表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十一章
376/1590

キトレウムの戦い 開戦

 必勝よりも帰還を。

 敵より仲間ともを。

 敵将はマールバラに勝ったマルテレスから土地を奪った者。ならば初戦は慎重になりすぎるくらいが丁度良い。


 そのような演説を滔々と行い、腹のすかせてほぼ確実にエサを食べるようにさせている聖なる鶏がエサを食べるかの占いを行った。雲の形だとか、誰かを指名して今日見た夢を聞き、それをあたかも吉兆のように話すのも忘れない。シジェロの占いも話す。


 そこまで準備を整えてから、エスピラは早朝に軍団を並べた。

 まだ陽も昇りきっていない時間。その早朝に並べ、アルモニアを残した陣では投石機の組み立ても始めさせる。第一列・第二列間に比べて第二列・第三列間は距離を大きくもした。


 確かにここまでやっても応じない可能性も高いだろう。


 だが、揺さぶりは幾つかかけた。投石機の向きが敵本陣側と言うのもその一つ。


 やがて、敵本陣から炊事の煙が上がった。エスピラはその挑発に乗るように軽装歩兵の一隊をけしかける。マールバラの軍団から模倣した投石兵で以って、遠距離から攻撃を行った。無駄に本陣から兵を出し、行き来をさせ、投石機を作る準備をしているかのようにも見せる。


 その間に、エスピラは一口大のパンにはちみつを染み込ませたものを三つずつ兵に配った。


 はちみつは、甘味だ。一般的なモノではあるが、安いモノではない。その上、栄養も豊富。

 配らせた際の兵の様子は喜びであった、と。報告を聞きながら、エスピラは伝令には内緒だぞともうひと切れずつ配った。


(士気は十分)


 少しだけ高い台。されど、エスピラの身長とほぼ変わらない高さまでにしかなれない台にマシディリを乗せ、エスピラは前方を睨んだ。


 オーラが上がり、軽装歩兵が退く。


 少し遅れて、敵騎兵が出てきたようだ。


 追い散らされてはいるが、そこまで深追いをしてくる様子はない。どちらかと言えばこちらの突撃と再度の攻撃を防ぐために周囲を旋回しているようにも見えた。


 騎兵の旋回範囲が広がると同時に、アイネイエウスの軍団が出てくる。

 しっかりと列を組み、間隔を保ち。


「マシディリ。どういう軍団に見える?」


 台の上で目を細めていたマシディリが、少しだけ眉間に皺を寄せて口を開いた。


「規律は整えられております。ですが、足並みと両端の軍勢を見るにこちらほど調練は行き届いていないのでしょう。それから、右翼と左翼の中ほどが少しだけ他隊よりも乱れが大きく見えました。再編成した際に補充したばかりの場所であり、弱点だとは思います。此処の調練に自信が無かったからこそ、エクラートンを見捨てたのかも知れません」


「良く見えますね」

 と、つまらないと言う感情を出しながらクイリッタが呟いた。

 マシディリは苦笑と「陣中だよ」とだけ返している。


「本当、良く見えているな」


 エスピラはややクイリッタの味方をするような声音でマシディリを褒めた。

 マシディリの苦笑が濃くなる。


「本心だよ、マシディリ。中々に難しいことであり、経験が必要なことだ。だから敵より後に並びたくないと思う人もいる。見分けられるモノは手練れである可能性があるからね。だから馬に乗る者も、少ないとは言え居るよ。インツィーアの戦いはそうだっただろ」


 あれはアレッシア史上最大の兵数を誇る軍団であったから、とも言えるが。


「父上は乗らないのですか?」

 と、クイリッタ。


「兵よりも容易に逃げられる状態に軍事命令権保有者がなるのは士気にかかわると思っているからね。あと、私はそこまで馬に乗ったことが無いのが露見しちゃうからなあ」


 言って、エスピラは肩をすくめた。

 近くに居た百人隊長にしてエスピラの被庇護者のステッラが困ったような笑みを子供たちに向ける。シニストラの雰囲気は一切変わらない。


「話を戻そうか」


 エスピラは表情を引き締めた。マシディリの雰囲気も引き締まる。


「今日の場合なのかアイネイエウスと言う人物がそうなのかは分からないが、積極的に交戦するタイプじゃない。軽装歩兵を追い払うだけに留めたのがその典型であり、流れを引っ張るよりも渡さない方を大事にする慎重型の可能性がある。これは、今までのアイネイエウスの行動からもおかしな点は無いな。

