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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十一章
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違う道を、違う足で

 ウルバーニから離れた後、エスピラは街の外れまで出た。

 マシディリとクイリッタもついてきている。当然、護衛としてシニストラもおり、ヴィンドも来ていた。それから、気配を隠した被庇護者も少し離れて。


「ヴィンド」

「はい」


 子供たちを追い抜いて、ヴィンドがエスピラのすぐ後ろに来る。

 シニストラもヴィンドの時はエスピラに近づかない。


「あの軍団は君に任せる。最低限私が求める行軍行動をとれるようにしてくれれば後は全て君の自由だ。扱いが難しく、特段何かに優れているわけでは無いのは申し訳ないけどね」


「この身に余る過分な名誉にございますが、必ずやご期待に応えてみせます」


 ヴィンドが紅色のペリースを地面に広げるように膨らませ、そして片膝を着くように頭を垂れた。


「誰が考えても、最早君しかいない。君以外に適任はいない。

 まあ、一番の問題は軍団長補佐筆頭を誰にするか、だけどな。微妙なところだ。流石にこんなにすぐに二つも席が空くとは思っていなかったからな。分かっていればピエトロ様やジュラメントをそっちの軍団に入れていたのだが」


 そこまで言って、ジュラメントとヴィンドを同じ軍団に入れるのはまだ怖いな、ともエスピラは思った。


 エスピラの妹カリヨはジュラメントの妻だが、実質的にはヴィンドの妻のような状態なのである。ディファ・マルティーマの民に、仲睦まじい組み合わせとしてはカリヨとヴィンドだと認識されているのだ。妹夫婦と言えば、カリヨとヴィンドの名が挙がるのである。


「マールバラが再度ディファ・マルティーマに対して侵攻を始めたとあってはカリトン様とフィルフィア様は連れて来るわけにいかないしね」


 内心とは裏腹に、エスピラは落ち着いた声で言葉を締めた。


「ならば置かない、と言う手がございます」


 ヴィンドが言って、エスピラと目を合わせて来た。


「軍団長補佐はジャンパオロ、ファリチェ、ウルバーニ。それと、エスピラ様の第三列から許可を頂けるのであればプラチドとアルホールを持ってきて据えたいと思います。

 そして、軍団全体に対する監督役にこれまたエスピラ様の第三列からレコリウス・リュコギュを派遣していただければ、完成するかと」


「随分と引き抜くな」

 と、エスピラは楽しそうに笑った。


 プラチドとアルホールは問題ない。

 軍団長補佐経験者として、再編により増えた第三列の、増えた分を担当してもらっていたのだ。その指揮権をエスピラとシニストラで分け合えば良い。


 問題は、歴戦の百人隊長であるレコリウスが居なくなることのみである。


「監督と言うのはご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願いいたしますと言いつつ、いざとなった時に臨時処置として合法的に全権をレコリウスに渡す、と言うことか?」


「ご賢察の通りにございます。既に本国では百人隊長が殿として八千の兵を率いて残り、マールバラと戦ったと言う実績が存在しております。二十八歳の軍団長。高官の最高齢はプラチド様の四十歳。そんな若い軍団に十七で初陣を飾り、五十を超えてもなお前線で戦い続ける百人隊長が指導役で来るのはおかしな話では無いと思われます」


「ニベヌレスの者を入れなくて良いのか?」


「長きにわたりアレッシアを引っ張って来たタイリー・セルクラウス様。彼の者の下で正道について学び、その次にエスピラ様の下で選択肢を増やした男です。アレッシアは多数の頭を持つ国ではございますが、覇者は一人。そのたった一人の覇者の下にずっといる者。

 監督役として、軍団長補佐以上の権限を実質的に有しても何の問題も無いかと愚考致します」


 ヴィンドが淀みなく言った。


「危険な話だな」

「タイリー様はまごうこと無き覇者でしたので」


 ともすれば歳よりも若く見えそうな、少し印象の軽い笑みをヴィンドが浮かべた。


 エスピラの耳が足音を捉える。ヴィンドも立ち上がった。エスピラを背側にしつつ、半身になっている。


「マルテレスだ」


 エスピラは、ヴィンドに言った。

 ヴィンドの目がエスピラにやってきて、それからエスピラの方へ退くように足を運びつつヴィンドの背が伸びる。


「よっ」

 とでもいうかのように、遠くから手を挙げてきたのはマルテレス。

 横にはディーリーもいるようだ。


 エスピラもマルテレスに笑みで応えつつ、なんとはなしにクイリッタに目をやる。家族以外には愛想が良い次男が、表情を一切緩めていなかった。むしろさっきよりも引き締まっている、と言うよりも冷利になっている。ただし、それも少しだけのことで、マルテレスが近づくにつれ、愛想のよい無邪気そうないつもの顔に戻った。


