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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十一章
391/1590

見据えているのは


 先の言葉には方便も含まれている。

 エスピラが思うに、マールバラはアイネイエウスの救援にはやってこない。


 確かにアイネイエウスへの攻撃を解除するためにディファ・マルティーマを攻撃しているようにも見えるだろう。そのように見せてもいるだろう。が、アレッシアの政治的な仕組みを知っているのならそれが叶わないことも分かっているはず。


 つまるところ、これは『確認作業』なのだ。


 これまでと違って一定の人物が長い期間権力を握るようになったアレッシアに於いても昔と変わらないのかどうか。


 その結果エスピラが退いてきても構わない。カルド島で暴れていても構わない。

 マールバラとしては、どちらに転んでも美味しいと思っている。少なくとも、エスピラはそう判断した。


「エスピラ様とアイネイエウス殿は気が合いそうだと聞いているのですが」


 聞いてきたのはインテケルン。

 実は、エクレイディシアまで裸踊りの軍団を護送してきたのは彼である。イエロ・テンプルムの件があるからか、エスピラの陣地で大人しくしていた、とマシディリから聞いているのだ。


「気が合うのはそうだろうな。私もそう思うよ。だからこそ、絶対の殺害対象にすることが彼への高い評価の裏付けになる」

「国家に忠誠を誓う優秀な人材ですから。エスピラ様の好きそうな人ですよ」


 エスピラの言葉の後にヴィンドがインテケルンに向けて言った。


「その優秀な人材がサジェッツァのように軍団を動かさないと言う保証は無いぞ?」


 マルテレスがそう言いはしたが、質問の言い方ではない。もったいぶらずに全部教えろ、と言う聞き方である。少し楽しそうに、唇の隙間から歯が見える笑みもうっすらと浮かんでいた。


「国家の違いも攻める。サジェッツァが独裁官の時、アレッシアの元老院は独裁官を指名しておきながら民衆に押され、結局はどっちつかずの結論を下した」


 下させた、が少々正しい言い方ではあるが。


「だが、ハフモニはアイネイエウスに軍団を集合させて早期の決着をつけるように申し付け、なおかつ援軍予定の三万を首都の防衛に回した。これは大きな違いだ。しかも、アイネイエウスの家族はハフモニに置いてきているらしいからな。あの時のアレッシアの元老院とは違い、政府としての確固たる意志がある。自分の身を守る、と言うね。これまでの行動があり、そう想起させてしまえば実際はどうかなど関係ない。

 まあ、でも、奴らにもうひと働きしてもらうつもりだよ」


 ファリチェとソルプレーサが上に置いた地図を抜いた。

 下にある、カルド島全域の地図が露わになる。


「マシディリの生誕日を祝い次第、スカウリーアとパンテレーアを狙う。どちらもアレッシアに再度寝返ることをし辛いうえに良港を持つ都市だ。しかも、九年前に私が攻略している以上、こちらの計算よりも早く落ちる予想をしてくるだろう。そしてここを抑えれば、カルド島で如何にアイネイエウスが巻き返そうとも、アレッシアがハフモニ本国に大軍を送ることも可能だ。


 そうでなくとも、此処には最強のマールバラを下した軍団と二万以下の兵でエリポスを制圧しメガロバシラスを鎮めた軍団が居る。しかもスーペル様の土地を保持する能力は相手も思い知っているはずだ。


 アイネイエウス四万をカルド島に、マールバラを半島に封じ込めている間に本国を落とす。


 そんな作戦も、また想像できるとは思わないか?」


「実際にやっても面白いかもな。きっと、できるぞ?」

 と、マルテレスが笑いながら地図に身を乗り出した。


 エスピラは「それも視野に入れた方が良いだろうな」とマルテレスの視界に入っている地図上の小島を剣の先でつつく。


「此処を落とす」


「九年前は保持する利益が少ないから襲うだけだったけど、モノにするのか?」

「いや。此処を保持するために人と物資を割くのは相変わらず無駄だよ。でも、此処にはハフモニが溜め込んだ食糧がある。それを解放し、島民を一時的に味方につける。ハフモニが奪い返してくれれば願ったり叶ったりだな」


「その後の統治が難しいのではありませんか?」

 と、ディーリーが言った。


「アルモニア」


 エスピラは自身の副官に声を振る。


「またもや目立たないにも関わらず難しい役割だが、任せて良いな?」


「はい。お任せください」


「と、言うことだ。アルモニアの戦功が周囲より少ないことは知っている。だが、私が軍事命令権を握っている時は必ずアルモニアが副官だった。伊達や酔狂や贔屓ではない。アルモニアの優秀さは群を抜いているからだ」


