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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十一章
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キトレウム前哨戦

 戦場はキトレウム。


 そう定めはしたが、素直にそこへ赴くわけでは無い。エスピラはあたかもキトレウムは乗り気ではないような軍の動かし方をし、アイネイエウスはキトレウムやそれ以上に彼に有利な地に追い込むように動いてくる。当然、エスピラはそれを外す動きをしなければならない。


 エスピラは被庇護者や協力者を使ってアイネイエウスを探しているのだ。アイネイエウスも斥候を放ってエスピラを探しに来ているが、エスピラは一部を見逃し、一部は殺し。本気で警戒していると見せかける。


 本気を見せる必要はまだないのだ。かと言って、手を抜きすぎても不審がられてしまう。


 相手も本気とは限らないが、互いにゆるゆると睨み合って、決断の地へ。そこで少しとどまってから、エスピラからキトレウムに向けて。アイネイエウスもまるでエスピラの決断を待ってからかのようにキトレウムにやってくる。


(ここまでは互いに予想通り、と)


 敵伏兵部隊離脱の瞬間を捉えることはできなかったが、敵兵が一万二千から一万に減ったのは確認済み。伏兵は二千。此処からは、探りを出さずにただただ近場で待ち受けるのみ。


 背後の防衛線を決め、先に兵を配置し、敵を近づけなくする。ただし、戦闘が始まればその軽い防衛設備を敵が突破できる程度の兵力しか配備しない。そして、その後ろにイフェメラ。


 ついでにエスピラは陣周りに砂をまき、足跡を確かめることが出来るかを試しながらキトレウムに腰を落ち着けた。


 アイネイエウス側も陣地を築き、少し遠い所に落ち着いている。


 柵の組み方、テントの配置。騎兵の位置。

 最も近いのはメガロバシラスの陣立てだろうか。


(そうであれば予想通りになるが)


 イフェメラを除く軍団長補佐以上の高官を集めたテントで、エスピラは最後の確認として中央に鎮座する地図に目を落とした。

 ファリチェ主導で作成されたこの地図は、相当正確にキトレウム近郊を表している。


 さ、と静かに天幕が開く音がした。

 顔を上げずに目だけを向ければ、足音が無いことからの予想通り。ソルプレーサが入ってきていた。


 エスピラと目が合うと、ソルプレーサが頭を下げる。


 準備が整った、と言うことだろう。

 信頼できる者達だけで周囲を固め、密偵が入り込む隙が無くなったと。情報が漏れるとすれば、此処にいる高官の誰かが裏切った場合のみ、と。


「さて。ティミド様を叩きだし、スーペル様を端の街に閉じ込め、マルテレスから失陥した領土を取り戻したアイネイエウスとの最初の決戦が迫っているわけだが」


 エスピラは顔を上げた。


 すぐ右にはアルモニアが居り、横にシニストラ、ピエトロ、ジュラメントと続いている。

 左にはソルプレーサ。横にカウヴァッロ、ネーレ、ヴィエレ。

 エスピラの後ろにはマシディリが書記として奴隷の代わりに控えている。


「こっちが採る作戦は単純だ。数と力で押し切る。ただし、被害は抑えろ。敵の伏兵が動き出すまでは向こうも必死にこらえてくる。この時に無理に攻める必要は無い。

 騎兵を任せるカウヴァッロも同様だ。

 フラシ騎兵とまともにやりあわなくて良い。退いてくれ。引き寄せて、戦場を離脱する。それで良い。それが良い」


 ネーレを始めとする第一列、第二列の高官とカウヴァッロが頷いた。



「インツィーアの戦いに於いてアレッシアがやるべき最善の手はまずは騎兵を壊滅させず、引き寄せて戦場を離脱することだった。そうすれば、少なくとも側面から背面が完全に閉じ込められるまでの時間は伸びていたのだ。他の戦いでもそうだろう。マールバラは、騎兵を敵側背に回り込ませるのを得意としているのだから。


 そのマールバラが徹底的に学んだのはメガロバシラスの大王だ。そして、大王の出身地であるメガロバシラスの将軍が大王を学んでいない訳が無い。マールバラの弟にして母がエリポス系のアイネイエウスが大王を学んでいない可能性も低い。現に、敵陣はメガロバシラスのやり方を根幹とした組み方をしている。


 ならば心にゆとりを持てるだろう?


