表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十一章
385/1590

エクレイディシアでの邂逅

 半裸の筋肉集団が現れた。


 下もほぼ肌着と言って良い。若干北方諸部族にも似たその格好は、間違いなくアレッシア人がしている。


「……うむ。思っていた雰囲気と違ったな!」


 そして、その筋肉集団の代表であるオプティマ・ヘルニウスが豪快に笑い飛ばした。

 エスピラもアイネイエウスも似たような表情を浮かべている。口元に薄く笑みを浮かべ、少しだけ目じりを下げる。頬もやや上がっているだけ。


 アイネイエウスもアレッシアから見れば筋骨隆々な人間ではなく、どちらかと言うと細身だ。エスピラよりは鍛え上げられた筋肉があるが、目の前の集団と比べると量は少ないと言える。

 だからこそ他の人には余計に似ているように見えているかも知れない。


「これは、貴殿の策では無かったようですね」


 先に口を開いたのはアイネイエウス。

 オプティマは振り返り、自身の配下の筋肉集団に持ってきていた樽などを下ろすように指示している。彼らの武装は数名が短剣を帯びているのみ。


「申しましたでしょう? 私が軍事命令権を保有しているのはあくまでも二個軍団に過ぎない、と。執政官が二人いるのです。半分以上は私の軍事命令権の及ばない兵ですよ」


 やはりアイネイエウスも存在を把握していたな、と思いつつエスピラは返した。

 アイネイエウスは横目でエスピラを見て、それから前に居るオプティマに戻している。


 シニストラは不動。ソルプレーサは無表情。ヴィンドは笑顔を浮かべていた。

 ハフモニ側はより警戒が強くなっているのか、表情に緩みはない。口元は引き締まり、足はどちらかがもう一方よりも少し後ろにあり、顎が僅かに引かれている。


「エスピラ様。アイネイエウス殿。突然の来訪、誠にすまない!」


 鼓膜に直接ノックするかのような声でオプティマが言った。

 ずんずんと大股で最も幅のある筋肉が近づいてくる。


「我らは相争う間柄。時に生きたまま皮を剥ぐのもやむなしな関係だ。明日には今横に居る者の首を刎ねているかも知れない。

 なれど先人の叡智を守ろうとする意思は同じ!

 故に、その意思を敵味方を越えて貫かんとするお二人に感銘を受け、双方につまらぬところでもしもがあってはいけぬと参った次第!」


 太い両腕が元気に動き回り、拳が入らんぐらいに大きく口も開きながらオプティマが言った。

 相変わらずの大声である。だが、無駄に鼓膜を突き破るような勢いはない。しっかりと対象を意識した話し方である。


「もしもとは?」


 流暢なエリポス語でアイネイエウスの配下が尋ねた。

 うむ、と大きく俊敏にオプティマが頷く。


「暗殺や約定破りだ! だからこそ、こうして肉壁としてまいった!」


 どん、とオプティマが大きな拳で剥き出しの胸襟を叩けば、非常に良い音が鳴った。

 後ろの筋肉集団の数人も、オプティマに倣ってか同じように胸を叩いている。



「共に思う国は違えど栄華栄達を望んでいることに変わりは無い。占領するとしてもその地域の文化芸術に敬意を払っていることもお二人とも同じと見える。


 素晴らしい!


 エスピラ様。やはり、貴方はエリポスを制した人に相応しい。

 アイネイエウス殿。敵ながら見事! あっぱれ! ハフモニにアイネイエウスあり。しっかりとこのオプティマ。日記に刻んでおきます」



 エスピラに対しては貴族らしいしっかりとした礼をとって。

 アイネイエウスに対しては大きな両手を差し出し、苦笑しながら差し出された右手を両手で包んで。


 そして大きな目をこれでもかと開きながら、オプティマがエスピラとアイネイエウスを黒い瞳に映した。心臓も頸動脈も、完全に晒しながらエスピラにもアイネイエウスにも体を向けている。


「マルテレスに何か言われましたか?」


 エスピラも苦笑交じりに聞いた。


「エスピラ様が襲われる危険性はあれど、エスピラ様から襲う危険性は無いと聞いております。マルテレス様はエスピラ様の行動を案じてはおりましたが、それでも止めようとは思っておりませんでした。戦争中に殺し合っている相手と示し合わせて会うなど滅多にないこと。下手をすれば、助けに行った方が危ないかも知れない、と」


 オプティマの様子は眉間と額に皺を寄せ、眉を下げて顔もやや俯き気味。言葉の最中で何度も頷いている。雰囲気も先ほどよりも落ち着いたと言えば聞こえは良いが暗いとも言えるモノだ。


 しかし、ぱっとオプティマの顔が上がる。雰囲気も一変する。



「私もマルテレス様の懸念を理解しては居ります。エスピラ様はエリポスを制圧された上にエクラートンも簡単に陥落させたお方。アイネイエウス殿が如何に強敵かは身をもって知らされている。戦場なら兎も角、お二人の思慮に私が追い付くかは分からないところ。

 そうは言うものの、敵であるがアイネイエウス殿の心意気に応じたいと思ったのもまた事実!


