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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十一章
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喪失

 短剣を外すことに文句を言った百人隊長一名と十人隊長四名。同調した部隊の者十七名を、シニストラを先頭にした部隊が一瞬で葬り去った。

 二十二の死体と、それでも止まらぬ部隊を目にし、エスピラ達とかち合った者達が慌てて短剣から捨てる。その間に遅れた七名が突き殺された。


 最初の死者二十九名。その内四名をシニストラが殺しているのは、鬱憤か怒りか。


(白のオーラの息子が居ればなあ)

 と、その剣技をウェラテヌスに取り込めないのを残念に思いつつも、エスピラは進軍を指示する。


「そこの薄汚い肉塊を持って、一番広い中庭に行け」

 との武装解除した者達への指示も忘れずに。


 その後もずんずん突き進んだ。止まるのは武装解除を待つ間だけ。渋る仕草や刃向かうような仕草を見せた者も居たが、最精鋭部隊の名は伊達では無いのだ。歩兵第三列を六年間も務めているのは、その実力と精神力に依ってのみ維持されてきた誉れである。


 そうして、エスピラは最も味方に引き入れたかった、天才と名高い技術者の部屋までたどり着いた。

 焦る気持ちと鎧の上からでも見えてしまうのではと言う鼓動を抑えて開いた先に待ち受けていたのは、無惨な光景。

 赤く染まり切った死体と、踏み荒らされた部屋。壊れた模型。千切れた羊皮紙。折れた葦ペン。そこら中に散らばったインクと、遊び半分で壊されたような机たち。


「彼が、お求めの」

 と、相変わらずぼとり、ぼとり、と地面に落ちるような声でボレアス・ネスリトスが言った。

 唯一ついてきた長身のエクラートン人である。


 エスピラは表情を険しくすると早足で男に近づいた。


 頭は割れて中身が見えており、背中も赤く下にも血が溜まっている。生きては居ないだろう。が、エスピラは男の首に手を当てた。

 当然、鼓動は無い。まだ温かいが、直に冷たくなるだろう。


 エスピラの手に、硬い握り拳が出来上がってしまった。叩きつけるでもなく、ゆっくりと、静かに、しかし力強く机に拳を合わせる。ひくつく眉間を左手の革手袋で拭い、何度も確かめるように手を動かした。


 その後で、鼻から長く息を吐きだしていく。

 二秒から三秒止まると、エスピラは死体から離れた。


「此処にあるモノは、復元可能か?」


 そして、散らばっていた紙の一つを拾い上げた。


「厳しいかと」


 言うは途中で合流したソルプレーサ。

 彼の手にも、何やら文字がびっしり書かれた紙がある。


「彼は天才だと言われております。しかも、編み出したモノはディファ・マルティーマとはまた違う発展を遂げているでしょう。数字や文字の少しの違いが大きな違いになりかねません。正直、復元させるよりも今あるモノを発展させる方に力を注ぐ方が賢い選択だと思いますが」


「読めない部分も、少々、多すぎるような気がします」

 シニストラもソルプレーサに続いた。


 エスピラはもう一度息を吐きながら、下を向いてゆっくりと首を左右に振る。


「そうか」


 エスピラとてそう言う言葉が返ってくるだろうとは分かっていたのだ。

 分かってはいたが、割り切れないものがあるのも事実である。


「アレッシアからすれば、暴挙を働いた三千六百の命よりもそこの男一人の方が価値がある。今も昔も、厄介なのは愚かな群衆、と」

「ソルプレーサ」

「失礼いたしました。つい、皆さんを代表して本音が」


 ちっとも悪びれていない調子でソルプレーサが謝った。

 エスピラもこれ以上咎めはしない。気持ちは一緒である。いや、皆さん、ではなくエスピラの心を代弁したと言っても差支えは無いのだ。


「指示をしたのは、プレシーモ・セルクラウス・クエリでしょうか」


 シニストラが隠れていた兵を捕まえ、武装解除を要求することなく首を刎ねた。

 死体は廊下に蹴りだされる。


「流石に違うと信じたいが、そう言うことにして追放もできてしまうな」


 国益を損ない、執政官を侮り、軍事命令権所有者と言う元老院から正式に認められた権限を無視した。

 十分に反逆の意思ありと裁判で決めることが出来るはずである。


「ソルプレーサ。アイネイエウスはどうしている?」


「本国と繋がったことで大軍団の指揮権を放棄せざるを得なかったみたいです。今は、比較的街の規模は大きいものの良港を持たない街の引き締めを行っていると。早ければ後一月後には向かってきていたかと」


