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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十一章
373/1589

並び立つ

 数が少なくとも、二倍、三倍となって現れる。


 それが敵から見た分進合撃であり、尾ひれがつくと言う噂の性質と少しでも自分たちの失敗を隠したい者達の過大な報告、そしてアレッシア側の誇大報告によって分進合撃によって現れるのは発見した部隊の十倍以上であると信じられていた。


 故に、エスピラの軍団を見つけ次第敵は逃げる。


 そこを追うのも、先回りして兵を伏せておくのも自由自在。相手の斥候は殺したりあるいは先に補足してかわしたり。あるいは、買収も行い。


 当たれば敵を壊滅させるマルテレスの軍と実態を把握しきれないエスピラの軍。さらに占領地をしっかりと守りながら道を整備し、食糧の供給を整えるスーペルの軍。

 二年前から見せつけていたマルテレスの力。五年前からカルド島にずっとあったスーペルの保持能力。この二つに劣らぬモノをエスピラが自身の軍団に付与したことによって、カルド島の東半分はほぼアレッシアの領土に塗り替わっていた。


「師っ匠!」


 その戦闘に於いて、エスピラの軍団における第一功は今日も元気に短剣を持ってきたイフェメラだろう。


「大量だな」


 エスピラはエリポスから届いた報告を横に置く。


 他にもカルド島内の戦闘、宗教、属州政府からの報告、ディファ・マルティーマからの連絡の山が常に出来上がっていた。夜までに無くしても、起きれば積み上がっているのである。


「そうですか? 最近はすぐに退いていくので全然殺せないんですよ」


 唇を尖らせて言ってはいるが、イフェメラの頬は紅潮していた。

 ぶんぶんと左右に振られている尻尾も幻視できるようである。


「なに。すぐに大きな獲物が捕まるさ」

「と、言うことは」


 イフェメラが大きく身を乗り出してきた。

 後ろでは、宗教的な要地に攻め込まないようにと言う名目でイフェメラにつけていたマシディリが入ってきたのが見える。


「アイネイエウスがやってきている。その数一万二千。どうやら、分進合撃が一度きりのまやかしだと気づいて、こっちを良い気にさせつつ誘い込んできているつもりらしいな」

「おお!」


 イフェメラの口が弧を描くように動きつつ、大きく開いた。

 ソルプレーサが地図を持って前に出てくる。二人の奴隷が少し斜めに板を据えて、ソルプレーサが広げた地図を短剣で止めた。


「全軍がぶつかるための戦場は三つ。こっちの行軍を防ぐ形での戦闘にできる場所は五つ。だが、誘い込んでの包囲だと考えれば、この五つは無いだろうな。まあ、警戒しているように見せる動きはするつもりだけどね」