 されど、戦場で会えば我らは殺し合いしかあり得ない。情けは軍令違反。食糧、武具の提供は寝返り。


 そこで考えた。


 踊りだ!


 舞い、せめてもの感謝を示さねばならん。だからこうして、最低限踊りに必要なモノを持ってきた。我が筋肉と、盛り上がる程度の酒! そして仲間!


 如何かな。今、踊っても」



 一番に反応を見せたのはアイネイエウス。

 いや、その側近たちか。彼らも警戒を解いたのか、足の位置はほぼ平行になり、膝も伸びている。顎も通常の位置。


「アレッシアの裸踊りか。それは面白い。是非とも見てみたいものです。私は構いませんよ」


 流暢なエリポス語でアイネイエウスが言った。

 言葉の最後にはエスピラに目を向けて。会話を渡してくる。


「物事には優先順位があります。互いに本国にも敵を抱える身。今の状況を悪しく告げられれば危ういのは互いの家族もでしょう。オプティマ様。できれば、引継ぎのための確認が終わってからでもよろしいでしょうか」


「引継ぎにかかるのは時間単位ではなく日数単位。それまで彼らを待たせると言うのですか?」


 オプティマに投げた言葉を横から持っていったのはアイネイエウス。

 エスピラは、人受けの良い笑みをアイネイエウスに向けた。


「はい。いずれにせよ、今すぐには厳しいでしょう。気温も高くなってまいります。

 踊る側だけでなく、見る側も少し厳しい時期。ならば、せめて夕方や夜に数多の松明を用意してこそオプティマ様や踊りを披露してくれる方々への礼儀ではありませんか?

 炎によって浮かび上がる筋肉の陰影と言うのも、また趣があるとは思いますが、如何でしょう」


 最後の部分はやはりオプティマに向けて。

 オプティマは、うむ、と頷いていた。


「松明を集め、舞台を用意する時間に引継ぎを、と言うことですか」


「はい。共に、時間は有限でしょう?」


 アイネイエウスとしては少しでも時間を引き延ばしたいのはエスピラも知っている。


「どうでしょう、オプティマ様。貴方も一緒に来られますか?」


 だからこそ、エスピラはオプティマにも話を振った。


「良いのですか!」


 食い気味でオプティマが反応する。


「もちろんです。オプティマ様もマルテレスからの信任厚い高官であれば、十分に今回の取り決めの条件を守っているでしょう」


 約束は破っていない。

 その上、筋肉集団の長もこちらに居るとなれば準備にも少々時間がかかる。

 この時間が妥協点だ、と。


 エスピラは言外にアイネイエウスに伝えた。それはアイネイエウスも分かったのだろう。数秒の後、にっこりとオプティマに笑いかけた。


「では、そう致しましょうか。楽しみがあればこそ仕事にも身が入る、と言うものですし」


 少しさわやかにアイネイエウスが言うと、オプティマが体で喜びを表現した。

 その後に自分の隊に戻っていく。アレッシア語で、事の顛末を説明しているのが聞こえてきた。きっとそれが終われば準備の手順も話すのだろう。


「ソルプレーサ。準備に必要な物があったら、協力して運び込むようにと陣に居る者に伝えてくれ。

 アイネイエウス様。構いませんね? それとも、此処にも監視をお付けいたしましょうか?」


 対して、エスピラはエリポス語のまま指示も質問を行う。


「二名だけ、街の入口にお付けしても?」


 二名で武力を抑えられるわけが無い。

 だからこそ、これは信頼の証明と味方へのパフォーマンス。そして、時間を稼ぎつつも時間稼ぎを行ったわけではありませんよ、との言い逃れ。見張りを呼ぶ時間だけでなく、門を一つに制限して時間を稼ぐやり方。最大限配慮していると言うアピール。


「ええ。構いませんよ」


 エスピラは、そうと知りながらもアイネイエウスの申し出を受け入れたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