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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十一章
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信頼関係

 二日後。

 エスピラは、早速クイリッタらをアイネイエウスの下に送り出した。


 エスピラが今いるのは三番目の標的にしていた街。アイネイエウスはクノントを連れて近くの平野に居る。街に入ることが出来たのに入らなかったのは、普通と異なり攻城戦になれば守る側が不利だと思っているからかも知れない。


 いや。

 正確には、平野の方が勝ち目はあると思っているのだろう。


 エスピラにとってもそれは分からない話では無い。


 街に入れば援軍が来る保証は無く、他の部隊との連絡も完全に断たれる可能性がある。しかも、アレッシアには投石機と赤のオーラがあり、守るべき街の壁は厚くは無いのだ。加えて、攻城兵器の多くを運べない高速機動で落とす予定であったのなら内通者が居るのはほぼ確実。一万二千も入れば壁に誰も近づけないのは逆に難しくなってしまう。


 ならば、と思うのも無理はない。


「攻め落とせ」


 そう指示を出したのはいつもと違って昼過ぎのこと。

 カルド島に来てから此処までの戦いを、エスピラは到着した直後か朝早くから開始してきた。だが、今回は到着してからも日が経った後の昼過ぎ。僅かながらに緩んだ敵の空気を打ち砕くように巨石を発射させた。


 壁に当たり、揺らし、破片が舞う。


 高さはハフモニ側の方があるはずなのに。ほぼ一方的にアレッシア軍が攻撃を加え。


 三十七台の内二十五台を固めた攻撃は、しかし門の開錠によって決着となる。明らかな偏重な攻撃にも関わらず他の面にもそれなりに兵が居たのだ。内通者がいると分かり切っている敵兵は、攻撃を受けていない門への警戒の方が厚くなる。攻撃に対しての注意が向きすぎる。その隙に、内通者が攻撃中の門を開くのは命を捨てる覚悟さえあれば他よりは楽であった。


「正道を行く攻略ですね」


 とはソルプレーサ。


「戦力差が大きいからね。下手に策を弄する方が危険だよ」


「誠におっしゃる通りかと」


 言わせたくせに同意してくるソルプレーサにこれ以上は何も言わず、エスピラは街一番の書庫を開けた。独特の匂いと、少々の獣臭さ。あまり処理をきっちりとしていない羊皮紙も使っているらしい。


「記録の写しと、文章保存方法の徹底もしなければ駄目か」


 仕事が増えたな、とエスピラは口元を歪め鼻からゆっくり息を吐きだした。


「記録が残っているだけ良かった、と言うことにしておきましょう」


 ソルプレーサが言いつつも棚から一つ紙束を取り出した。

 エスピラはその手の中の紙を見る。所々薄汚れているのは、粗雑な作り方の所為かも知れない。


「時間はかかりますが、口伝に頼るしかないようですね」

 と、シニストラが静かに言った。


 ソルプレーサが溜息と共に肩を落としながら羊皮紙を元の場所に戻す。


「属州政府の仕事だ。そう言うことにしておこう」


 そう言いながらも、エスピラは奴隷を呼んだ。探させるのは農業の記録。地形の話。宗教的な話。祭りに、この街の芸術家の記録。

 そこから、軍団の役に立つ情報ややってはいけないことを探してもらう。


 親ハフモニ派の処分と捕虜送還の手筈。協力者への褒美に属州政府を呼んでの統治方針の確認と、臨時で敷く分かりやすく簡潔な新たな法令。


 それらの後処理を手早く済ませると、エスピラの元にスーペルの軍団が動き出したとの報告が入った。ルカッチャーノにも半分を任せ、勢いよく進軍しているらしい。


 悪い報告としては、ハフモニの商人から船があと少しで揃うと来た。


 ハフモニの新手三万。


 確かに今年に入ってからのアレッシア軍カルド島占領部隊は連戦連勝であるが、あくまでもそれは個々の素質によるものだ。本国のある半島を捨て、精鋭をカルド島に集めているからだ。

