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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十一章
380/1590

一手先を

「私が街を攻めれば、クノントが前に出てくる。クノントとやりあえば、彼を見捨てて作り上げた時間でアイネイエウスがやってくる。クノントとアイネイエウスの指揮権は別々とみるならね」


 そして、その可能性が高いことも分かっている。


 マールバラの異母弟であるアイネイエウスに大きな権力を持たせてしまえば、軍事の者が政権を握ってしまいかねないのだ。ハフモニの政治を司る者達は軍が自分たちの制御の効かない場所に行くことを嫌がっている。なればこそ、このタイミングではハフモニはまだ動かない。


 動いたと言う報告も、ハフモニに居る協力者からは届いていないのだ。

 三万の軍勢を、誰が仕切るかで少しもめていると言うぐらいである。


 エスピラは、何事も無ければその軍勢を率いるのはドーリス人の傭兵隊長。名目上はハフモニの文官だと考えている。戦争中はどうしても軍人の発言力が強くなるのだ。ここいらで、自方の発言力を高めておきたいと思うのがハフモニの政治家である。


「クノントの軍団ごと壊滅させる策を思いつきましたけど……」


 言いつつ、イフェメラが首を倒す。目にやる気はない。

 シニストラがイフェメラを睨んだ。イフェメラの背筋が伸びる。唇も内側に巻き込んだ。


「イフェメラ。それは、街を攻めるフリをするだけでもできるか?」


 イフェメラの顔が一気に明るくなった


「はい!」

「いつも悪いね、イフェメラ」


 それから、エスピラは目を少し遠くにやる。


「だが、こっちも執政官二人がことに当たっているんだ。できないだとか自分たちはいつも通り安全に暮らしてこちらにだけ被害を強いるとか。気持ちは分かるが舐めているとしか思えなくてね。

 降伏勧告をして、従わなかった場合は敵兵を街の広場で生き埋めにする。広場の土を踏んだ者は当初の予定通りの処遇を与えるが、踏まなかった者は最低限しか与えない。

 関係はあくまでもアレッシアが上だ。対等だとかわがまま三昧だとか。許すわけが無いともう一度伝えないといけないようだからね」


「おっしゃる通りです!」


 きちんと理解していないと言われても通じるような声でイフェメラが同意した。


「降伏勧告には従わないかと」


 ソルプレーサの意は、その場合は如何致しますか、と言うことだろう。


「ヴィンドに投石機を持ってきてもらうさ。四方から一気に片を付ける。ついでに、問題の部隊以外の者に四方からの突撃と生き埋めをやってもらうよ。その方が楽だ。それに、ヴィンドの四千に補給路を守ってもらえればアイネイエウスとも十分にやりあえる」


 向こうは合流して自分たちの二倍になられたらと思えば積極的に動けないだろうしね、とエスピラは軽く付け足した。


 イフェメラの顔がよりにこやかになる。


 八千のアイネイエウスに対して二倍になると言うことは、即ちイフェメラの策が大成功を収める、と言う事なのだ。

 エスピラが成功を確信していると。そう言っているように聞いてくれたらしい。


「お任せください、師匠。ハゲのクノントに続いて三つ目のクノントも討ち取って見せます!」


 策を聞くまでもなく、イフェメラが地図を短剣で指した。こん、と小気味良い音をたて、柄に入ったままの短剣が踊る。


「師匠がやっていたみたいに、私も地形を細かく探ってみました。


 すると、この辺りですが、一見ただの畑に見えてその実非常に水のはけが悪く、足を取られるそうです。なればこそその状態を作り上げ、普通の状態にも偽装する。

 隙を作り突撃させるのを軸に、相手の様子次第では敢えて此処を中心地にしてしまいます。私も馬を降りますので、そうすればこちらは足並みを揃え相手の足並みは乱れますから。勝ちを収めるのは容易でしょう。


