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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十一章
381/1589

どこを攻め、どう守るべきか

 街を攻囲した、と言っても、最初にやったのは街を囲う形で堅牢な防御陣地を作ること。


 この作業に二日。

 それからは第二列、第一列、第三列、の順で兵に一日ごとに完全な休暇を与えた。


 もちろん、戦場での休暇であるため自由度が高いわけでは無い。

 だが、鎧を脱いで水遊びもできて、遊びに興じることもできる。いくら寝ても良い。訓練も免除。


 完全にではないが心身ともにリフレッシュさせると、次は少数の部隊を広げて敵に目撃させた。が、効果は無し。アイネイエウスは特段動きを見せず、クノントと合流してしまう。


(分進合撃は易々と行えないと気づいているか)


 ただし、エスピラも想定の範囲内。

 気落ちは一切無い。


 順番に休暇を与えた三日間が終わると、エスピラは兵に「約定を違えると言うことがどういうことかおわかりですか?」と街に向かって叫ばせた。もちろん、アレッシア語である。


 アレッシアの高官はみんなエリポス語ができる。

 とは言え、兵はできない者が多いのだ。むしろ若くしてエリポス語に習熟している者は百人隊長以上を目指しているからと言って良い。アレッシアは識字率が高いが、二か国語の読み書き話し聞き取りが出来る者は、実際のところ多いわけでは無い。


(形の上では警告も行い、即席の投石機で粗悪なパンを市中に投下した。一万三千のアレッシア軍相手に踏みとどまる大将なら、優秀な人物のはずだ)


 思いながら、木の皮を一枚手に取る。

 内容は簡易的な報告。この街の守備隊長について、事前に集めていた情報と街に帰れなくなった者から聞いた話。それと、捕虜からも集めて。


(今は、何の変哲もないパンを回収して必死に調べているのかな)


 そうであれば良いな、と。

 ともすれば、首尾隊長は物資を独り占めにした異邦人と見えるのだから。


 降伏勧告と、民への忠告。こちらは兵糧攻めにするつもりがなく、むしろ市民に慮ってパンを与えた。だが、相手は奪い取った。


「少々苛烈な仕置きも、与えた恩情を考えれば致し方が無い、と思ってくれるかな?」

 と、エスピラはエリポス語でヴィエレに聞いた。


 目が動き、一拍開いてからヴィエレの目がエスピラに真っ直ぐ戻ってくる。


「思うと思います」


 少しだけたどたどしいエリポス語が返ってくる。


 上手くなったな、とエスピラはアレッシア語でヴィエレを褒めた。ヴィエレが頭を下げ、エリポス語で書かれているエスピラがディラドグマなどに書いていた手紙を読み進めている。


 あえて崩した字体で書きもしたのだ。エリポス人に野蛮では無いと知らせるために。知っていると見せかけるために。

 そう言った手紙の多くは今も相手の手元にあるか、表面を削られて別の手紙として使用されているが、滅亡したディラドグマ宛の物なら残り続けている。


「生き埋めは許してやるか」


「今更かと。エスピラ様は九年前の戦いですぐにハフモニ兵を奴隷として売りさばきました。ディラドグマでは文字通り国を地図から消し、ディファ・マルティーマでは捕虜を串刺しに。その一方で街の人への危害は少なく、アレッシア人を優遇した者を優遇しております。

 罪に連座したくない街人と抵抗を続けるしかないハフモニ兵。

 その構図を続けた方が得策なのではないのかと」


 エスピラの呟きに、少し長めに反応したのはソルプレーサ。


「恩情を与えれば戦場で敵の槍が鈍るかも知れません」


 そのソルプレーサに反対するのはジュラメント。

 ソルプレーサからの報告では、最近現地の愛人が出来たらしい。


「抵抗を続けた勇士として、すぐにアレッシア本国に送ってやろう。残念ながら、持ち物は全て財に変えて別のところに協力者を作るのに使わせてもらうけどね」

「方針がブレているように思えますが」

「ブレエビとか言う奴の所為で無駄な悪評が流れてしまっていてね。払しょくしないと今後の統治に差支えがあるかも知れないだろう?」


 冗談めかしてエスピラは肩をすくめた。

 アイネイエウスが動き出したと言う報告があったのはその直後。

 応手として、エスピラは主要な街道に防衛拠点を建設した。

 このような工事は最早お手の物。一日足らずで数十の兵で万を足止めするだけの設備が次々と出来上がる。


 対するアイネイエウス、と言うよりも恐らくはクノントが独断で下した決断は『攻撃』。二日続いた猛攻はアレッシアから陣地となけなしの食糧の一部を奪うことに成功したが、アレッシア兵は誰一人として欠けることは無く。


