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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十一章
387/1589

詰み

 アイネイエウスの杯は、エスピラの杯に近づいてこない。


「…………それでは、将としての道が潰える。幸いなことに私は自分の力を発揮できる立場に上り詰めることができた。その上、アリオバルザネス将軍とは異なり、私の首一つで祖国が救われることは無い。私が潰した軍団にタヴォラド・セルクラウスの息子がいてもアレッシアの怒りを私の首で納めるには私の功績は足りていない。それに、貴方がアレッシア人であるように私はハフモニ人であり、祖国に誇りを持っている」


 何より、とアイネイエウスがしっかりとエスピラに正中線を合わせてきた。


「自分の力を試さずして、何が男か。

 兄が優秀? それがどうした。それは、私を燃え上がらせる要因でしかなく、私が悲嘆する要素にはなり得ない。そして、そんな兄にとっても私は誇りでありたいと思っている。例え、兄が私のことを見ていないとしても。私は、ハフモニのために立ち上がった兄を誇りに思っている。そんな者が、何故アレッシアに降る。

 私の道は変わらない。そちらに、私の歩むべき道は無い」


 そうか、とエスピラは杯を手元に戻した。

 力ない視線を杯の中身に注ぎ、くるりらりと回す。


「小麦に富む者は飢える者の気持ちが分からない、か」


 馬鹿にしている訳では無い。

 この言葉を言ったのは、ハフモニに負けた部族の長だ。頭で理解していても、と言う言葉である。


「これは、戯言の一つなのですが。兄か私どちらかを手に入れられるのであれば、エスピラ様はどちらを選ばれましたか?」


 アイネイエウスが言いながらくるりと杯を回し、顔を上に向けずに中身を煽った。体はやや外側。エスピラと反対向き。


「仮定する状況にもよりますね」


 と言い、エスピラもアイネイエウスから視線を外す。

 裸踊りには、盛り上げるべくかヴィンドも加わっていた。


「今ならばヴィンドが居てイフェメラが居てカリトン様が居る。マルテレスだって協力体制にありますし、マルテレスの下で戦っている者も優秀でしょう。それならばマールバラよりも貴方の方が欲しい。

 ですが、何もない状態で始めなければならないのなら、圧倒的な力を持つマールバラの方が欲しい。


 そんなところです」


 似たようなモノです、とアイネイエウスが小さく笑った。どこか自嘲しているような、『哀』と言う字が似合いそうな。あるいは、エスピラがそう願っているからなのか。


「私も兄が居る現状ならばマルテレスやペッレグリーノが一番欲しいとはなりません。むしろエスピラ様に本国を掌握してもらえれば、今頃は兄がアレッシアの壁にとりついていたでしょう。この戦いを、もっと早くハフモニの勝利で終わらせることが出来ました」