 カルド島の攻略が一日遅れると言うことは、半島に居るアレッシア人が一日分殺されると言うこと。マールバラが一歩アレッシア本国に近づくと言うこと。


 しかも、そろそろ真夏。作戦行動次第では六番目の月も見えてきているし、今でさえ日中は十分に暑い。

 エスピラが昼過ぎに戦闘を開始したのも、突撃のタイミングに暑さの盛りを避けたいと言う意図があって。


 要するに、今来られれば、傭兵三万がカルド島に馴染み、かつ他の将軍との連携も取れる状態になりかねないのである。


「父上」

 と呼ぶクイリッタが帰還したのは、街を落としてから少ししてのことだった。


 シニストラが見るからに安堵の表情を浮かべたのを嬉しく思いつつ、エスピラ自身は表情を引き締めたままクイリッタを出迎える。


「アイネイエウスですが、文化の保護の重要性は自分も認めるところだと頷いておりました。イエロ・テンプルムでのことを引き合いに出し、守らねばならないことだと」


 わざわざ出す辺り、アレッシアに対する当てつけも少しはあるのだろう。


「エクレイディシアの明け渡しはどうなった?」

「条件付きで認めると言っておりました」

「条件付き?」


 いつもよりわずかにクイリッタの瞬きが長くなる。


「エクレイディシアにて引き渡すべき財の確認を互いに行い、無下に扱わないこと、何が無かったなどと引き渡しの後日に言わないことが条件です。

 そのために、アレッシアからは父上と父上の軍団の軍団長二名、それから十名以下の護衛を連れてエクレイディシアに入るように、と言っておりました。

 ハフモニからもアイネイエウスを始めとする高官が入ってまいります。

 互いに武装は許可。また、信頼関係もないために互いの軍団は見える位置に置いておく。その場所も幾つか候補を出してきておりました」


 クイリッタの言葉が終わると、百人隊長でありエスピラの被庇護者であるラーモが前に出てきた。ラーモが手持ちの地図を広げる。簡略的なエクレイディシアの地図だ。地図上には、五か所丸が記されている。


「此処のいずれかに、か」


「はい。アイネイエウスの軍団もそこに来ます。そこから連絡を取り合い、互いに互いの位置を知らせながらエクレイディシアに入ること。

 それから、カルド島に於ける全軍の軍事活動を停止すること。

 これがアイネイエウスが出してきた条件です」


 ふう、とエスピラは息を吐いた。

 それから葦ペンを取り出し、丸の一か所に×を記す。


「我ら一万三千のアレッシア軍は此処に陣取る。後ろからでも横からでも下からでも。攻めたければ好きなところからくるが良い。こちらは投石機を置いていくからな。防御陣地にも攻めやすいだろう? それから、私がエクレイディシアに入る件も了承しよう。ソルプレーサとヴィンドも連れて行く。護衛はカウヴァッロとシニストラ。それから引継ぎの奴隷の監視としてイフェメラも街に入る。


 が、全軍の停止は冗談のつもりかな?


 アイネイエウスがハフモニの全軍の指揮権を持っていないことぐらい『知っている』。それでこちらだけ武装解除した隙にハフモニが攻めてきて『知らなかった』では済まされない。汚いやり方が好きならそれで良いが、こちらも兵の命を預かっているのでね。


 今なら壁は壊れ、民心を掴み切れていない。一万七千が居るとは言え攻め時だ。

 来ると良い。来ないのなら、この話は無かったことにしよう。アイネイエウスは、カルド島の民のことを考えていないと広めるとしよう。


 これが返事だ」


「クイリッタ様に再び行かせるのですか?」

 と、シニストラがすぐに反応してきた。


「一回で代えては侮られる」


 言って、エスピラはクイリッタに対して頷いた。

 クイリッタも頷き返してくれ、他の条件を少々詰める。今度は僅かな譲歩権もクイリッタに与え、エスピラは再び愛息を送り出した。


 直後にアルホールとプラチドを密かに呼ぶ。

 目的は投石機の運搬。これを、南方に。名目はマルテレスが落とした街が条約を無視して攻め込んだハフモニに落とされないために。そして、こちらにアイネイエウスに対する攻撃の意思が無いことを示すこと。


 同時に、足の速い者を伝令としてマルテレスに送る。

 用件は船を集めてもらうことだ。水夫の数も、漁師も観天師も。なるべく密かに。そして、港の回収のためと称して材木を集め、土地の情報を調べることも頼んだ。食糧の供給などの話も漏らし、二重三重に本当の目的を隠した。


 そこまでしてから、エスピラは対スーペルへと動いたように見えるアイネイエウスの軍団の背後を取る。きっちりと、敵を見失わないように人をたくさん使い、脅しを行って。アイネイエウスが止まればエクレイディシアに行くように徐々にエスピラが退く。アイネイエウスが無視すれば追跡を。


 そんなやり取りをしながらエクレイディシアに到着したのは、もう六番目の月に入ろうかと言う頃であった。


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