶するのを知って。最善の手を打たなかったくせに自分たちの方がカルド島についてしっかりと考えているのだと言うアピール以外のナニモノなのでしょうか」


 と、スーペルが言えば。


「『短剣かはちみつか』。マルテレス様とははちみつを共に食し、アスピデアウスと共にウェラテヌスを討ち果たそうと言う話ですよ。ですよね、ディーリー様」


 ヴィエレが鋭い目をディーリーに向けた。


「ヴィエレ」

「失礼いたしました」


 すぐさまヴィエレがマルテレスと、それからマルテレスの軍団の者に頭を下げる。


「幾ら何でもはちみつをそのまま食糧供給、短剣を武器供給とは思わないでしょう」


 イフェメラが鼻で笑った。

 対象はヴィエレに見せかけてマルテレスだろうか。


「失礼な態度は自身の品位を下げ、見下げる相手と同じ舞台に上がることだ。使い時を考えろ」


 そんな二人に、エスピラは強く言った。

 ヴィエレとイフェメラが揃った行動でエスピラの方に体を向け、腰から頭を下げてくる。


「謝るのは私にでは無い」


 遺憾の意を二人に伝えた後、エスピラは口調を変えた。


「不快にさせてしまったのなら申し訳ありません」


 そして、エスピラは他の軍団の者に頭を下げずに謝り、続ける。


「ですが、これは全て私の責任。元老院からの嫌がらせで実害を受けるのが私だけではないと知りつつも中途半端な態度を取っている私の責任なのです。


 片方ではサジェッツァは友だと言い、もう片方ではウェラテヌスの当主としてアスピデアウスは許せないと言う。皆にとって大事な軍事命令権保有者としての態度は明確にしていない。これでは各々に鬱憤が溜まるのも致し方ないと言う事。

 それの発露が先の発言でありますので、全て、私に起因することなのです」


「友ならば婚姻を早々に決めずとも良かったかと」


 エスピラの言ったことを台無しにするような発言をしたソルプレーサにも感謝をして。


 下手に此処でエスピラが背負い過ぎれば、イフェメラやヴィエレの立つ瀬が無くなるのだ。

 ソルプレーサが早々にこういったことを言うことによって、彼らの罪悪感を軽減させることが出来る。他の軍団からの印象は悪くなるが、一番大事なのは自身の軍団。次いで他の軍団との連携。


 イフェメラやヴィエレ憎しにならなければ問題ない。


「これは、今後も貴方に息子を預けたいと思っているからこその忠告だが」

 と、スーペルが切り出してくる。


「変わってしまう友情があるからこそ、変わらない友情が演劇にも描かれる。そのことを理解したうえで、公人として動いた方がよろしいかと。私と公は別。そうでないと、アレッシアにとって大事なことも自分にとって大事なことも見失ってしまいます。

 あくまでも、私の持論ですが」


 そして、スーペルが口を閉じた。


 貴重なご助言ありがとうございます、とエスピラは腹の底からの感謝を告げる。

 同時に、その一言によってエスピラがこの軍団を率いることを完全に認めている旨の再確認と再び最大兵数になったことの感謝も。


 それから、表情を引き締めた。


 話はアイネイエウスが北回り航路を使ってスカウリーアやパンテレーアなどで海戦を仕掛けてくることをどう防ぐか。それに、戻る。


「父上。船は三十艘で足りるのでしょうか?」


 その話の中で、今日はずっと口を閉じていたマシディリが初めて会話に入って来た。


「抑止力として十分と言うことは無いが、ハフモニは此処まで徹底的に海戦を避けている。ハフモニ本国にその情報が流れれば認めたくはないだろうな。そのために行政官に近い将軍に密命を与えて本格的な海戦を起こさせないなど主戦派の行動を制限させるようなこともまたあり得る話だ」


「あくまでも本当に元老院が五段櫂船を二十五艘以上と七段櫂船を一艘以上くださるのであれば、の話になりますが。これがもし漁船や輸送船を含めた三十艘ならば、アイネイエウスはむしろ好機とばかりに突破してくると思います」


 不信感を口にしたのはヴィンド。


 ただし、シニストラやヴィエレ、ジュラメントなどのエスピラの軍団に属している若者は各々が同意を示している。ルカッチャーノもあり得る話だ、と小声で呟いた。


 困惑が見えるのは、マルテレスの軍団。減った兵の補充も補給も常にしてもらっていた軍団の者達だ。


「父上。べルティーナ様に手紙を書いてもよろしいでしょうか」


 エスピラは愛息が婚約者に手紙を書くのを止めたことは無いし、止めるつもりも無い。


 マシディリがやってこなかったのは、ウェラテヌスとアスピデアウスの間にある微妙な空気に配慮してのことだろう。


 が、今回はそんな話では無い。婚約者として仲を深めるためでは無い。


「父上。アレッシアの勝利のため、です」


 クイリッタが兄の援護をする。


「……分かった」


 そう言われれば、エスピラも、認めるしかない。


「御安心ください、父上。父上が不幸なすれ違いに胸を痛めているのは、驕りかも知れませんがこの中では私が一番良く知っております。

 様々な側面があるからこその父上の悩みも、拙いながらもある程度の推測がございます。

 父上。べルティーナ様は才女。皆がそう噂しておりますし、私自身そのように思っております。必ずや私の提案の利点を理解し、カルド島に元老院からの船五十艘と千の兵を出現させてくれることでしょう」


「才女だからこそ危険なんじゃないのか?」


 と、イフェメラがふくれっ面で呟いた。

 マシディリとの対比では、どちらが子供か分からなくなる。


「ウェラテヌスが小娘一人制御できない家門だとおっしゃられたいのですか?」


 そのイフェメラに噛みついたのはクイリッタ。

 エスピラがなだめるよりも早く、イフェメラがエスピラに謝ってくる。


「父上。パラティゾ様も父上に恩を感じている者の一人。訓練からアレッシア本国ではできない経験までをディファ・マルティーマで積んでおります。何より、初めての従軍は父上の下で雑務を経験しておりました。必ずや、ウェラテヌスに協力してくれると思います。それに、パラティゾ様は他人の功を盗むような方ではございません。アスピデアウスの誇りに誓って、それに背くような行動はされない方です」


 少し歪になった空気を払うかのように、マシディリがやさしい声で続けた。

 良い子だな、と。大人な対応だな、と。オプティマなどは真っ直ぐな子だと頷いているし、インテケルンも胸をなでおろしている。


 が、そうでは無いだろう。


(次代のアスピデアウスが、完全に次代のウェラテヌスに従う形、か)


 アスピデアウスがマシディリの思うがままに動いた、と言う実績になる。


 パラティゾとマシディリでは、申し訳ないが百人居れば九十九人がマシディリの方が才覚があると答えるだろう。その上、べルティーナはウェラテヌスのど真ん中に来ることになる。

 アスピデアウスの他の兄弟はクイリッタやユリアンナにとっても脅威にはなり得ない。


 もちろん、これは親の贔屓目も入っているだろうが。


 ともかく、成ればサジェッツァや敵対意識をむき出しにしているアスピデアウスを焦らせることにもなる。


「分かった。頼んだぞ、マシディリ」


 それを承知で、エスピラは言った。


「必ずや。父祖と運命の女神と、何よりも敬愛する父上に誓って」


 エスピラが酒宴用の笑みを使うように、マシディリも心優しき優等生の仮面を存分に使って。

 そう、宣言したのだった。


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