 失言ですね、とエスピラも小さく笑った。

 アイネイエウスは目だけをエスピラに向け、僅かに首を傾けるのみ。


「しかし、本国を掌握するのであればサジェッツァの方がよろしいのでは?」

「サジェッツァは自分の味方の制御が取れていない」


「そうでしょうか」

「理由は言わずともお分かりなのではありませんか?」


 なるほど。これ以上は自分がどこまで把握しているかと言う情報になるため、あげるつもりはないらしい。


「ただ、言わせていただくのであれば『サジェッツァが味方の制御をできなくなるのは二度目である』、とだけ言っておきましょう」


「十分ですよ」


 情報としては。エスピラに与えすぎなくらいだ。


 ぱちり、と薪が爆ぜ、場所によっては新たな木が継ぎ足される。一気に大きく明るくなることは無いが、夜にも関わらずしっかりと踊りは見える状態が維持され続けていた。

 夜であれど温かく、踊っている者の汗の躍動はエスピラ達からでも良く見える


「一つだけ聞きたいことがあります」

 と、アイネイエウスが言った。


「義兄上を殺したのは、貴方ですか?」


 マールバラの同母弟グラウはアイネイエウスにとっても弟にあたる。

 つまり、言っているのは昔の話。プラントゥムに足を伸ばしている最中の話だろう。


「殺したのは奴隷ですよ。そちらが捕まえていたでしょう?」


「そうですか……。やはり、貴方を殺さないとハフモニの仇となる。ハフモニに、勝利が訪れない」


 エスピラのすぐそばで控えていたシニストラが動いた。

 エスピラは右手のひらを見せてシニストラを止める。シニストラの手が剣に触れたところで止まった。


 アイネイエウスはシニストラを見ているが、手は剣に無い。側近の一人がシニストラとアイネイエウスの間にすぐに入るためか、踵が少し浮いていた。


「買いかぶりすぎですよ」

 と、エスピラは右手を戻しながら言う。


 しかしながら、せめてもの返答として


「家族は?」

 と、アイネイエウスに聞いた。


 本当は、把握している。文字として、事実として聞いている。


「妻と、幼い娘が、いや、もう大きくなった娘が一人」


 エスピラは、目を上にやった。夜の闇や空に昇る煙、星々はさほど目に映っていない。


 小さく息を吸って、吐く。


 アイネイエウスはカルド島に来てもう六年目だ。

 エリポスでの時間が長引けば、チアーラはエスピラに対してどういう態度になってしまったのか。果たして帰って来た時に抱き着いてくれたのか。


「申し訳ない、とだけ謝っておきます」


 もう一度息を吐きながら、エスピラはアイネイエウスに言った。


「傲慢と言うモノですよ、それは」


 アイネイエウスがまっさらな声で言ってくる。


「私は、きっとあなたが勝てば貴方の娘を新しい妻として迎えますから」


 決して、今の妻が不満だとか情が無い、と言う話では無いはずだ。


「君が私の義息になる、か。そんな未来があっても良かったかもしれないが、ユリアンナでも二十近く違うのは良くあることだとしても少々親としても心配だよ」


 くつくつくつ、と、少しだけ。

 エスピラは、楽しそうに笑って杯の中身を飲みほした。



 エスピラと、恐らくアイネイエウスの下にアレッシア軍がハフモニ本国を襲撃した話が届いたのはそんな踊りから一週間も経たない時のこと。


 投石機を移動させていたプラチドとアルホールがマルテレスらが集めた船に乗り、超長距離射程の投石機で攻撃したのだ。一方的に。散発的に。そして反撃態勢が整う前に退いて、別の場所を襲撃する。


 航路はタイリー・セルクラウスが当初想定していたモノ。

 カルド島を抑え、そこからハフモニ本国に攻撃を仕掛ける。そうして戦争を五年以内に終わらせる。そのために立てられた作戦に沿うかのように。


 マールバラがアレッシアについて調べていたのなら、タイリーの立てる作戦とそれに対して動揺しないようにと本国に伝えているだろう、と。既知だろうと予想して。その作戦をエスピラがなぞることによって後継者だと、ハフモニに告げるために。タイリー級の存在だぞと誇示するように。


 しかしながら作戦は第一次ハフモニ戦争初期にハフモニが多く使用したモノに近い。


 沿岸の都市を襲撃し、略奪し、撤退する。相手の軍団が届く前に退く。陸地での会戦では勝ち続けているのにアレッシアが窮地に追いやられた作戦。その時のアレッシアの対抗策は海戦の実行。船を作り、初めて海戦に及んだのだ。


 問題は、ハフモニにそんな国力が残っているのか。

 そして、エスピラ自身が海戦に応じるつもりが無いと言う事。


 では、ハフモニはどうするのか。

 家や畑を荒らされ、様々な噂が飛び交っている中でどういう行動を選ぶのか。


 ハフモニ上層部の決断は、本国防衛のために調練の終えた三万を国に留めることだった。

 同時に、アイネイエウスにカルド島の早期奪還を命じると言うモノ。夏が終わり次第積極攻勢に出て、今年中に成果をあげよ、と。その代わりにカルド島全軍の指揮権を与える。


 そう言いながら、プラントゥムに派遣している将軍を動かそうともしているのはエスピラも捉えていた。


 前回と違い、個々が処刑されるほど窮地なわけでも無く、勝ってもアイネイエウスの手柄になるだけ。しかもアイネイエウスが執ってきたのはどちらかと言えば消極的な作戦。


 それだけでも思うところのある将は違和感を拭えずにアイネイエウスに集まる。

 加えて、アイネイエウスの描く勝利への道筋と本国の要求は真逆のモノ。


 無論、ハフモニ内部に関しては推測の部分も多く存在はするが、此処にエスピラが思い描いていた一つのハフモニ軍が誕生したのであった。


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