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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十一章
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奴だけは殺せ

「分かった。そうしよう」


 マルテレスが即答した。

 詳しくは何も聞かずに即答した。


 三人目の軍事命令権保有者であるスーペル・タルキウスは眉を寄せてはいるが、否定的な言葉も無ければ否定を示す行動も無い。


「インツィーアの戦いは戦場の死体の検分すらできていませんが」


 言ったのはディーリー。

 オプティマが朗らかな顔のままで「まあまあ」とディーリーに両手のひらを見せて上下に動かしている。


「あれだけの敗戦をアレッシアが放っておくはずが無い。少なくとも、インツィーア以後の元老院は放っておかない。その上、ある程度戦いの推移は予想がついていることは知っていると思うが。

 ディーリー。確定的な話では無いからインツィーアの再現とは言い難いと言うことか、知らないと言うことか。どちらだ?」


「完全な再現とはいかないと言うことです」


 ディーリーがエスピラを見ずに言った。

 体はどちらかと言えばエスピラの方に向いたままだが、目は来ていないのである。


「そもそもが完全に模倣する形にはならないさ。あの時はマールバラの方が三万以上数は少なく、しかし騎兵はハフモニ側の方が強かった。今はこちらの方が数は多く、されど騎兵は優勢と断言はできない」


 それに、と言いつつエスピラは自身の軍団の高官たちに目をやった。

 規律正しく並んだままであり、この作戦の最も辛い役割を知っている者達だ。同時に、多くの者がその役割を担うことを拒絶しない者達でもある。


「マールバラは切り捨てても良い兵でアレッシアの突撃を受け止め、戦場で陣形を変えながらアレッシア軍団の陣形が包囲に適したモノに変わるのを待った。その間に両翼の騎兵は敵翼を破壊し、背後に回り込む。この時、早々に離脱したヌンツィオ様のおかげで僅かな時間は出来たが、まあ、此処にいる者達よりも純粋な兵数で多い集団を見ながらそれに気づけとは難しい話だ。

 その結果が、最悪なものに繋がったけどね」


「切り捨てても良い兵とは、穏やかではありませんね」


 ディーリーがエスピラを見ずに言う。


「ええ。本当に。

 アレッシアは基本的に傭兵を軍団に組み込まない。使うとしても傭兵は傭兵で固めて一部隊とする。この部隊が激戦区に行くのは、傭兵もまた知っているはずだ」


「雇うと? カルド島新政府から?」

「話の途中だぞ、ディーリー」


 エスピラは軽く笑いながら返した。


「ディーリー様。私達にも不快だと言う感情があることをお忘れなく」

「ヴィンド」

「失礼いたしました」


 ディーリーではなく真ん前を睨みながら言ったヴィンドを形ばかり窘めれば、ヴィンドがエスピラに体を向け、しっかりと頭を下げてきた。


「そうだぞ、ディーリー。俺の臨時給金がなくなったら、お前が払ってくれるのか?」


 と、マルテレスの軍団のインテケルン・グライエトがディーリーを茶化しながら肩に手を回した。力が込められているのか、ディーリーの背が曲がる。


「エスピラ様はそのような人ではあるまい。何といっても必要とあれば敵とでも会談し、民のために文化を保護するお方だからな。安心しろ、インテケルン。インツィーアを再現すればたっぷり報酬が貰えるぞ!」


 はっはっは、と野太い声でオプティマが笑う。


 ついでに、「文化財の確認作業とか運び込みとかでも十分な報酬だな!」とオプティマが笑い続けた。エスピラの軍団の一部から向けられていた厳しい視線が、幾ばくか弱まる。


「ディーリー。後で話がある」


 最後に言ったのはマルテレス。


 冗談めかした二人に同調して頬を緩めていたマルテレスの軍団の者の顔から笑みが薄まった。全員の身長が僅かに伸びたようにも見える。

 もちろん、ディーリーも例外ではない。むしろ一番姿勢を正したか。


「悪いな、エスピラ。話を続けてくれ」


(むしろディーリーだけに良くぞ留めてくれた、と言うべきかな)

