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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十一章
366/1589

全ては手の中視界の中

 服の不自然な膨らみは誰の目にも明らかだっただろう。

 それでも止められないのだから紙などの類だろうと予想は付いていたが、ウルバーニが取り出したのは本当にその通り。


「ブレエビ様に、とある方から送られていた手紙です」


 ウルバーニから羊皮紙を受け取り、エスピラは目を吊り上げた。


「ディーリー! とでも、言えば満足かい?」


 最初は激高しているかの如く。だが、終わりは穏やかに。

 ウルバーニは眉を少し顰めている。目は細かく下を泳ぎ、口は真一文字。指は軽く握られ、手の甲がエスピラの方に向いていた。


「実はイフェメラからも同様の話を聞いていてねえ。本人からは聞いていないが、ジュラメントにも送っているらしいね」

「何故、知っていて」

「続くようなら訴えるさ。軍団に不利益をもたらしたら公にもするさ。だが、此処は戦場だよ、ウルバーニ。仲間割れに費やしている時間も労力も勿体ない」


 ウルバーニの顔が少し下がった。


「ならブレエビ様は?」


「その昔、軍令違反を行って突撃し、軍功を挙げた息子を軍事命令権保有者であり父であった者は処刑したのだ。軍令違反を犯し、功を立てるどころか害を為した者を生かしておく者がどこに居る? 生かしておけばますます軍規は乱れるだけだぞ?

 第一、イフェメラは私を慕ってくれている。ジュラメントも確かにカリヨや父ロンドヴィーゴのことで私を恨んでいてもおかしくは無いが、逆に言えば分かりやすすぎる。


 ディーリー・レンド。


 調べた限り、戦場では優秀だ。だからこそ期待もしていたのだが、こっち関連は期待外れとしか言いようが無いよ。二重三重に策があるのかと彼の実家も調べてあるが、贅沢三昧をディーリーや今は亡きグエッラ・ルフスに度々咎められて質素な暮らしをしたりと往復している。人脈も平民とばかり。どれもこれもグエッラに近かった者。


 恨みを育てる床はあっても、数に任せて騒ぐ以外の練習場所は無かったようだね。

 これが、私のディーリー・レンドに対する評価だ。


 ならば除くように動くよりも、彼の長所を発揮してもらう。その方がアレッシアのためになると思ったのだが、君はどう思う? ウルバーニ」


 すっかり呼び捨てで。

 それでも、ウルバーニに嫌悪感は一切浮かんでいない。体の力もきつくは入っていない。足も閉じず、手の甲も握りの強さもあまり変わっていないようだ。


 ウルバーニの肩が揺れる。

 空気が張り詰めた。冷たく。鋭く。


 ヴィンドが左足を引いた。ウルバーニに剣の柄が向く。シニストラもいつでもエスピラの前に立てるように動いた。ソルプレーサはマシディリの傍に。マシディリは真っ直ぐにウルバーニを見て。


「至極真っ当。ご尤もな意見かと思います。『エスピラ様』」


 笑いながら左手を肩の少し下の高さまで挙げたウルバーニの腰帯をシニストラが斬り裂いた。

 大きな音をたて、ウルバーニの剣が落ちる。ウルバーニが、代々受け継いでいる物では無いにせよクエヌレスのモノに近い短剣を踏みつけ、自ら蹴り飛ばした。


 シニストラがメリハリのある動作で退きながら、剣をしまう。足はエスピラのやや前。いつでも間に入り込める位置。



「どうかご警戒なさらず。父祖から受け継いだ物なら兎も角、あの女が居たから入って来た財で作られた短剣など、窮屈なことこの上ありませんでしたので。


 ああ。それと。今の動きで確信いたしましたが、私が剣を抜いても切っ先をエスピラ様に向ける前にシニストラ様の剣がこの首を貫通するでしょう。


 毒を切り抜け、一騎打ちにも勝ち、アレッシア最強の剣士を侍らせているエスピラ様をどうやって殺せと? 私には、老若男女昼夜自由民奴隷問わずに一人ずつ絶え間なく攻め続けてしか思い浮かびませんね。