 アイネイエウスとクノントとの間で使者が行き来していたと言う報告のあと、クノントの動きが止まった報告がもたらされた。

 防衛に当たっていたピエトロの報告では、既に第三、第四の陣まで完成しているとのことである。


 ピエトロの動きを知ったからか、それとも被害が割に合わないと判断したのか、はたまたヴィンドの軍団がどこに居るかを掴んだのか。


 はっきりしているのは、アイネイエウスの判断が早いこと。慎重な方に舵を切っていること。そして、ドーリスではハフモニに渡っている傭兵隊長フィロタスの父が職を辞したこと。


「エスピラ様。出迎えの準備が整いました」


 ドーリス王アイレスからの手紙を睨んでいると、ソルプレーサが天幕に入って来た。


「今行く」


 言って、エスピラは手紙を置く。

 左半身を隠す紫色のペリースと左手の革手袋を整え、外に出た。


 目の前には、ずらり、と軍団が並んでいる。


 ピエトロと彼の監督下の三個大隊千二百。そして、補助のために割いた八百はいない。だが、高位の最前線にいる歩兵第一列の百人隊長以下を除いた者がずらりと縦横正しく居るのだ。


 圧巻であり、壮観である。


 ほどなくして視界に入るのは紅色。


 エスピラは、今年のアレッシアで最高の権力者の地位に居るのだ。出迎えのため並んではいるが、基本的に待たせてはいけない立場。だからこそ、ヴィンドが到着するタイミングでしか並ばなかったのである。

 同時に、これは軍団が高い練度にあるが故にできる行いでもあり、相手に威圧を与える行為でもある。


 紅色のペリースを風に遊ばせ、ヴィンドが静かにされど大股でエスピラに近づいてきた。ヴィンドが従えているニベヌレスの被庇護者たちも武具のどこかに紅を入れている。


 後ろの軍団は途中で止まり、高官の列の間を進んできたのはヴィンドとファリチェ、ジャンパオロのみ。ウルバーニとアルホール、プラチドは途中で止まり、姿勢を整えていた。


「お待たせいたしました」


 ヴィンドが左膝を着いて拝礼してくる。ファリチェも同様に。ジャンパオロは少し遅れて膝は着かずに頭を下げた。


「いきなり頼んだのはこちらだ。十分に早い到着だよ」


 鷹揚に頷きながら、エスピラはヴィンドではなくジャンパオロに手を差し伸べた。ジャンパオロが真っ直ぐに立つ。次にファリチェ。そうすれば、ヴィンドも断るわけには行かず、すぐに立ち上がってくれた。


「投石機に食糧。これがあれば、十分に作戦の幅を広げられる」


 郎、とした声で、兵の士気を上げるべくエスピラはヴィンドに声を掛けた。

 何よりも相手がこちらの作戦を絞れなくなるのが大きい。


「投石機三十七台。食糧も捕虜が七千ほど増えても一か月は保つだけあります。早速ではございますが、ご確認をお願いしてもよろしいでしょうか」


「疲れてないか?」

「この程度で音を上げられては困ります。この軍団もまたエスピラ様が軍事命令権を保有する軍団ですから。仲間が死地に居るのに後方で悠々と訓練を続けられた恩を返さねばなりません」


 ヴィンドのしっかりとした言葉に、エスピラは笑みを返した。


「ほどほどにな」


 おだやかに言葉を付け加えるのも忘れない。


「余裕を、忘れないように気を付けます」


 うん、とヴィンドの言葉にエスピラは頷いた。

 ヴィンドの目が後ろの天幕に行き、エスピラに戻ってくる。エスピラが目の動きに気付いているのを分かっているような空気も纏っていた。


「兵の休息がてら、さっそく打ち合わせと行こうか」


 目を切らず、続ける。


「アルモニア」

「はい」

「悪いが、先に投石機と食糧の確認を頼む」

「かしこまりました」


 私がご案内いたします、とファリチェが反応し、アルモニアと共に消えていく。

 それを見てから、エスピラも天幕に入った。すぐ後ろはヴィンド。それから人々の動く音。


「エスピラ様」


 入ってすぐにヴィンドが声を掛けてきた。


「どうした?」

「ハフモニ本国で調練を積んでいた三万の傭兵の準備が整ったと言う噂を耳にしました」


 その言葉に、エスピラは目を細めた。


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