 エスピラも地図に目をやりながら言った。

 マシディリも地図が見える位置に移動している。ソルプレーサはエスピラの言葉に合わせて、地図上の位置を指し示していた。


「それ、処理しながら見繕ったんですか?」


 イフェメラがエスピラの机に積まれた書類を指さす。


「私は軍事命令権保有者だ。これが本業だよ」


 ついでに、執政官権限で北方諸部族に当たっているヌンツィオ・テレンティウスとの連絡も密にしつつ、本国にヌンツィオへの支援も強化するよう働きかけている。


「まあ、ウェラテヌスの当主としての業務もこの山にはあるけどね」

「どこぞの誰かが支援をくれない所為で、ウェラテヌスの私財は増えた先から無くなっていきますから」

「言うな。ソルプレーサ」


 笑いながらエスピラが言えば、ソルプレーサが慇懃に頭を下げて地図の横に戻った。


「心配しないで良いよ、イフェメラ。此処は私が貰う。継戦能力は維持できるさ」


 此処、で地面を指し、エスピラは言った。


「カルド島を?」


 イフェメラが言う。


「ああ。恨むつもりも無いし、当然と言えば当然だが、ウェラテヌスの土地はそのほとんどを色々な家に持ってかれているのでね」


 蔵を空にした父や叔父、兄がどんどん売り払ってしまったためであり、正当な理由ではあるのだが。


「やっぱりおかしいですよ」

「今は」


 さらに乗り出してきたイフェメラの鼻先にエスピラは人差し指と中指の裏側を当てた。

 イフェメラの口が閉じる。その状態で、エスピラは続けた。


「アイネイエウスに集中だ。やはり他の将軍とは格が違う」


 こくり、とイフェメラが顎を引いた。


「この一戦で以って以後の方針を定める。基本的には散らばっているハフモニの軍団を一つにまとめたいところだが」


「各都市に兵を少しずつ残すとしても四万五千。此処にハフモニ本国で鍛錬中の三万が加われば厳しいかと」


 ソルプレーサがエスピラの後を継いだ。

 エスピラも軽く、されど小さくなるように右手を握って頷く。


「七万五千。きっと、アイネイエウスならば動かすことも可能だろう」


 あくまでも、アイネイエウスが上だと認められた戦場での話だが。


「アイネイエウスがこちらまで来ていると言うことは、まだ増援はやってこないのですよね」


「だろうな。だが、だからと言ってパンテレーアやスカウリーアまで進軍できるかと言えば厳しいと言わざるを得ないよ」


 いや、西端まで到着するだけなら可能かも知れない。かも知れないが、道は細く、遮断されてしまうかも知れないのだ。


「師匠がカルド島に上陸してから既に三月みつきが経過しました。しかし、アイネイエウスはエクラートン攻略戦とイエロ・テンプルムの民心掌握の間黙っていたのです。

 多分、三万の有無にかかわらず自身の見定めた戦場に誘い込めない限りアイネイエウスは退いてしまうのではないですか?」


「歩兵で受け止めた隙に背後から騎兵が襲ってくるマールバラの伝統的な作戦かと思われます。アイネイエウスの軍団は八千がカルド島上陸からの四年間を戦い続けている精兵。四千がフラシ騎兵。読み違えれば作戦を見抜いていたところで大きな被害は免れないかと」


 二人の言葉を聞きながら、エスピラは右手で唇をつまんだ。

 目はじろりと地図を睨んでいる。


「イフェメラ」

「はい」

「君だったらどこで我らを迎え撃つ?」

「キトレウムです」


 イフェメラが即答し、地図上の平野に人差し指を押し付けた。


「通じる間道は三つ。いずれも軍が行軍するには支障が無く、平野自体も十分な広さを保っております。川も間に走っていないため、川をも使われたことによって岳父タイリー様を失っているエスピラ様の警戒を薄くすることもできます。


 さらには、此処の山々は急峻。馬で駆けおりるには相当な技量を必要としており、野生の動物も大きな群れでは確認できておりません。その上木々も隠れるには不適、投げ槍を使うにも不適と言った具合の悪さがあります。


 攻撃経路の決定打を与えず、なおかつ全軍を平野に居ると誤認させられる戦場。師匠が警戒していたとしても出てくる場所であり、同時に包囲を作れる場所としてこれ以上の場所はありません」


 これ以上、と言うのは中間と言う意味だ。


 アイネイエウスにとって最大の有利となる場所にはエスピラはいかない。

 逆に、エスピラにとって有利となる場所でアイネイエウスも会戦の決断は下さない。


 互いに会戦のあり得る戦場。

 それが、キトレウム。


「できれば、敵本隊をあまり攻撃せず、伏兵だけを撃滅したかったのだが」


 エスピラは険しい顔で呟いた。


「キトレウムは敵兵の下り口を悟らせないことでこちらの分散もできる地形です。本隊をいかに早く貫くか。そこに作戦を割くべきかと」

「それでは死んでいった奴らと同じだ。つまらない」


 ソルプレーサの言葉をイフェメラがやや乱暴に切り捨てた。


「逆にこっちが騎兵を隠す。師匠がカウヴァッロにさせている調練を積んだ馬ならばこの岩道も問題ない。そこに、ヴィンドからファリチェを借りて投石部隊も作る。敵の頭上から石を降らせ、乱している内にこっちが包囲を完成させる。そしてアイネイエウスを討つ!」


 どん、とイフェメラが地図に拳を叩きつけた。


(惜しいな)


 戦場で勝つためだけなら、エスピラもイフェメラの策を採用していただろう。


「イフェメラ。戦場単位でなら文句の無い策だ」

「では!」

「が、すまない。これは私の我儘なんだが、『アイネイエウスの率いる大軍団が』カルド島で敗北したと言う形を作りたいんだ。でも、その形になった時にアイネイエウスの求心力を下げるために此処では確実な勝利を掴み取りたい。


 それに、アイネイエウスは自身の統率の取れた兵は温存、傭兵は消費しても構わない戦い方をしてくることが予想できる。私としても戦後の山賊被害を減らしたいからね。傭兵が減るなら望ましいことだよ。

 難しいことを言っているのは分かっているが、カルド島を素早く手中に収めるためにはそれが最善なんだ」


 輝きから落胆、そして尊敬へとイフェメラの顔色がせわしなく変わっていった。

 では、と目を爛々とさせながら、イフェメラが地図を食い入るように見つめ始める。


「エスピラ様」

 と、そんなイフェメラの背からマシディリが遠慮がちな声を出した。


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