 ですが、そんな風に見知った人が死んでいく様を見てどれほどの者が逃げ出さないで済むか……。いえ、これも違いますね。此処には、そんな一万三千が揃っている」


 嫌になりますねえ、と言って、ウルバーニが衣服に手をかけた。

 ソルプレーサが完全にマシディリの前に出る。ヴィンドは腰を低くした。シニストラは警戒はしているが変わらない。


 そして、シニストラの見立て通りなのか。

 ウルバーニは服を脱ぎ、半裸になっただけだった。


「あとは、どうすれば?」


 両手のひらを上に向けて、ウルバーニが肩をすくめた。


「信頼は時を経て勝ち取るモノだ」


 ヴィンドが言う。


「ヴィンド様が言うと説得力が違いますねえ」


 軽く肘を曲げた状態でウルバーニが両手を広げた。足も肩幅より少し広く。

 中々に疲れる体勢だろうが、変える気もなさそうだ。


「クエヌレスに誇りは無いのか?」


 エスピラは蹴り捨てられた短剣に目をやりながら言った。

 鞘に刻まれている紋章は、クエヌレスのモノである。


「ございますが、ソレが示すクエヌレスとは別のモノこそが私の誇りとなるクエヌレスです」


 唾を吐きかけるようにウルバーニが短剣を顎で示した。


「このままだと軍団長がヴィンドになる。軍団長補佐筆頭は、誰だろうな。ジャンパオロが有力かな」


「別に、不思議ではありませんね。エクラートンを任せ、副官の経験もたくさんさせている上に妹君の実質的な夫のヴィンド様。何度か職を下ろされておりますが、腐らずに常に必死に戦い、家門とは裏腹に質素倹約に努め兵のために惜しみなく財を使っているジャンパオロ様。

 文句を言う奴こそ頭を叩けば良い音が響き渡りそうではないですか?」


 すふ、すふふ、とウルバーニの鼻から息が漏れた。

 シニストラの顔は険しいまま。エスピラは、穏やかに。ゆるく。


「クエヌレスの影響力が一気に落ちると言っているのだが、理解しているかい? 

 クエヌレス内部の争いなんて、基本的には誰も見向きはしていない。プレシーモ・セルクラウス・クエリが実権を握っている。これが共通の見解だ」


「そしてあの女自らが政治を執る訳でも戦場に出るわけでも無いから元老院も裁きにくい。が、邪魔。誰にとっても。と言うことは、クエヌレスに協力者が必要ではありませんか?」


「おや。あの女とは誰のことだい?」

「プレシーモ・セルクラウス・クエリ。少しは信用していただきたいのですが」


 はは、とエスピラは軽く笑った。笑った際に、喉を見せつける形になる。


「信用しようとして、大規模な裏切りにあったばかりだからねえ」


 そして、笑みを消さないままウルバーニにそう言った。


「ジャンパオロ・ナレティクスは男をあげましたが?」


 ウルバーニがそう返してくる。


「やらねばならない事とそのためにやるべき事がはっきりしている時は、彼ほど勇猛な人物はいないよ。私にとっては特段驚くべき事ではないが、周りがジャンパオロを見る目が変わったのなら嬉しい限りさ」


 そして、とん、とエスピラは左手の人差し指で机を叩いた。


「ファリチェは確かに全てが発展途上だろうが、意欲はある。何より、食糧運搬のための道筋に陣地建設、土地を把握して正確な地図を作ること。サポートとしては優秀だ。


 これは正式な発言と受け取って欲しくは無いのだが、基本的には此処にいる一万三千から誰かをそっちの軍団に回したくは無い。だからこそ、そっちの軍団に居る誰かを繰り上げたかったのだが。うん。決定的な手が無くてね。そうも言ってられないんだよ。枠に制限をつけなければヴィンドが軍団長でピエトロ様かネーレ……いや、ネーレは手元に置いておきたいな。ピエトロ様が軍団長補佐筆頭だな。


 グライオが居れば、グライオがディファ・マルティーマでフィルフィア様が軍団長補佐筆頭。あるいは、カリトン様が騎兵隊長でイフェメラが筆頭。グライオが軍団長でヴィンドが筆頭などと色々策は採れたんだけどね」


 暗に信頼しているよと伝えつつ、エスピラは続ける。


「まあ、聞いての通り、軍団長補佐までは問題なくこなせる人材は多いがそれ以上となってくると未だに決め手不足なんだ。兵との時間が長かった君が有利か、はたまた私を良く知る二人が有利か。楽しみにしているよ」


 エスピラが笑みを深めれば、「失望はさせません」とウルバーニが返してきた。

「本当のクエヌレスを必ずやおみせいたしましょう」

 とも続く。


「本当も何も、君もやり取りをしていたことを隠していたのなら何も変わらない気がするけどね」

 と言って、エスピラは信頼のできる者が盗んできたパピルス紙を取り出した。


 字はウルバーニのモノ。保管先はディーリー。末尾には、「燃やせ」との指示。


「既に失望しているよ、と言ったらどうする? ウルバーニ」

「警戒は、最初からこのことを知っていたからですか」


 ウルバーニが、ため息を吐いた。


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