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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十一章
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次の作戦は

 練習、と称してエスピラは降伏して日が浅いカルド島属州の者たちを山賊討伐に当たらせた。当然、一部隊あたりの数は少数にする。


 彼らが山賊にならない保証も無いのだ。


 スクリッロら一部の属州政府の者達もそんなエスピラの考えは分かっている。


 分かっているからこそ、山賊にはさせじと、更なる信頼を得ようとあらゆる方法で監視を行っているのだ。カルド島の未来のために。少しでも良い立ち位置でアレッシアと同盟を結ぶために。


(後は、彼らに私が彼らの処遇を決める立場にある方が都合が良いと思わせて)


 蜜は与えてきたので、必死にさせるのも必要だとは思いつつ。アイネイエウスと睨み合っているせいでエスピラの軍団の武功が他の二つと比べると見劣りするのに危機感を抱く兵はどれだけいるのか? とも、思案し。


 今朝更新したばかりのカルド島全域の地図を見れば、食べかけのパンが見えた。

 そう言えば、予定よりお腹がすいている気もする。


 そんな風に折角体に向かった意識が、次の瞬間には非占領地内に於ける食糧確保地帯に向かった。頭の中で協力的な住民の居住地を地図に落とし、線に繋げる。地形、気候。そこから、高速機動でつなぐことが可能かどうか。失敗した場合の経路はあるのか。

 そして、その場合どこを狙えてどのような戦術を取れるのか。


「失礼いたします」

 の声と共に、天幕が捲られた。


 入って来たのはマシディリとシニストラ。エスピラの就寝起床に関わらず入ることを許している二人だ。無論、他にも居り、その数は軍事命令権保有者の中では多い方だともいえるのだが。


「父上。おはようございます、でしょうか。それともおやすみなさい、でしょうか」

 と言ってはいるが、マシディリの目が食べかけのパンに向かったのをエスピラは見逃さなかった。


「ちゃんと寝ているよ」


 心配性にも見える愛息に、笑って返す。


「食べられる時に食べておかないと、母上が体調を崩しますよ」


 そう来たか、エスピラは苦笑いを浮かべつつ、大事にしまっていた手紙を取り出した。

 それを、マシディリに差し出す。


「そのメルアだが、無事に出産できたらしい。妹だ。フィリチタ。フィリチタ・ウェラテヌス。ウェラテヌスと、兄弟と、何よりもフィリチタ自身に幸福を。幸せの多い人生を。そんな願いを込めている」


「少し、名付け方の毛色が変わりましたね」


 言ったのはシニストラだ。

 マシディリは首を傾げている。


「メルアにも言われたよ」


 マシディリが、再びすごい勢いで目を動かした。

 あまり長くはないメルアからの手紙を読み返しているようである。

 しかし、何往復かする羽目になっていた。


「『りんごも白身魚も少ないのだけど。レモンでも良いと言っているのに、持ってこない人ばかり』と書いてあるだろ?」


 笑いながら、エスピラは言った。

 マシディリの眉間の皺はとれたが、眉は上下の位置が違い、目は少しシニストラの方に逸れている。


「早く帰って来いってさ」


 エスピラが言えば、マシディリが完全にシニストラを見た。

 シニストラが大真面目な顔で口を開く。


「男女のことを私に聞かれましても、何もお答えできることはございません。申し訳ございません」


 接し方は、上官に対するそれだ。

 最初は戸惑っていたマシディリも最近は受け入れつつある。


「名づけに関して言えばスペランツァも似ていると言えば似ているだろう? それに、女の子と男の子では少し名付け方も違う。そう真剣に考察しないでくれ」


 そして、エスピラはそう笑って話を終わらせた。

 手を伸ばしてパンを引き寄せ、また口を開く。


「ヴィンドに任せた軍団がそろそろ到着する」


 シニストラとマシディリの空気も引き締まった。

 足の幅も小さくなっている。顎は小さく引かれ、顔は真っ直ぐにエスピラに。


「マシディリは悪いが留守番をしてくれ」

「高速機動、ですか」

「ああ」


 マシディリに返しながら立ち上がり、小石を手にする。


「スクリッロの部隊が来たことでこちらも調略の手を伸ばしやすくなった。その成果を此処で活かす」


 一か所、二か所、三か所、と小石を置いていった。


「北東の三都市を落とし、スーペル様を一気に東進させるための補助とする。南方はマルテレスだからな。足並みに関しては問題ない。あくまでも他の軍団を助けるための戦闘になる。同時に、アイネイエウス以外のハフモニの諸将の評判を下げるための布石にもね」


