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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十一章
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家族、家族、家族

「以上が国庫に入れる予定の財になりますが、こちらは少々減るかも知れません」


 エスピラは書き上がった文章の確認を進めながら、手紙の概要を話し続ける。


「偏に私、エスピラ・ウェラテヌスの能力不足が原因なのですが、集団的で組織的な反逆が起こってしまったのです。これはただの反乱に非ず、カルド島の者との約束を破りアレッシアの威信を損ねるもの。それだけでは無く、法務官スーペル・タルキウスの前で執政官マルテレス・オピーマと執政官エスピラ・ウェラテヌスが交わした約束を破る行為でもあります。元老院を蔑ろにする行為に他ありません。

 彼らの名簿は、こちらに」


 言いながら、エスピラは手紙から目を離して別の紙束を持ち上げた。その状態でリャトリーチを見る。リャトリーチが緊張した面持ちのまま頷いた。


「名前と出身地のみならず、父母の名前、さらには祖父母の名前まで書いてありますので取り違えは起きないでしょう。子がいる者は子の名前も記載してあります」


 そこまでをリャトリーチを見ながら言って、エスピラは紙束を下ろす。

 再び手紙に目を戻した。


「これに対し、十分の一刑を実行しようとしたところ、ブレエビ・クエヌレスが神聖なくじに狼藉を働き、あまつさえ踏みつけるという愚挙まで行いました。これは、神々を愚弄する行為。許すわけには参りません。


 さらにはアレッシアの名誉を穢し、先のイエロ・テンプルムでの殺戮および虐殺もまたアレッシア人の本意であると勘違いされかねない行動です。既に、そのための火消しに私は多くの時間を使っており、折角味方になった者に対し、賤しくも金銀を配らねばならないことまでございました」


 嘘である。

 時間の多くを割いたのは事実だが、バラまきは簡単には行わない。財はむしろ増えた。


「その上、再びカルド島の諸都市が裏切ることが無いように、エクラートンの外に防御陣地を作り、隔離する羽目になっております」


 防御陣地は最初から作る予定だった。

 エクラートンを取り返しに来た者が無視をすれば、背後を突けるように。

 攻めかかればその間にエクラートンの守りを固められるように。


「私の管理不足。これは当然にございます。故に、ウェラテヌスの財も使い、そしてカルド島を占領下にしてアレッシアに組み込むことでこの不手際の償いとしようと思っております。


 ですが、私が必要無いと言ったにも関わらずブレエビらの軍団をつけたのは元老院。八千と言う兵に余分な財と食糧を費やすだけでなく、罪人としてさらに圧迫してきた原因を私一人に背負わせるなど、民が黙っているでしょうか。


 アスピデアウスとウェラテヌスの確執は今や誰の目にも明らか。

 元老院にのさばる愚昧な輩が私たちを不当に扱っているなどと言う根も葉もないうわさまで存在しております。


 どうか、その噂を払しょくするべく元老院には勇気ある決断を願います。


 加え、私、エスピラ・ウェラテヌスからの努力として、此処に、初めて、書面でアスピデアウスの次女べルティーナ・アスピデアウスをウェテリに迎えることの承諾を記させていただきます。


 今国を割るのは敵を利するのみ。状況は未だ予断を許さず、民は度重なる負担の増大に苦しんでおります。

 どうか、そのことを良く考え、悩みに悩み、椅子に座ったままでも一日で体重を落としてしまうぐらいに事を精査し未来を見据え。その上で英明な決断を下されますようお願いいたします」


 読み上げ終えると、エスピラは手紙を畳んだ。

 封をして、その木の箱にウェラテヌスの指輪で印をする。


 最後に、獅子の革で作った紐で箱に封をした。


「リャトリーチ。何事も物は試しだ。君の好きなように演説してきてくれ。それと、どうにもならなくなったら感情では無く利益をサルトゥーラ・カッサリアに訴えると良い。あの男は、少々難はあるがアレッシアのことを良く考えている」