 民心の安定も商人との繋がりも補給の安定に繋がる。寝床の確保に繋がる。武器の仕入れに繋がる。

 戦場に立たずとも、戦場で敵を討てずともアルモニアが居ないと成り立たないことも多くあるのだ。


「この小島を占拠すれば、風雨が強くなっても避難できるし、よりハフモニの近くで艦隊の整備ができる、と言う事か」


 マルテレスが軌道修正をしてくれる。


「その通りだ」


 同意しつつ、エスピラは剣を腰に戻した。



「プラチドとアルホールには既に動いてもらっている。


 確かに、此処に居並ぶ者達からすれば彼らは天才的な軍略を持っている訳でも無いし、交渉が特段上手だと言う訳でもないだろう。経験は豊富だが、馬に乗れるかと言えばお世辞にも上手とは言えない。エリポス語も堪能とは言い難い。


 だが、百人隊長としての経験の豊富さ、周りを見渡す習性から大きな失敗に繋がる前に取りやめる勇気を持ち合わせている。その上人の話を良く聞き、職務に忠実で、兵からの信任も厚い。海上は陸よりも一つの失敗が多くの兵の命を奪いかねないんだ。それを防ぎつつ、兵の動揺も防ぎ、この人のために思わせられる彼らだからこそ適任だと思って任せている。彼らだからこそ、私は自信を持って送り出せたんだ。


 事後承諾にはなりますが、異論はございませんね?」


 と、エスピラはもう一人の執政官としてマルテレスに尋ねた。


「全く、ございません」


 慇懃に言ってから、ふざけるようにマルテレスが笑った。

 エスピラも眉を下げ鼻から息を吐く笑みを見せつつ、顔を戻す。


「彼らには今後しばらく本国への強襲も続けてもらう予定だ」


 恐怖を与えるのと、傭兵三万が本国に居ることでアレッシア側への圧力になっていると誤認させるために。

 そして、戦後、あるいは戦中にハフモニ本国とその周りの諸都市の絆を破壊するために。


「ハフモニが北回りから出航し、スカウリーアやパンテレーアにとりついたこちらを攻めて来ることも考えられるが」


 言ったのはスーペル。

 三人目の軍事命令権保有者である。


「スカウリーアとパンテレーアを本気で攻めるつもりはありません。あくまでも形。


 ですが、北回りをされては厳しいので食糧を減らしてしまいましょう。東方や南方の商人に買い集めてもらって。彼らは今折角溜めていた小麦を無くしたところですからね。


 それから、ティミドが逃げ回っていた諸島も北側にはあります。その伝手を使って相手の動きを牽制するべくティミドには動いてもらっております。


 後は、あまりしたくはありませんが税の軽減を条件にハフモニへの造船や水夫の募集を妨害するとか、罪人に裁判のやり直しや名誉回復を約束して先にこちらに引き込むとか、ですかね。まあ、相手の軍団の質も悪化させたいので見極めにはかなり労力を割くはめになりますのであまりしたくはありませんが。


 とは言え、本国の支援がない以上、艦隊決戦を避けねばならないのはこちらも同じですからね」


 ディファ・マルティーマに残している艦隊は動かせない。

 プラチドとアルホールから削れば相手への圧迫は無くなる。

 プラチドとアルホールのために既にすぐに集められる船は招集済み。新たに借りるにしても金は無い。作るにしても金と時間と人手がない。


 無いモノばかりでどうしようもないのだ。


「軍事命令権保有者で、執政官、なんだよな……」


 マルテレスが、目を丸くして呟いた。

 心配するな、とマルテレスに目で伝える。


「法務官の時からそうだ。最初は受けられていたけどね。まあ、代わりにディファ・マルティーマ周辺の村々からの直接の徴収を認めてもらえ、エリポスの支援、マフソレイオの支援は積極的に受けることが出来ている。何とかなっているよ」


 とん、と剣先で地面を叩く音がスーペルの方からした。

 顔を向ければ、本当にスーペルがやっていたことが分かる。


「船の支援ぐらい、頼めばしてくれるはずだ。私から二十艘、マルテレス様から三十から四十艘頼めば、合計で三十艘ぐらいの支援は受けられるはずだ」


「オピーマやタルキウスの」

「元老院からだ。話を遮って申し訳ない」


 半ば理解はしていたが、エスピラは口を閉じた。表情は維持を心掛ける。


(金を引っ張ってくれる者に支援をせず、他の者に回すのは効率が良い方法だ。今は、特に財政難。長引く戦争と荒れた土地で大変なのだから、元老院の判断は間違っていない)

 と、心の中で自分に言い聞かせて。


「百も承知だと思うが、エスピラ様。これは『嵌められている』と言うのではないか?」


 しかし、そんなエスピラの心をスーペルがまたもやかき乱してきた。


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