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座礁

 有力者同士の結婚式は関係の強化を形作る儀式であるとともに闘争でもある。


 結婚式の壮麗さ。呼んだ人の影響力。どれだけの人の参加を認め、祝いを振舞えたのか。

 コネと金を存分に見せつける場であるのだ。


 ただし、やりすぎは良くない。相手との調和も大事である。


 だからこそ、エスピラとメルアの結婚式はこじんまりとしたものであったし、報告としてパンを配った程度であった。もちろん、これにはメルアを隠すと言う意味合いもある。


 だが、今回は、妹の結婚式ではもう小さくする必要は無いのだ。


 酒の製造、販売で十分儲けている。闘技場の手伝いもすることで分け前も懐に入っている。

 セルクラウスからの借金も返済済みだ。


 ウェラテヌス代々の基盤はメルアの持参金としてほとんどがエスピラの元に返ってきている。名門と言われる貴族に比べて資金力が大きく見劣りしているのは事実だが、賄賂をばらまく程度には余裕ができてきた。


(平均的な水準で行くべきか)


 ナレティクスが言ったように、ウェラテヌスが持参金を用意するのにも四苦八苦すると思われているならば。


 名門貴族らしい結婚式で十分だろう。


 特にウェラテヌスは元来派手に着飾らない家系。蓄財をして、国家のために使うことを良しとしてきた家系である。

 蔵が空にならず、父母が健在だったとしてもそう派手なものにはならなかったはずだ。


(その場合は、私の結婚相手も誰になっていたのだろうな)


 エスピラは左手の革手袋を眺めながら、ふと思った。


 家門が傾むかなければ父母も兄も失うこともその後に金を得るために人に言うことを憚るようなことをすることも無かっただろう。


 だがそれでも、悪いことばかりでは無い。

 そう思うと、エスピラの頬が少しばかり緩んだ。


「兄上」という、余所行きのカリヨの声にエスピラの表情が戻る。


「どうした?」


 葦ペンを置いて、エスピラは妹に顔を向けた。


「お客さんが」


 エスピラの目が動く。

 エスピラとメルアの家があるのはアレッシアの外れ。

 加えて、メルアのこともありほとんど人を寄せ付けないようにしている場所だ。


「タイリー様か?」


 メルアを訪れる男を除けば、それぐらいしか考えられない。


「タイリー様もだけど、ペッレグリーノ様も」


 ペッレグリーノはイフェメラの父親だ。

 悪い話か良い話か。どちらかであるのは確実である。


「分かった。通してくれ」


 言うと、エスピラは机の上を片付けて、机の前に立った。


 エスピラとメルアの家はアレッシアの一軒家らしく書斎のある家ではあるが、小さいものである。二人も客人を招けばかなり手狭になってしまうほどだ。


 いくつかの物音が聞こえ、声が聞こえ。

 それから、何とも言えない顔をしたタイリーが現れた。らしくない緊張まで見て取れる。

 一方のペッレグリーノは眉を八の字に下げているが、意識の多くはエスピラでは無くタイリーへ。


(悪い話か)


 予測がついてしまったが、ペッレグリーノが申し訳なく思っている、恐れているのはタイリーの方だと言うのは、少しばかり苛立ちを掻き立ててくる。


「珍しいですね。何か、ございましたか?」


 それでも、エスピラは常通りの声を発した。

 手で机の方を進めるも、タイリーが手を振って断ってくる。


「なに。晩餐会の時にメルアにねだられた物を届けに来たついでに息子の顔を見ておこうと思ってね。まあ、ペッレグリーノから内密に君に話がしたいと言ってきたのもあるのだが。先に私は席を外しておこう。気兼ねなく話すと良い」


