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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十一章
356/1589

エクラートン騒動

「は」


 スクリッロが返事をして、エスピラの横に来た。

 エスピラも満足げに頷いて、それから歩き出す。他の者も一斉に動き始めた。


 並んでいた者の名前を聞いて、時にエスピラが顔を動かして名前と一致させて。


 まだ戦場の状態だと言うのに、穏やかに、和やかに。普通の外交使節かのように。エスピラは、スクリッロへの温和な対応を見せることによって他の者へ安心を配った。


「こちらです」


 そうしているうちに、宝物庫に到着する。

 目を動かしてシニストラに合図を出せば、歩兵第三列の内二人が出てきて、扉を開けた。


 一面に広がるのは輝かしい山。

 数多の金銀財宝。

 よくぞここまで溜め込んだなとでもいうべき、エクラートンの栄光。


「規定量を国庫に入れても、大分あまるな」


 呟きながらも、エスピラは決して宝物庫に足を踏み入れなかった。進もうともしない。

 アレッシアの兵もそれに従っているが、訝しむ視線がいくつも送られてきた。それとなく探れば、出所は全てエクラートンの者。


 たどり着いたのはアレッシア兵なのだから、略奪するのは当然の権利なのだ。上に立つ者が下を労うために取り仕切らなければならない大事な行事なのだ。


 それをしないのを、疑問に思っているらしい。


「残った量の一割ほどを兵に配り、二割を軍団のこれからに使う。食糧に関しては滞在中はもちろんエクラートンの食糧庫で賄うとして一か月分も私たちが使う。残った食糧の内、民に配っても足りない量を買い付けるためと壊れた家、道の整備、壁の手入れのために宝物庫に残る財を使いたい。

 ティミド」


 ざ、と軍団が道を開けたような音がした。

 駆け足が聞こえ、ティミドがエスピラの近くに来る。


「食糧庫と宝物庫の中身を調べ、計算を頼む」

「ありがとうございます」


 エスピラより年上であり義兄でもあるティミドが勢いよく頭を下げた。

 それに対して何も応えず、エスピラは兵に再び宝物庫を閉めさせる。

 後ろで誰かが動いた音と一種の緊張感が伝わって来て、そしてスクリッロに止められたようだ。


 エスピラが目を向ければ、男に対して制するように手を向けていたスクリッロがゆっくりと前に出てきて腰を少し曲げる。


「エスピラ様や、皆様の分は?」


「略奪地域の区分けで此処を担当に組み込んだのは私です。それでは不公平になりますから。第一、これらはエクラートンが貯めたモノ。そして私にとって君達はすぐに味方になってくれたアレッシアの大事な朋友です。

 君達と君達が守るべき民のために使うのが筋でしょう。


 まあ、技術者は私が直接面倒をみさせてもらうつもりではありますが。申し訳ありませんが、彼らの内特に優秀な者達は引き抜かせていただきます」


 やさしく言った後、エスピラは「ラーモ」と更なる百人隊長を呼んだ。

 エスピラの被庇護者はすぐにエスピラの傍にやってくる。


「宝物庫の守りを頼む」

「必ずや」


 そして、宝物庫の守りとティミドの手伝いを含めて百人を残し、エスピラは来た道を引き返す。途中で「失礼! 急ぎだ! 失礼!」と叫ぶ声と大きな足音がした。


 足を止め、その者の顔を見れば、エスピラが軍事命令権を保有する軍団の者であり、ナレティクスの被庇護者だと分かる。


 向こうもエスピラに気が付いたのか、走る速度を上げて近づいてきた。


「エスピラ様!」


 その叫びで、エスピラは完全に足を止めて男を待つ。


「ナレティクスが被庇護者、アダルベルト・カプチーナと申します。ジャンパオロ様から、緊急のご連絡があり参りました」


 男、アダルベルトが荒い息もそのままに大きくはっきりとした声で言った。


「続けてくれ」

「は。ブレエビ様の監督する部隊が指示されていた領域を踏み越え、エスピラ様の部隊が担当する領域に侵入いたしました。技術者が集まり、会議していたと言う場所です。エスピラ様が略奪を特に禁じておられた場所に向かって入っておりました。ラシェロ様の部隊も続いております。その数、総勢二千八百。他の者も続々と集まっております。恐らく、最終的には三千六百ほどに膨れ上がるのではないか、とジャンパオロ様は推測されておりました」