「エクラートンの早期陥落に加えて宗教的な要地の人心すら掴むなんてな。流石エスピラだ。本当にエスピラが此処に来てくれてよかった」


 元気? とでも聞くかのようにマルテレスが子供たちに手を振りながら言う。

 マシディリは綺麗に流れるような動作で頭を下げ、クイリッタは兄に少し遅れてマルテレスに手を振り返した。マルテレスの目と口が大きくなり、つぎにくしゃっと笑う。手はクイリッタの上に。クイリッタの整えられた髪がぼさぼさになった。


「マシディリ。私の言いたいことは分かるかい?」


 そんな次男を微笑ましく眺めながらも、エスピラは長男に話を振った。

 マシディリが綺麗に頭を下げてから、「確証はありませんが」と話し始める。



「エクラートンの陥落は早期陥落とは少々異なると父上はお考えなのでは無いでしょうか。


 そもそも、父上はマルテレス様のカルド島赴任が決まった時点から本格的にカルド島内における情報網の敷設に力を入れて参りました。戦局に左右されることはあれど、マルテレス様の素早い快進撃に元老院よりも正確な支援や助言が出来たのもこれのおかげです。


 また、エクラートンでの調略失敗やイエロ・テンプルムにおける悲劇の後はスクリッロ将軍を始めとする親アレッシア派も後がなくなってしまっております。民の信用を得られる者であり、自分たちの計略が露見しない者が動く必要が生じてきておりました。さらには次の一回で決めないと疑われることも確かだったでしょう。


 これらの積み重ねがお爺様の代から繋がっていた父上に懸けることに繋がり、九年前の父上の快進撃が信頼へと発展したと私は考えております。


 ですので、視方を変えればお爺様、タイリー・セルクラウス様から続いている、長きにわたる攻略であるとも言えますし、短くいたしましても二年を超える交渉の成果であって僅か一月足らずの攻防戦では無い。と、父上は考えておられると思います」



 話を聞いていたディーリーの眉間にしわが寄る。目はやや厳しいモノがマシディリに。視線に感づいてはいるだろうが、マシディリはディーリーを見なかった。


「マルテレス様の失敗があったからカルド島の者が必死になり、九年前の父上の快進撃をマルテレス様が支え、そして今回はマルテレス様ご自身が快進撃を成し遂げたための成果である。

 とも、兄上はおっしゃりたいのですよね?」


 クイリッタが、マルテレスに良き笑みを見せた。

 弟を見た後、マシディリが同意するように頷く。

「嬉しいこと言ってくれるねえ」と笑いながらマルテレスがしゃがみ、エスピラの子供たちを抱きしめた。


 クイリッタは無邪気にも見える喜びを表現しており、マシディリは軽く頭を下げつつも受け入れている。


「果たして、ブレエビ・クエヌレスやラシェロ・トリアヌスが逸脱した行為をしていなくても同じことを言ったのでしょうか」


 ディーリーが冷たい声を出した。

 じろりとマシディリを睨んだ後、エスピラの目、では無く肩あたりに視線が来る。


「成功を持ち上げると言うことはそれに付随した失敗も共にすると言う事。アノ暴走の要因もこちらから始まっていると深読みさせ、自身の失敗を軽減するためではありませんか?」

「ディーリー」


 真っ先に苦言を呈したのはマルテレス。

 ヴィンドはエスピラの左で少し膝を曲げた。視線の先はディーリーの心臓部分にも見える。


「失礼いたしました。

 しかし、自分勝手に争う貴族たちの所為でアレッシアが苦境に陥っているのもまた事実です。交易で金を稼ぐのと賄賂で稼ぐのと何が違うのですか。平民があげた一声と貴族の言葉。何が違うのですか。


 私にはウェラテヌスの責任逃れにしか聞こえませんでした。

 ブレエビを残酷に処刑することによって、周りの口を閉ざす強権的なやり方にしか思えません」

「ディーリー!」


 マルテレスが子供たちから離れ、叱った。が、同時にクイリッタの笑い声が響き渡る。


 意表を突かれたのか、ディーリーが手は横にあるが何かにつまずいた瞬間のような、滑稽な姿で動きを止めた。


「ディーリー様。貴方、馬鹿だって良く言われません?」


 そして、左口角を醜く歪め、クイリッタがさっきの子供然とした姿とは全く違う空気で言い放った。


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