 最後の言葉はどちらかと言えばペッレグリーノに言って、タイリーが書斎から出ていった。

 年長者で実績もペッレグリーノの方が上だが、家主はエスピラである。


 どちらが座るべきか少し迷ったが、エスピラは再び椅子に着いた。


「遠いところまでわざわざお疲れ様です」

「こちらこそ、急に押しかけてしまって申し訳ありません」


 ペッレグリーノが慇懃に頭を下げてきた。


「椅子を用意いたしましょうか」


 エスピラはベルに手をかけて聞く。


「そこまでしてもらってはこの後が頼みにくくなってしまいますので」


 ペッレグリーノが丁寧な声音でエスピラの申し出を辞退した。

 年下の実績に劣る者に対しているとは思えないほど丁寧な態度である。

 そんな態度をするほどの話でもある、とも言えるのか。


「なるほど。タイリー様に頼んでまでのお話とは私への頼み事でしたか」

「ウェラテヌスの誇り高さはアレッシアの誰もが知るところ。建国五門の中で文字通りアレッシアのために一門を捧げたのはウェラテヌスとアスピデアウスぐらいなものでしょう。そのような一門にイロリウスのような新参者が頼みごとをするなど畏れ多いことこの上ないのですが」


 丸わかりの御機嫌取りは好きじゃない。とは、流石に口にはせず。

 一分たりとも思っていない言葉では無いと言うのもエスピラには良く分かった。


「私にも一門のことを考える必要があります。イロリウスは実力でのし上がってきた一門。派手なことは好まず、かといって散財を惜しまず。誠に勝手ながらウェラテヌスの家風には親近感を抱いてまいりました。だからこそ。だからこそ個人的に信頼関係を築けそうな家同士が、いきなり婚姻関係で結びつくのは私のような未だに敵の多い一門にとっては無駄だとは思いませんか?」


(舌は……一枚しか持ってないか)


 実直そうな声と、恐らく用件を言うしかない場であるにもかかわらず未だに迷いが見える表情。

 これらが演技ならば大したものだが、他国の人も含めて色んな人を見てきたエスピラの直感が演技ではないと訴えている。


 言葉を選んでいるのは否めないが。


「築けそう、ではいざという時に話が分かれることもあり得ますので確固たるものを『築く』ことが大事ではありませんか?」

「息子も同じことを言っておりました」


「その意見を崩せなかったから私の元へ来た、と?」

「ウェラテヌスとイロリウスにとって大事なのは、エスピラ様と私の関係ではなくエスピラ様と息子の関係。私はそう信じております」


 気が合うから問題ない。

 私自身ペッレグリーノは嫌われても構わない。


 そう言う話をされているのである。


「ペッレグリーノ様とて早々に引退されるわけでは無いでしょう。一門のかじ取りは、不測の事態が無い限りはイフェメラ様が三十を超えるまでは譲らないはず。その十五年間、ウェラテヌスのかじ取りをするのは私です。タイリー様ではありません」


 ペッレグリーノの視線がエスピラから外れた。意識は書斎の外、タイリーに向いているようである。


「タイリー様に話を通して、いざとなればタイリー様に頼めば何とかなり、タイリー様とさえ顔を繋いでおけば良いとお考えならペッレグリーノ様の先程の言葉は全て噓になります」


「その言葉は! その発言は、名門のウェラテヌスとは雖も失礼ではありませんか?」

「大方自分では説得できないから私からイフェメラ様に説いて欲しかったのでしょう? どちらの行いの方が失礼なのでしょうか」


 もちろん推測である。

 だが、エスピラの推測があたりだとはペッレグリーノの顔が雄弁に物語っていた。


 どうやら謀に向かないこの男は、唇を硬く締め、変色までさせている。


(まあ、そんな人の望み通りの結果になってしまったんだけどな)


 エスピラは溜息を噛み潰して、左手の革手袋を唇に押し当てた。


 この状態で一門同士が結びついたとして、お互いの益はかなり少なくなるだろう。

 それならばイロリウスとしても長男を別の家門と結びつかせ、ウェラテヌスとしても別の家門を見つけた方が最大の利益を得られる。


 現在のアレッシア最大の一門と言えるセルクラウスとは既に結びついているのだ。

 次は、純粋な力ではなく状況に合ったものを有する家門と婚姻関係を結ぶべきであるとも考えることだって可能である。


「今はこれ以上言葉を交わさない方が良いでしょう。イロリウスは優秀な一門です。アレッシアのために、敵を増やすべきではありません。ですがご安心を。どのみち、ペッレグリーノ様の望み通りにはなりますよ」


 ペッレグリーノの唇から力が抜ける。

 目はやや険しいままだが、胸が大きく膨らみ、戻るころには視線が和らいだ。


「頼みます」


 それ以上は何も言わずにペッレグリーノが書斎を後にした。


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