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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十一章
368/1589

獅子

『全てのモノは腹の加減により機嫌が変わる。されど獅子は壮健な肉体を好まず、必ずや遅れたモノ、死に瀕しているモノ、群れを乱すモノを見て狩りに及ぶ』


 水浴び後で水を多量に含んでいる髪を後ろに撫で付け、エスピラはシジェロらが持ってきたカルド島の神官による占い結果を読み上げた。半裸とは言え、大きな布を巻きつけて左腕だけは隠している。


「結果として公表して良い内容だと思います。これまでで、一番ウェラテヌスに都合が良いのではないでしょうか」


 エスピラがこの格好で会談を設けるきっかけになったクイリッタがそう言った。

 話したいと言う雰囲気がかなり漏れ出していたのである。


「アレッシアに、都合が良いだよ、クイリッタ」

「失礼いたしました」


 受け流すようにクイリッタが頭を下げた。


 遠くでは分進合撃には参加させなかった新兵が、成果を自慢している。きちんと獅子狩りを楽しんでいたらしい。

 エスピラの下にも、分進合撃にも参加した高官であるヴィエレが報告に来ている。ヴィエレ自身が監督し、伝令のまとめ役をしているアビィティロが狩りの間も若い者を纏めていると。

 加えて、今回の獅子狩りにはマシディリも参加している。何より、カルド島の神にお伺いを立ててから決行したと言うのはエスピラの目的にも沿う行いなのだ。


 気分転換にもなり、連携の練習やその先に取る可能性がある作戦のためにもなるのならエスピラが許可を出さない理由は無い。


「獅子の肉は美味しいのでしょうか」


 エスピラの視線が一度ずれていたことに気が付いたのか、クイリッタがそう聞いてきた。


「マシディリには分け前があるだろう。気になるのなら、分けてもらうと良い」

「父上の分は?」

「何故私が貰う? 彼らの成果だ。彼らで分け合い、準備に精を出した奴隷に分け、協力してくれた村の人に分ける。後は彼らと仲の良い者でクイリッタのように気になった者が貰いに行くだろうさ」


「エスピラ様は基本的には略奪に参加せず、兵に分け与える方ですから」


 シニストラが言う。

 クイリッタは目だけをシニストラに動かして、ぺこりと頭を下げた。


「心配するな。今日は川魚を全員分釣りあげてある。彼らだけが豪勢と言う訳じゃないさ」


 流石に一人一尾では無いが。


「エスピラ様はお怪我をされているのですか?」


 シジェロがエスピラの左手に目を向けて来た。

 エスピラは酒宴用の笑みを貼り付ける。


「革手袋は熱がこもるのです。ですので、時折こうして左手を解放し、革手袋を洗っておりまして。私が素の左手を見せるのはフォチューナ神かメルアだけですから」


 そうですか、とシジェロもエスピラが浮かべているモノと同質の笑みを返してくる。

 もちろん、水浴びをするエスピラの護衛は常にシニストラであるため、シニストラも見ているだろうとは思っているはずだ。


「さて」

 と、エスピラは空気を変えた。報告の書かれた薄いが厚さがまちまちの板も揺らす。


「噂話の浸透状況は?」


 二人の後ろに居たトリンクイタが前に出て来る。


「私は十分だと思うけど、ソルプレーサ君の方が詳しいんじゃないかな」


 しかし、言った言葉は他力本願。

 エスピラは、トリンクイタ様らしいなと笑うが、話を振られたソルプレーサの表情は変わらない。


「イエロ・テンプルムにおける虐殺と略奪の首謀者はブレエビ・クエヌレス。同じことをエクラートンでもやろうとして失敗した。エスピラ・ウェラテヌスの軍団が最も規律正しく神々にも認められている軍団だと知らなかった無知の所為で失敗した。

 多くのカルド島民にはそう認識されております」


「最後のは別にあっても無くても良かったんだけどね」


 笑いながらも、イエロ・テンプルムに軍団を移したいと言う思惑がある以上、エスピラは非常に助かっているよとも思っている。


「ま、最後ぐらいはアレッシアの役に立ってもらいましょうか。彼らの、罪の清算のために。

 アルモニア。商人の準備は整っているね?」


「問題なく」

 と、アルモニアが答えた。


 略装も略装であるが、しっかりと着ており、剣帯で腰元から締め、一応は体裁を保っている。

 一緒に水浴びをしていたエスピラとは大違いだ。一緒に水浴びをしていても左手は見せていなかったが、結局下以外はそこしか着ていないのだから。


「ならばまずは彼らの財で材木を集めよう。イエロ・テンプルムにはピエトロ様とヴィエレの部隊を先に入れる。総指揮はアルモニアに任せるよ。立派な娯楽設備を作ってくれ。私も、カルド島の民が楽しめるように少し改造するつもりだ」


「後で一覧を作成しますので、確認していただいてもよろしいでしょうか」


 アルモニアが丁寧に言ってくる。


「構わないよ」

「よろしくお願いいたします」


 そして、アルモニアが頭を下げた。


「トリンクイタ様も先に戻り準備を。クイリッタは、どうしたい?」

「今の私は守り手です。その対象は、兄上とは異なりトリンクイタ様とシジェロ様。それが、全てかと思います」


「そうか。まあ、うん。道理には適っているね。分かった。そうしよう」


 エスピラは頷くと、体を起こした。愛息からの距離が少し遠くなる。


「私は、エスピラ様とご一緒でも構いませんよ。その方が息子と居られてエスピラ様も嬉しいでしょう?」


 シジェロがたおやかに言う。

 あててはいないが、口に手を当てていても様になる言い方だ。


「それこそ父上の本意とは違うことでしょう」


 クイリッタが、やわらかそうな声音で硬いことを言った。

 顔はシジェロの方へ。


「最も大事なのは凄腕の占い師がアレッシアの、より正確に言うなら父上の手中にあること。しかし、この軍団は最も狙われやすい軍団でしょう。そのための作戦行動も高速機動や分進合撃など訓練を積んだ者でないと足手まといになってしまう作戦も多くございます。