 エスピラは顔をほとんど動かさずに睨むような目を空に逃がすと、腹から大きな息を逃がした。


「開戦前のヴィンド様の試算ではこの状況でもジャンパオロ様に付き従う兵は百名程度。ですが、ジャンパオロ様は命令があればその百名でも三千六百に突っ込み、ブレエビとラシェロの首を挙げると覚悟を決めておられます」


 今のジャンパオロが監督している兵は一年以上ブレエビの軍団兵として生きてきているのだ。

 戦いにくい気持ちもあり、一か月しか一緒に居ないジャンパオロには従わないと言う者も多いだろう。あるいは、ジャンパオロの背中を狙うと言う可能性も、存分に。


「余計な略奪を許さないと言うのは、確かに厳しい命令だろうなとは思っていたが、場所を守ることぐらいはどの軍団でも当然のことだ。誰もがやっている。それすら守れないのは、資質に問題ありと言わざるを得ないな」


 決して大きくは無いが、地面を揺らすような声でエスピラは言った。

 エクラートンの者の目が泳いでいるのが視界の隅に映り、歩兵第三列の空気は引き締まったままなのが感じ取れる。


「武器を捨て、防具を脱ぎ捨てて半裸になるように告げろ。短剣の一本も持たせるな。だが、短剣を足元に置くのだけは許そう。刃向かった者は、アレッシアへの反逆の意思ありとして切り捨てて構わない。そう、ジャンパオロに伝えてくれ」


「かしこまりました」


 勢い良く頭を下げ、では、とアルベルトが走り去っていく。

 そして、エスピラは従軍していた奴隷を呼んだ。


「ヴィンドとファリチェに部隊をまとめてこっちに来るように伝えろ。敵はブレエビ・クエヌレスとラシェロ・トリアヌス。一兵も逃がさず、逃げていく者は反逆罪と逃亡罪で即刻広場に逆さにしてつるし上げろ」


 返事をして、奴隷も走り去っていった。

 エクラートンの者達はすっかり離れている。


「エスピラ様」


 だが、代表してスクリッロが前に出て来た。

 エスピラは、頭は下げないものの膝を曲げてスクリッロより頭の位置を低くした。軍団の殺気が増幅する。が、すぐに内に秘められるように、決してエクラートンの者に向かわないように空気が変わった。


「申し訳ございません。約束を守ることが出来なかったようです。このツケは、必ずやお支払いいたします。今はまず、反逆軍を鎮めるのが最優先ですので、これにて」

「あ、いや」

「私の不徳の致すところ。ですが、決してそのような意思が無かったことを御理解いただければ幸いですし、行動で示していく所存です」


 慇懃に言って、エスピラはゆっくりと、低い姿勢で体をスクリッロに向けたまま後ろ向きに離れた。


 十分な距離を取ってから、膝を伸ばし殺意を顔にみなぎらせる。


「我らはこれより愚か者たちの蛮行を止めに行く! 逆らう者には容赦するな。少しでも迷った者は切り殺して構わない。少しでも反抗の意思が見えた者、こちらに攻撃の意思を表明した者は三歩と歩かせるな! これは、誇りあるアレッシア執政官の命令である。


 簡単なことすら守れずにアレッシアに多大な不利益をもたらした者は、アレッシアの敵だ!


 これに情け容赦をかけること。そんなものを私は許しはしない。構うな。何も聞くな。私が許可する。例え幼子でも、躊躇わずに殺せ! 赤子でも踏み潰せ!

 三千六百の軍勢全てを失っても構わない。私はただ偏に、アレッシアの信頼と栄光を取り戻すために新たな敵に立ち向かう」


 返ってくるのは応の返事のみ。


 歩兵第三列は最精鋭。エスピラの被庇護者やアルグレヒトの被庇護者も多く配置されている、最早エスピラの私兵とも言うべき軍団。そんな最強の歩兵第三列は、一瞬で獣に切り替わると反乱軍に牙を突き立てたのだった。


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