 エスピラは箱の向きを変えると、言葉と笑みを箱と共にリャトリーチに渡した。

 リャトリーチが恭しく受け取り、すぐに、び、と姿勢を正す。


「精一杯努め、祖国、そしてエスピラ様にとって最良の結果を持って帰ってまいります」


 バ行の擬音が良く似合うメリハリの着いた動作でリャトリーチがお辞儀をした。

 気力に満ち満ちた顔で踵を返し、隆々と気を漲らせて外に向かって行く。


「空回りしなければよろしいのですが」


 ソルプレーサが溢した。


「大丈夫さ」


 エスピラは軽く言葉を渡す。


 確かに、エスピラの軍団の中ではリャトリーチよりも適任者はいるだろう。それこそ、フィルムにマルハイマナ以外の者との交渉もさせてみたかった気持ちもある。が、フィルムはディファ・マルティーマに居るのだ。

 ならば、情報収集を主にやらせていたリャトリーチの他の適性を確かめてみるのも良いかも知れない。


 そんな気持ちからの言葉である。


「リャトリーチにとって援軍となるはずの書も、遅れてアレッシアに届くだろうからね」


 まずはディファ・マルティーマに送ってはいるが、多分メルアがエスピラの字を模倣して三冊分書き上げるはずである。


「それに、サジェッツァとタヴォラド様にはある程度の根回しの手紙は送っているよ」


 どこまでの効果があるかは分からないが。

 少なくとも、プレシーモを黙らせてくれとは思っている。

 向こうとしてもエスピラがプレシーモとやりあってくれた方が家門としての得だってあるはずだ。


「まあ、不安なら声を掛けてくると良い」


 珍しく僅かながらも重心が変わり続けていたソルプレーサに告げると、ソルプレーサが慇懃に頭を下げた。これまた珍しく、少しの足音をたてて去っていく。


「家族は大事にするべきだからね」


 そして、エスピラは無言で護衛に当たってくれているシニストラに言葉を振った。


「おっしゃる通りです」


 シニストラが静かに腰を曲げる。


「答えたくなかったらそれで構わないんだが、アルグレヒトからそっちについて話は来ているかい? シニストラは、功績としてはよりどりみどりだろう?」


 シニストラは二十九。

 未婚のアレッシア人男性の年齢としては別におかしくはないが、エスピラの功績をすぐそばで支え続けたこと、エスピラと同じくエリポスの宗教会議に初めて参加したアレッシア人であることを考えれば結婚話があってもおかしくはない。


「何もございません。ですが」


 と、一拍区切り、シニストラがエスピラに正中線を向けて来た。

 エスピラも顔を動かしてシニストラと向き合う。耳が、外から四つの足音を拾った。


「アルグレヒトにとって最も良きことはウェラテヌスと関係を持ち続けること。できますればエスピラ様に見繕っていただき、その者を妻にしたいと思います。そして、これは分不相応な願いかも知れませんが、アルグレヒトの子と、これからエスピラ様とメルア様の間に生まれる子と娶わせていただければ幸いです」


 足音が二つ。ステッラの物と奴隷の物が止まった。

 迫ってくるのは二人分。


「分不相応などではないさ。任せてくれて嬉しいし、これからも一緒に居てくれると言ってくれてもっと嬉しいよ」


 まあ、私もメルアも頑張らないといけないな、とエスピラは笑った。

 そちらは心配ないと思います、とシニストラが生真面目に言う。


 十年前なら何回でもと言う気分だったんだけどな、と言おうかと迷って、足音がもう部屋に入ることを知ってやめた。


 壁が数度叩かれ、二つの足音。愛息マシディリとマフソレイオの女王ズィミナソフィア四世が入って来た。


「父上。今はお時間大丈夫でしょうか」


 マシディリが丁寧に言う。


 愛息は良く使い分けているのだ。

 守り手として、進言するときは『エスピラ様』。少しだけプライベートが入ってくると『父上』。同時に、父上と使う時はどうしても、と言う時や休憩を、と言う意味も含まれているらしい。


「大丈夫だよ」


 だからこそ、エスピラはそんな息子の思いに応えるべく仕事用の資料を机の横に退けた。

 シニストラも幾つかを机の上から持ち去ってくれる。


「ズィミナソフィア様が非公式でも良いからお話がしたいと仰せでしたので、連れて参りました」


 マシディリのその言葉を待って、ズィミナソフィア四世が毒蛇のようなたおやかな笑みで前に出てきたのだった。


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