 調練に関しても軍団の数の変遷からは行き届いていないのは納得できる。が、私の予想以上に行き届いていた。アイネイエウスの下にまとめさせるのは良いとして、纏めた後に時間はかけられないな」


 こ、くり。とマシディリが頷いた。


 敵軽装歩兵が出てくる。数は五百程度。しかし、投石兵は百程度だろうか。


「盾を重視。見極めろ」


 エスピラが言えば、青のオーラが規定回数打ち上がった。

 返事のオーラも打ち上がり、やがて敵兵が攻撃を開始する。


 こうして、キトレウムの会戦が始まった。


 序盤は通常よりもやや長い軽装歩兵同士の投擲合戦。


 慎重に行き過ぎたか、とも思い、エスピラは歩兵第三列の前進と第一列の突撃指示を同時に下した。普段は一つずつのところを、あえて同時にこなさせた。


 大声と共に、第一列が敵前衛に攻撃を加える。

 剣戟が鳴り響き、怒号が轟き、地面が揺れた。


 両翼では騎兵同士の争いが起きているが、こちらはアレッシアが劣勢に見える形。されど、ハフモニも深追いはしてこず、アレッシア重装歩兵の横を狙うかのようにも動く。それに対して、カウヴァッロは近づき、釣りだし、引く。幾度かやればそこに敵も釣られなくなってくるが、その時にカウヴァッロが突撃を敢行した。

 敵両翼の騎兵が崩れる。が、時間と共に徐々に態勢が整い始めた。アレッシア騎兵への反撃に移った敵騎兵部隊に、第二列と前線を交代したジュラメントの一部隊が攻撃を加える。軽装歩兵も敵フラシ騎兵を攻め立て、すぐに重装歩兵に隠れた。


(全面包囲は厳しくも見える程度にはこちらが優勢。されど、疲労はこちらの方が溜まるはず、か)


 どのタイミングで敵兵が来るか。伏兵を動かすか。


 計りつつ、誘惑しつつ。


 後ろを見ずに自陣との距離を思い浮かべた。敵との距離も再度叩きこむ。味方との間隔も、第一列第二列の疲労も。


 エスピラは左手に軽く拳を握ると、神牛の革手袋に口づけを落とした。


「両翼をやや厚くしろ」


 指示を飛ばせば、整然と、揃った足音で第三列が動く。

 私語は無い。ただ、衣擦れの音や鎧の音まで揃って。


「歩兵第三列、前進!」


 あえて打楽器を用いて。エスピラは、第三列を一歩ずつ前へ前へと動かした。

 その音は当然相手にも伝わる。顔の向きや意識までが伝わるとは思えないが、互いに認識せざるを得ない距離になる。

 不自然さは無くすように。されど、しっかりと歩兵第三列に敵を見させて。目の前に集中させて。


 そして、しっかりと味方の後ろに着いた。


 離れすぎず、後ろからの対応はやや不便そうな位置。相手に威圧感を与え、味方に安心を与える場所。そこで、盾を下ろし槍の石突を地面に突き立てる。


 後は、アイネイエウスが動くかどうか。


 後ろから奇襲してくるのかどうか。囲ってくるのか。動かないのか。動くのか。


 緊迫の時間。緊張感を持ちつつも、決して後ろは向けない。周囲に気を張りつつも人を遣れない。そんな時間。目の前は命の取り合いをしているのに、周りも見なければならない時間。


 エスピラは、肩を動かさず胸も膨らませずに、ゆっくりと呼吸を行った。


「父上」


 そんなエスピラに、マシディリの少しかすれた声が届く。

 愛息を見れば、明らかに緊張している様子が見て取れた。クイリッタが本陣に戻ったことで、少しだけ素直に感情が出せているのかもしれない。


(作戦の提案もしているからな)


 責任を担わせるつもりは無いが、マシディリは感じずにはいられないのだろう。

 だからこそ、エスピラは穏やかに笑った。


「大丈夫だ」


 そして、頭に手を置く。やわらかな愛妻と同じ髪が、エスピラの手を出迎えた。


「人の上に立つ者は、どっしりと構えていれば良い。父祖がいついかなる時も見て下さっている。神々の加護も我らにある。マシディリ。お前は、神に愛された子だ。問題は何も無いよ」


 やさしい声で言って、エスピラは目をしっかりと愛息と目を合わせた。

 少しばかり緊張の取れたマシディリの頭をぽんぽんと叩き、顔を前に戻す。


(頼んだぞ、イフェメラ)


 神ではなく、父祖でもなく、仲間に。心の中で声を掛け。

 エスピラは、左手の革手袋にもう一度口づけを落とした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