 と友に感謝しつつ、エスピラは再び顔を前に向ける。


「傭兵は雇わない。九年前に雇ったのは臨時の措置だ。今は兵数が居るのに雇う必要は無い」


 金もない、とは言えず。

 人命より金をとるのか、と思われれば一気に信を失うからだ。


「じゃあ、どうするのか。簡単なことだ。今、最もアレッシアに忠誠を示さねばならない者たちを使う」


 疑問の色が僅かにでも見えた者は全てマルテレスの軍団のモノ。隠しきれない憤懣もそう。

 ウルバーニを含めたエスピラの軍団はもちろん、ルカッチャーノにも疑問の色は無い。スーペルは仏頂面のまま。完全に感情が仮面の下に隠れている。


 ディーリーの拳は、握りしめられすぎてやや白くなっているように見えた。


 そんなディーリーを見ながら、エスピラは口を開く。マルテレスの視線がエスピラの顔面でやや彷徨った。


「エクラートンで軍事命令権保有者の命令を破った者達の処分を完全に解く。決死の覚悟で激戦区に行き、アレッシアに叛意無きことを示してもらおう」


 ディーリーの拳が緩くなった。マルテレスの視線もエスピラの顔面から去る。

 未だに続くディーリーの視線を無視して、エスピラはヴィンドに顔を向けた。


「ヴィンド。訓練は間に合いそうか?」

「平地よりは涼しい山の上に移動させて行う予定です。エリポス以来の兵と共に行軍することはできませんが、十分に戦場で使えるようにはいたします」

「頼んだ」


 言って、エスピラはスーペルとルカッチャーノの父子を視界に入れる。


「決戦の場では恐らく左翼を任せることになると思います。連携を取る必要があるネーレと演習をお願いしてもよろしいでしょうか?」


 頼む形にはなっているが、要するにエスピラが自身の目でスーペルの軍団の練度を確かめたい、と言う話である。


「命令ならば」


 スーペルが言った。


「では、そういうことにいたしましょう」


 エスピラはスーペルよりはにこやかに返す。


「俺は右翼か?」

「ああ」


 マルテレスには即答。

 友としての気安さを滲ませた声を心掛けて。


 メガロバシラスの大王は右翼に居ることが多かったのである。エリポスに大きな影響力を持つエスピラが指揮を執ると言う意味。アイネイエウスの兄マールバラがメガロバシラスの大王を良く研究していると言う事実。マルテレスがアレッシア最強の将軍であると言う事。


 そして、エスピラがカルド島で初めて大規模な会戦に及んだ時に使った戦術。


 マルテレスが右翼だと断言するのは、内外に対して大きな影響を及ぼすのである。


「めっちゃ警戒されそうですね」


 ひゃー大変だ、とインテケルンが笑いながら言った。


「ああ。だから餌をやる。マールバラに倣ってね」


 言いながら、エスピラはファリチェに目で合図を出した。

 ファリチェが頷き、自身の後ろに置いていた地図を中央に広げる。「このあたりの地図になります」と言って、その上にもう一枚、少しだけ詳しい地図を。


「だが、人命をやる気は無い。あくまでも陣をくれてやるつもりだ」


 エスピラが言っている内に、ファリチェとソルプレーサが地図上に石を置いていく。


「エクラートン攻囲の時の防御陣地。先の戦いに於けるピエトロ様に指揮してもらった簡易陣。マールバラを幾度も追い返したディファ・マルティーマの防御陣地群。

 これを奪う価値は非常に高い。食糧を取れれば、敵兵にとっても目に見える成果となる」


 シニストラの口元が微妙に丸くなったのが見えた。

 このためか、と納得したのだろう。


「だからこれらをくれてやる。やって、アイネイエウスの軍団を内部から割れさせる。サジェッツァとグエッラのようにね。ただ、アイネイエウスはサジェッツァと違って政治的な影響力が高くない。だからアイネイエウスとしてはどこかで会戦せざるを得なくなる。そうでなくともそうさせる。


 その会戦で、アイネイエウスの命を奪う。

 全てはそのための作戦だ。


 良いか。アイネイエウスの命を奪うことが最重要だ。アイネイエウスが生き延びればこの戦いは長くなる。長く成ればディファ・マルティーマが危うくなり、そうなればメガロバシラスが再び槍を掴む。マールバラもアイネイエウスの救援にやってくるかもしれない。


 良いか。最重要なのはアイネイエウスの命を取ることだ。この包囲殲滅戦はそのためだけの作戦だと思ってくれて構わない。


 アイネイエウスだけは殺せ」


 エスピラは、地を揺るがすほどの低い声で全員をねめまわした。


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