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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十一章
379/1590

どこまで読み、どこまで見ているのか

「あくまでも牽制だ。基本はウルバーニ自身に守らせる。それに、マシディリはメルアとの間に出来た子だ。それだけでシジェロ対策になる。しかも、サジェッツァの義息にもなるウェラテヌスの次期当主。シジェロも下手なことはできないさ」


 マシディリの眉が僅かに動いた。

 表情は整ったモノ。感情の動きを見せないような顔である。


「悪いな、マシディリ。色々学んでいる最中だと言うのに」


 エスピラが言えば、マシディリの表情がまた少し動いた。


「いえ。父上のお役に立てるのであれば、全力で邁進いたします」


 マシディリが表情を変え、綺麗にお辞儀をしてくれる。

 エスピラは頷いた後、姿勢を少し崩した。


「しかし、此処は戦場だと言うのに何故こんなことをしないといけないのか」


「今のアレッシアの覇者はアスピデアウスですが、その前のセルクラウスの当主であり実質的な第一の権力者であったのはタイリー様。そのタイリー様の大のお気に入りで名門ウェラテヌスの当主。マフソレイオだけでなくエリポスからも認知されている方。そのような人物を甘い蜜をすすっている者達に警戒するなと言う方が難しいことかと」


「分かっているよ。そう真面目に返さないでくれ、ソルプレーサ」


 ふう、と息を吐いて、エスピラは眼力を強くした。視線は地図へ。


「ソルプレーサ。何か変化はあったか?」


 ソルプレーサも地図に近づく。


「ございません。強いて言うのであれば、もう十分に占領地の支配体制は整った、ということぐらいでしょうか」


「少々かけすぎたと捉えるか、アイネイエウスもこちらが慎重に動くと捉えるようになったと見るべきか」


 エスピラの行動がどのような判断基準に基づいたものであるのか分からないのはアイネイエウスも同じ。あの一戦に於いて力量を見せたのはアレッシアの軍団だけではなくアイネイエウスも、と考えればエスピラが慎重になっていると判断するのも無い話では無いのだ。


(考えたところで、変えるわけでは無い)


 音もたてず体も動かさず、エスピラは一つ息を吐いた。


「では、そろそろ動こうか。相手に感づかれないよう、静かに準備を始めよう」


 まずは、各地に散らばって情報を集めているエスピラの被庇護者への連絡を。

 次に、定時打ち合わせで高官が集まったタイミングで攻撃目標を告げていく。

 そのままいつも通りの流れで生活しつつ、ヴィンドの軍団を待つかのように陣を組み替え人と食糧を集め。


 そして、ヴィンドらが到着する前にエスピラの一個軍団一万三千は素早く動き始めた。


 陣も食糧も投石機もほぼそのまま。手持ちにあるのは僅かな食糧と武具。最小限の荷物で動き出し、一気に一つ目の街を抜いた。


 馬に乗っていない伝令と同じか、少し遅いだけの速度で進軍してくるのである。

 しかも、カルド島属州政府の協力者を使って街に親アレッシア派を作っておくのも忘れていない。その者が、到着後に門を開ける。


 時折、攻撃方向とは違う場所で目撃もさせた。分進合撃を見せた結果は此処で生きてくる。相手が勝手に警戒して、動きが止まるのだ。自分の村を守ろうとしているのだ。


 結果、街に兵が集まらない。

 それもあるからこその瞬時の陥落。行軍速度を変えず、また次の街へ。


 一個大隊四百のみを残し、統治自体は山賊討伐部隊の監視のために来ている属州政府の者に任せて。


 最速で次の街も抜き、三番目は進路を一気に変えることで相手に防御態勢を築かせない。

 それがエスピラの狙い。エリポスでも練習してきた形。メガロバシラス領内で行った行軍。


 さらには相手の動きも常に確認することも続けている。集まっていないことは分かっている。


 だからこそ、エスピラは二番目の街の攻略成功もほぼほぼ計算に入れていたのだが。


「門が開かない、か」


 残念ながら、二番目の街で動きを止めざるを得なくなってしまった。


「中の者の話では、敵の守備隊は二百弱。これに信頼のできる街人を年齢、性別問わず五百人ほど徴収しているそうです。ですが、此処でも門に近づけさせないのは徹底しております。