異母兄マールバラと違って圧倒的なカリスマは無いが、異母兄と違って優先順位はすぐに決められる男だったか」


「知っていたことでしょう?」


 そうだな、と返し、エスピラは死体から離れた。

 部屋を封鎖し、後で全ての資料を回収するようにと指示を出す。


「エクラートンの早期陥落は、アイネイエウスにとっても予想外なのですか?」


 シニストラの言葉に、エスピラはまず頷いて答えた。


「だろうな。だがアイネイエウスも自分に指揮権が戻るように動いている。マルテレスの位置を探り、それとなく将を誘導しつつも退く手伝いをしているからな。

 向こうがまた全軍を糾合させるのが先か、こちらが再びアイネイエウスに刃を突きつけるのが先か。どちらにせよ、そう長くはかからないはずさ」


 さて、と切り替えて、エスピラは部屋を出た。

 いつの間にか来ていたヴィンドが綺麗なお辞儀を披露してくる。紅いペリースがはらりと垂れた。


「反逆者を広場に集め終わりました。スコルピオの調整も終わっております。それから、建物の周囲は三千二百の兵で囲み、その外をイフェメラとファリチェの千四百が睨むように布陣いたしました」


「早いな」

「責任も感じておりますので」


 ヴィンドの体が、さらに少し沈んだようにも見えた。


「君とアルモニアで失敗したのなら、誰がやろうと成功しなかったさ」


 笑って返しながら、エスピラは右手で紅いペリースの下に隠れているヴィンドの肩を二度叩いた。

 それから肩をやさしく掴み、淡く揺らす。


「じゃ、行こうか」


 エスピラは背筋を伸ばして歩き始めた。


 足音も敢えて立てて、堂々と広場に設置された仮設の台の上に立つ。

 見下ろす景色は一面の半裸の男。外を囲う鎧を着た殺気立ったアレッシア兵。少し離れて先を半裸の男達に向けているスコルピオ。スコルピオの射線は、決してエスピラの近くに来ないようになっている。


(さて)


 エスピラは、何も言わずまずは半裸の男達を確認した。

 基本的な視線はエスピラに向いているが、一部は積み上げられている死体にも向いている。

 シニストラが切り捨てた新たな死体も、今、運び込まれて放り投げられた。

 男達の足元に短剣は無い。腰にも無いようだが、隠れている可能性はある。


 切り出し方を決めると、エスピラは口を開いた。


「失望したよ」


 地べたに落ちる腐った魚を見るような声で、まず一言。


「ラシェロ。これは、難しい命令だったか?」


 エスピラは、無機質な目をラシェロに向けた。


「略奪を制限することは、非常に厳しい命令でしょう。兵の楽しみを奪う訳ですから」


 武装解除させられた怒りなど全く見えない態度で、宴会の席と変わらない声でラシェロが言った。


「地域を決める方だ、ラシェロ。どこの軍団でもやっている。ディティキでもそうしていた。アレッシアにとって初めてのエリポスで、文化的先進圏だった場所で、非常に豊かだと心躍らせていたあの場でも、十二年前でも皆守っていた。きちんと決めごとを守って略奪を繰り返していた。


 違うか?

 略奪の決まり事を破った軍団が、どれだけいた。


 なあ、ブレエビ」


「はて。エスピラ様が呼び捨てにできるブレエビなる人物などどこに」


 言葉の途中で、スコルピオの発射音が響いた。

 死体の山を貫通し、建物の壁に突き刺さる。


「脅しです。悪しからず」


 ヴィンドが言い、丁寧に頭を下げた。

 ブレエビの表情が固まる。

 エスピラもヴィンドに目をやった。ヴィンドがさらに丁寧に頭を下げ、態度で謝罪してくる。


 エスピラは何も言わずにヴィンドから目を外した。


「君達の処分は決まっている。十分の一刑だ。それ以外、あり得まい」


 宣告すると、一気にざわめきが広がった。


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