 マルテレスとスーペルに一気に抜いてもらい、アレッシアと戦える将軍はアイネイエウスだけだと認識させる。そうすれば、アイネイエウスの下にハフモニは再び集結する可能性が高まるのだ。

 そのために、まずは北方の補給を脅かしつつアイネイエウスからの干渉を防ぐ。


 そうして弱体化されたハフモニ軍をスーペル・タルキウスとルカッチャーノ・タルキウスが打ち破る。そのための作戦行動。それが、目的。


「ヴィンドは、群衆を軍団に変えているでしょうか」

「どのくらい求めるかによっても変わってくるが、元々軍団ではあったからね。そう心配はいらないよ。何よりヴィンドだけではなくファリチェやアルホール、プラチドにジャンパオロがいる。皆、エリポスから戦い抜いている歴戦の猛者だ」


 ウルバーニも、多分、エスピラの書いた伝記を読み深めている。ならば他の高官と無用な争いを起こすことはしないはずだ。


「ヴィンドの軍団の歩兵第三列ぐらいは、高速機動についてこれるかもな」


 言って、エスピラはパンを口に入れた。

 リンゴ酒で流し込む。直後に来たソルプレーサに「急ぎの用事は無いのでそのような食べ方はやめた方がよろしいかと」と苦言を呈されてしまった。


 ソルプレーサは、エスピラの就寝起床に関わらずに入れることを良いことに最近は挨拶無しに入ってくることも多い。その意図がエスピラの休息の確認だとはシニストラも分かっているからか、何も注意はしていないようである。


「良い所に来た、ソルプレーサ。クイリッタを後で呼んできてくれ。すぐにでもシジェロに占いに入ってもらう」

「徹底してますね」


 シジェロを近づけないことを、だろう。


「徹底もするさ。プレシーモを切り捨てたらしいからね。シジェロにとって、必要なくなったのだろう。トリアヌスの意思統一が図られていなかったことが、処女神の巫女でありながらシジェロの意思が家に影響を及ぼしている何よりの証拠だよ」


 ティミドの同母姉にしてエスピラの義姉、フィアバからの報告によれば。


 プレシーモ、もといクエヌレスに対する糾弾に対し、トリアヌスの一部の者は最初は弁護をしていたらしいが、徐々に降りていったらしい。日で、ではなく、午前と午後で。

 しかも、トリアヌスの影響力を受けている者の中には最初から糾弾に回っていた者も居る。


「ウルバーニ様は守りますか?」


 とん、とエスピラは中指で机を叩いた。


 ウルバーニの評価は難しい。必死に守るほどの労力は別のところに回したいとも思うが、易々と得られる人物でもないのだ。クエヌレスへの影響力も確保しておきたい気もある。


「ヴィンド……は、仕事が多すぎるか」


 ルカッチャーノは今は別の軍団。仕事の全てを把握していない上にヴィンドの軍団に属しているウルバーニへの干渉はよろしくない。


 ジュラメントにさせてみるのが能力と仕事的には一番良いが、ヴィンドとの間にわだかまりがある。本人たちは普通に話しているのも目撃はしているが、それが本心かどうかは分からないのだ。


「ファリチェ。リャトリーチ。フィルム……。フィルムが居ればフィルムか?」


 グライオが居ればヴィンドの仕事が減ってヴィンドに回して解決したものを、とも思いつつ。


「やはり、トュレムレ奪還戦を毎回否決されているのが響いてきておりますね」


 ソルプレーサが静かに流れる川のような声で言った。


「言うな」


 ウェラテヌスの次期当主であるマシディリと、アスピデアウスの子女の有望株であるべルティーナの婚姻。それにかこつけて頼んでみても駄目だったのだ。


「人が足りないな。ウルバーニは守る必要がある。アルモニア、ティミド……ティミドは駄目だな。いっそ私が」


 と言いかけて、エスピラは口を閉じて成り行きを見守っていた愛息と目が合った。


「マシディリ主体で、私とヴィンドが時折補助に回る。これで行こう」


 エスピラの言葉に、マシディリの目が丸くなった。


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