 壁の上に見えます兵。そのほとんどが街の人であり、下に居るのがハフモニ兵だそうです」


 ネーレは続けて、「関係の無い木こりが街に戻ろうとした時に門が開かれなかったそうです。その者は家に帰れないと言うことで保護しております」と報告を締めた。


「歩兵第一列だけでも赤のオーラ使いは十分にいます。戻れなくなった内通者の口ぶりからは出来る限り壁の上の者は殺さず、ハフモニ兵だけを殺してくれと言っておりましたので、投石機を使わない攻略は彼らの望みに適っておりますが」

 と、ジュラメントが言葉を止めた。


 野戦装備であることは、ジュラメントも承知の上である。


「アイネイエウスはどこに居る?」


 エスピラは目を閉じて位置を思い浮かべながらソルプレーサに聞いた。


「八千の兵を率いて、丁度次の標的としている街と目の前の街の中間に。それから、三つ目のクノントが五千の兵と共に此処に近づいてきております」


 挑発か、ともエスピラは思った。


 三つ目、もとい額に大きなほくろのあるクノントの五千とアイネイエウスは積極的には合流しないだろう。エスピラが攻めれば守りに行くが、基本は別行動のはずだ。


 だから、きっと、アイネイエウスは無視して目の前の街を攻めれば良い。

 嫌な気持ちにさせられるのは、いる場所。「お前の狙いは分かっているぞ」と言われているような気がして。


「高速機動はそもそも読まれやすい行軍でもあります。特に敵地ではそれが顕著になりますので、致し方ないことかと」

「失礼ながら読まれやすい行軍では無いと思います!」


 淡々と言ったソルプレーサに噛みついたのはヴィエレ。

 此処にいる人物で一番若い軍団長補佐だ。


「師匠は食料供給地点を複数用意していた。確かに、師匠だけなら読まれなかったさ。だが、マルテレス様は猪でスーペル様は亀。防壁を破る猪の補助よりも遅くともしっかりと歩む亀の補助をするのが普通だと考えれば、予想はしやすい」


 そのヴィエレにイフェメラがきつい声音で言葉をぶつけた。

 ヴィエレが一瞬鋭い視線をイフェメラに向けたが、すぐに目を閉じ、雰囲気も常のものに戻している。


「どこまで視点を広めるかですから。言葉とは非常に難しいものでございます。そして、こちらが少しでも割れることを計算に入れていれば、エスピラ様が思惑の外に居られても私たちはアイネイエウスの術中に居ることになってしまいます」


 アルモニアが少しだけゆっくりと、やさしい声のベクトルをヴィエレとイフェメラに向けた。ヴィエレが、申し訳ありません、とエスピラ、ソルプレーサ、イフェメラ、最後にアルモニアに小さく頭を下げる。


 アルモニアも笑みをヴィエレに返しつつ、口を開いた。


「せっかくですので私の意見を言わせていただきますと、攻めるべきかと思っております」

 と、アルモニアが珍しく軍事に関して続けてきた。


 その意図は、軍事に関することでは無い。エリポスでの経験と空き時間があれば皆が行っている話し合いを見て、アルモニアは軍事にはあまり関わらないと言う姿勢を人前では取っているのだ。


 エスピラは、それを知っている。


「アイネイエウスがエリポスに精通していて、大王の行軍も勉強し、兄マールバラ・グラムの戦法も知っているのであれば、高速機動では投石機を持って来ることが出来ないことは知っているはずです。だからこそ、少数の兵で時間が稼げると思っているのではないでしょうか。

 ならば、伝統的なアレッシアの軍団にとってこの程度の壁に投石機などは要らないことを思い出させてあげればよろしいように思えてしまいます」


 エスピラはジュラメントを視界の隅に入れた。

 彼は何も言わず、少しだけ視線を下に落としている。


 エスピラは、目を閉じて指を軽く曲げた右手を上唇に当てた。


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