 素人が居れば、父上の軍団の戦闘能力を大幅に下げてしまうのです。

 また、こちらも無駄死にする可能性が高くなります。


 神官たちが移動している所を襲われたのなら、ハフモニも神を大事にしないと罵れましょう。しかし、この軍団に守られている最中に死んでしまえばそれはただ敵対勢力を殺したと言うだけのこと。何の問題もございません。


 何より、父上の下で統率が取れているとはいえ、この集団は女に飢え、男同士にしろ心が通じ合っていなければ簡単に処刑されてしまう集団です。


 その中に処女神の巫女が居る。


 間違いがあってからでは遅いのです。巫女は、何よりもその処女性が尊ばれますから。それを任期の最中に失うとは神への冒涜。アレッシアが見放されかねません。


 とは言え、最後は巫女の皆様と神官の皆様の決定に従います」



 言い終わると、クイリッタが慇懃に頭を下げた。

 シジェロは笑みの質を変えない。視線も、一瞬しか厳しいモノにはならなかった。


 別に、シジェロに去れとは言っていないのだ。エスピラにとってシジェロは必要な人材だとも認めている。


 その上で今は危険だと。

 あくまでも、そう言っているだけ。


 クイリッタの言葉通りになりそうだと思い、エスピラは話を進めることにした。


「カルド島の防衛線全体を西進させる。ソルプレーサ。リャトリーチと共に来る財は、本当に満額あるのだろうな?」


「はい。違反した者達の家族から徴収した財。一切働かなかった分の補償金。きちんと内訳通りに届いていたそうです。同時に、規律の徹底を促す元老院の有力者の印が押された手紙も持ってきていると」


「流石はサルトゥーラだな。是非とも欲しいよ」


 仲間の輪を乱すため、使い方は難しいが。


「妥当な刑罰を列挙され、『従えば犬、逆らえば敵か』と呟いていたのは誰でしたか?」


 ソルプレーサが冷冷とした顔で言う。


「多少の無駄金と予定通りの時間でカルド島の神官を買収出来たんだ。忘れてくれよ」


 元老院に逆らう訳では無く、神に従うだけだ、と。

 そもそもが元老院の人選ミスもあり、その責任をこちらだけに負わせるのはおかしな話だと。

 そう、アレッシア市民を焚きつけつつ。


「話を戻そう。プラチドとアルホールに本来第三列に居るはずでは無かった第三列の兵を分けて預ける。それで、簡易的な防御柵を張ってもらおう」


 元老院からの財も使って。


「それから、エクラートンに駐留している部隊も動かす。が、逆らった奴らに武器防具は与えなくて良い。百人副隊長以上はそのままイエロ・テンプルムに連れてきてもらう。宴を特等席で見てもらうためにね」


 続けて、ああ、とエスピラは気の抜けた声を出した。


「獅子狩りのご報告をヴィエレにやってもらうか。カルド島の主神は、一応その僕として獅子を放っているらしいからね」


 クイリッタの目が後ろに動いた。

 ヴィエレ、だけでなくマシディリも、と言う意図を敏感に察知したのだろう。

 だが、何も言わない。言ってこない。


「さて」


 言って、エスピラは立ち上がる。


「では、各々準備に取り掛かってくれ。あまり時間はかけたくない。さっさとこの儀式を完遂させ、夏までに優勢を決定づける。エクラートンの勝利と金持ちのクノント討伐を最大限活かすためにもね」


 そして、エスピラは天幕に向けて歩き出した。

 が、すぐに足を止めて父親としてクイリッタを呼ぶ。イエロ・テンプルムはどんな様子だったか。何があったのか。何が楽しかったのか。何を知りたいと思ったのか。


 そんな話をして、癒されて。


 エスピラ自身は努めて穏やかな日々を過ごしている間にも、イエロ・テンプルムでは盛大な祭りの準備が整いつつあった。


 簡易的な闘技場に、日に日に増える大道芸。増える人。その人たちに向けた商売を、金さえ払えばより中心に近い場所で土地を確保させて行う許可を出して。


 何よりも、メインは神への供物を捧げる場所だ。


 極大の火力を出せるように乾いた木々と油が用意され、民衆が見学できるようなスペースもしっかりと設ける。明らかな特等席も用意した。


 エスピラが歩兵第三列と共に、イエロ・テンプルムに入場したのはそんな準備が粗方整ってから。

 まばらな歓声と、猜疑の目。良い場所で商売をできるようになった者達からの感謝。

 それを受けながら、最初の二日間は街の有力者と会談を進め、カルド島臨時政府の者との橋渡しも行う。


 内応工作は既にしていたのだ。


 ほぼ完璧にイエロ・テンプルムをカルド島属州に組み込むこと約束を完成させると、エスピラは総仕上げとして供物台、もとい処刑台のある広場へと向かった。


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