 イフェメラとヴィンドとスーペルとカリトン様がまとめた大王の研究がある。

 メガロバシラスの名将アリオバルザネス将軍とマシディリが行っていた問答をまとめた書がある。


 この二つを、私とイフェメラで要点だけを纏めたモノは君達に配っているはずだ。百人隊長にもある程度伝えてあるはずだ。


 ならば指示が何の意図があるのか、どういう状況なのか。皆にも伝わるだろう? 

 アイネイエウスが良将だとしても、こちらは文字通り軍団全体が体と化している。ならば、負ける道理はない」


「ありがたいお言葉ですが、それは兵に演説してやってください」


 力強く言い切ったエスピラに頭を下げて返してきたのはピエトロ。

 エスピラは、そのピエトロに苦笑を返した。


「それもそうだな」


 そして、顔をネーレに向ける。


「ネーレ。歩兵指揮に於いて私に次ぐ権限を預ける。突撃を強化するタイミングは相手が伏兵による攻撃が失敗したと悟った時だ。その動揺を見逃さず、一気に圧し崩せ。私も見極めれば指示を出すが、待たずとも良い。どうしても止める時は私から先に連絡する。


 ピエトロ様とヴィエレは感覚を合わせてくれ。

 ピエトロ様は経験豊富だ。それによって見えてくるモノもある。そしてヴィエレは勇気がある。臆せずに突撃するべきだと思えばその意図を示せ。


 ジュラメントは各人に意識を配るように。ネーレは敵との呼吸を合わせ、第二列は第二列同士の差を埋めるために意識を配っている。崩壊させないためにも頼んだぞ」


 お任せください、とネーレが一番に返事をしてから他の三人の返事がやってくる。

 エスピラは鷹揚に頷くと、目をカウヴァッロに向けた。


「もう何も言うことは無い。好きにやると良い」

「はい」


 カウヴァッロが頷く。


「アルモニアは陣地を頼む。相手の追い打ちのタイミングでも兵を出さなくて良い。予定外のところから敵兵が来た時にだけ伝えてくれ。歩兵第三列がことに当たる」

「かしこまりました」


 ふ、と息を吐き、エスピラは地図に剣の鞘を当てた。



「さて。今回は特段作戦らしい作戦は君達に対しては無い。

 アレッシアらしく、正面から。ただし一対一は作らずに戦場では常に多対一を維持し続けろ。訓練で最もやってきた形だ。それだけで良い。


 この一戦もまた撒き餌である。

 そのことを忘れず、被害を抑え、勝利を掴む。この盤面に於いて最も大事なのはアイネイエウスに勝つこと。伏兵の仕事を潰すこと。次にこちらの被害を抑えること。圧倒的勝利を収めないこと。


 我らはマールバラのように暴れるためにカルド島に来たわけじゃ無い。カルド島をアレッシアの統治下におくために来たのだ。


 改めて言うまでもないと思うが、全てはアレッシアの勝利のための戦いである。

 申し訳ないが、君達の名誉は二の次になる。それでもついてきてくれるな?」



 シニストラとソルプレーサが無言で最初に頭を下げた。

 次に動いたのはヴィエレ。


「既に過分な名誉を頂いております。全ては、アレッシアとウェラテヌスのために」


「この老体。今更望む名誉も特に無ければ」

 ピエトロが頭は下げないがエスピラに体を向けてくる。


「アレッシアに栄光を。祖国に永遠の繁栄を。そこに、私心はありません」

「美味しいものが食べられて馬にも触れあえますし」


 ネーレの硬い宣言の後はカウヴァッロの抜けた宣言が。


「今更の確認は不要です。『義兄上』」


 ジュラメントが目を閉じる。


「戦下手の私を副官に置き続ける数奇者など、エスピラ様ぐらいでしょう」


 最後にアルモニアが冗談交じりに言って、宣言が完了する。

 エスピラは表情を一段と引き締めて、口を開いた。


「これより占いと観天師による予報を行い、会戦の日時を絞り込む。武器の手入れを常に行い、戦いに備えよ」


「は」「かしこまりました」などの返事が重なり、返って来た。


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