 もちろん、この土は他の場所にもあります」


 言って、イフェメラが飛び跳ねるように動いた。

 三か所を短剣で叩いている。


「さらに言えば、私が馬を降りることで馬だけを通す場所を作ります。それで相手を誘導し、追い詰める。木々が無くても伏兵を隠せる場所もいくつかあります。

 派手な音とオーラで相手を焦らせれば、ほぼ確実にはまるでしょう」


 それからそれから、とイフェメラは語り続ける。


 まずは大雑把に。徐々に詳しく。

 この場所にはどれだけの兵を隠すのか。どの角度から攻め立てれば良いのか。どう動けば敵がどう動く可能性があり、そうすれば自分たちはどう動くのか。


 どんどん乗りに乗って話すイフェメラに、ヴィエレやピエトロが数度口を挟んで。エスピラも裏を取れているかの確認をしつつ、ソルプレーサに目配せをして調べさせる算段を立てた。


 地図上で話し合った後は現地を回って。


 エスピラは、イフェメラの好きなようにすることを認めた。シニストラとソルプレーサ、それに歩兵第三列を除けば誰を連れて行くのも自由。

 その中でイフェメラが選んだ高官はカウヴァッロとジュラメント、そしてネーレ。つまり、騎兵と歩兵第一列。


 なるほど。戦力としては十分だろう。

 だが、連れて行くなら第二列の方が都合が良かったな、とエスピラは思う。あるいは、第二列も連れて行くか。イフェメラにとってピエトロの評価が高くないことは知っているし、ヴィエレとも意見の対立がたまにあることは知っている。


 とは言え、だ。

 本来街を攻める一番手にならないといけない第一列を外に回せば、それは狙いが街ではないと公言するようなモノ。

 もちろん、相手がそこまでアレッシアについて調べていないか、あるいはエスピラの軍団について調べていなければ通用しただろう。敵将ではなく敵兵の数に重きを置くような相手でも通用しただろう。


 しかしながら、アイネイエウスとはそう言う人物では無かった。


 策あり。

 狙いはクノント。


 そう悟ったかどうかは分からないが、二千の騎兵と軽装歩兵を先行させてきたのである。


(いや。悟ったにしては早すぎるか?)


 イフェメラが戦場を確認し、その様子を目撃してアイネイエウスの耳に届く。そこで始めて兵を先行させる決断が下されるはずなのだ。


 その過程を踏んでいれば、もう少し遅い。


「こうなれば夜襲を仕掛けます!」

 と、イフェメラが宣言したのはアイネイエウスが軍を分けた報告があった僅か一時間後。


「準備は許可するが、最終的な判断はこちらが下すから待ってくれ」


 エスピラは、そう穏やかに返す。


 クノントは最初から切り捨てていて、アイネイエウスはこのあたりの地域に詳しかったのか。


 十分にあり得る話である。

 ハフモニの勢力圏であり、高速機動の進軍経路を読み切った男ならば。


 あるいは裏切り者が出ているのか。


 これだって十分にあり得る。

 エスピラがタイリーの副官として、そして代理の軍事命令権保有者として降してアレッシアについたにも関わらずハフモニに寝返った街は、もうアレッシアに戻れないと思っていてもおかしくは無い。ならば、とハフモニに媚を売る。味方の監視を強める。手の者を入れる。


 十分に、あり得る。


「カルド島のことはカルド島の者にやらせるか」


 エスピラは、そう、決断して。

 ソルプレーサらにアイネイエウスが一日圏に居ないことを確認させると、イフェメラの夜襲を認めたのだった。


 結果は快勝。


 不満顔のイフェメラとは対照的に、夜間に強行軍をかけて三つ目のクノントを襲った三百の騎兵はこれを後退させることに成功した。兵士の捕虜は七人だが、逃げ遅れた奴隷は百に迫る。物資も武器も鎧も財もある程度奪えた。


 何よりもエスピラを喜ばせたのは、クノントの天幕がほぼそのまま残っていたこと。

 そして、金持ちだからと言う理由で騎兵となっているだけと言われているアレッシア騎兵が単独での作戦行動を取ることが出来ると内外に示せたこと。


 討てるはずだったのに。五千の兵を消せたはずだったのに。

 そう嘆いているイフェメラを褒めつつ、エスピラは街を完全に攻囲したのだった。


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