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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十一章
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エクラートン攻略戦

「エスピラ様は、人と国は違うとおっしゃっていたような気がするのですが」


 攻撃準備が着々と整っていく軍団を眺めていると、シニストラが横にやってきてそう言った。

 当然のことながら、シニストラの準備も万端である。


「その通りだよ、シニストラ。私は、ただ私が約束を破らないと念押ししただけさ」


 露骨になりすぎないように気を付けつつ。強固な信頼関係が築けていない者達に向けて、メッセージを。

 エスピラにとってあまり旨味の無い話でも約束は約束なのだ。


「さてさて守り手さん。占い師たちは何と言っていたかい?」


 この話は終わりと言わんばかりに、少々ふざけた雰囲気でエスピラはマシディリに尋ねた。


「勝利は間違いなしとおっしゃっておりました」


 エスピラと直接目を合わせず、深く腰を曲げてマシディリが言う。


 本来なら戦場に来られる年齢では無く、抜け穴を突くような形だからこそ『守り手』として破格の存在である『執政官』に接する丁寧さなのだろう。


 それは理解できているが、エスピラにとってはマシディリの丁寧さには良い思い出が無い。その時に後ろに居たのは数多の悪意と、何よりも可愛い愛息の傷だらけの心なのだから。


「それは、吉報だねえ」


 だが、エスピラはその感情を隠しておどけ続けた。

 マシディリが付いてきたいと言わなくて助かった部分もあるのだ。


 守り手として扱うからこそ、ここでアルモニアらの一部の居残り部隊と共に居り、最後の最後でエクラートンに入る。間違ってもエスピラとマシディリが共に死なないように。実際の戦場での経験は積ませたいが、今犯さなくても良い危険は避けて行きたいから。建前は、守り手であるマシディリは軍団の活動に参加できないから致し方ないと。


「エスピラ様。攻撃準備が整いました」


 ゆるりと構え、既に準備が完了していた第三列の頭上を越えエクラートンの壁を見ていると、伝令が走って来てそう伝えてきた。


「シニストラ。攻撃の合図を」

「かしこまりました」


 はっきりとした声でシニストラが返事をくれ、オーラを空に打ち上げた。


「超長距離投石機、投石開始」


 淡々とエスピラが言うと、それに合わせてシニストラがオーラを打ち上げるリズムが変わった。近くに居た別の者が、黒のオーラを三度空に打ち上げ、シニストラのオーラ打ち上げを見ながら時間を空けてもう三度放つ。


 そして、衣擦れと軍靴の音しか無かった世界に、投石機が跳ねる音が入り始めた。


 敵投石機起動前に壁の上に石が落ちる。一部は壁を飛び越えたが、幾つかの敵投石機を破壊することに成功した。


 壁上から始まった敵の反撃は、しかしアレッシアの軍団には当たらない。その間に投石機の第二撃、第三撃が始まる。装填速度と熟練度の差か。それともエクラートンは投石機の打ち合いになったことが無かったのか。単純に数の差もあるだろう。


 何はともあれ、アレッシア側の方が次撃までの間隔が短く、敵の投石機を攻撃不能まで追い込んでいった。


「歩兵第一列、攻撃開始」


 エスピラはオーラと狼煙でスクリッロ将軍の用意している内通者に合図を出すと、次に歩兵第一列の突撃を命じた。


 正面にある敵投石機は潰れている。二万もの兵の内、八千は最新式投石機に関係無かったため、横にも広げていた。少し離れた敵投石機は彼らの警戒。横では台数も練度も少ないアレッシア側が横では押されていたが、どうでも良いのだ。


 エスピラの命令から十数秒後。

 アレッシアだからできる異常な伝達速度の後、ネーレの部隊が大声を上げて突撃を開始した。

 遅れて彼らを支えるようにジャンパオロとヴィンドの部隊。最後にジュラメントの部隊が後方から隊列をしっかりと整えたままで。


 彼らは最も危険な任務だと言える。

 内通者が居るとは言え、敵ももちろん居るのだ。その敵に初めにぶつかり、内通者を無事に回収してから他の軍団が突撃するだけの隙を作成する。


 大変だ。

 大変ではあるが、同時に最も略奪が許されてもいるのである。

 倒した兵は、自分たちで奪って良いのだから。命を懸ければ、それだけ稼ぎも出てくるのだ。


 その中でも遠くのエスピラまで気迫が伝わってきたのはジャンパオロ・ナレティクスの部隊。

 エリポスで外されて以来、エスピラが軍事命令権保有者である間は復帰できなかったのだ。

 確かに、防御陣地の一つは任されもした。でも、すぐにロンドヴィーゴが入って来た。

 一定の評価はあるが、万全の信頼では無い。次々と若い者や機会を与えられていなかっただけの者の突き上げもある。


 その危機感の中で、もう一度だけもらえた好機を逃すまいとする故の気合いだろう。


 エスピラは、その心は大好きだ。

 エスピラが信奉しているのは運命の女神。その教えは、好機を逃すなと言うモノ。


 今のジャンパオロは、信奉者では無くとも一致しているのである。


「歩兵第二列、攻撃開始」


 エスピラは敵の抵抗が弱まり、扉が開いたのか兵がどんどんエクラートンに侵入し始めたのを確認し、言った。

 すぐにオーラが打ちあがる。

 まず初めに動いたのはファリチェやヴィエレが布陣していた位置。三十秒以上遅れて、ウルバーニ・クエヌレス、ブレエビ・クエヌレス、ラシェロ・トリアヌスの順番で動き出したようだ。


 だが、合計六千八百の第二列が別々の扉に向かい、その間を埋めるようにイフェメラ率いる千の騎兵が駆け乱す。


 もうこうなれば壁上からの攻撃は無くなった。

 良く見れば、壁の上では同士討ちが始まってもいるようである。それが内通者が居るからなのか、降りようとして誰かが壁から落ちる形になったからかは分からない。が、綺麗に並んでおらず、やけに騒然としているようにエスピラからは見えた。


 無論、真相は分からない。


 指揮系統が一時的に乱れて、立て直しているだけかも知れない。

 それを、今すぐにエスピラが知る手段は無いのだから。


「歩兵第三列、進軍準備」


 ぼそりとしつつも良く通る声でエスピラは命じた。

 整っていることを伝えるかのように、一斉に布と鎧がこすれる音が返ってくる。


「流石だ」


 小さく褒め、エスピラはマシディリを下がらせた。自身は前に行く。


「さて。収穫に行こうか」


 その言葉を合図に、最精鋭歩兵第三列が動き出す。


 現在の二個軍団から一個軍団に成った後も歩兵第三列を務めるエスピラとシニストラの部隊。それと、その時は第二列に移動するピエトロの部隊。合計六千二百。エリポスで数々の戦場を駆け巡り、時に耐え、時に千切れんばかりに走りまくった軍団だ。しかも、既に崩壊しかけた戦線に突入するのである。


 その攻撃は圧倒的で、エクラートンに侵入すると瞬く間に残党を狩り奥へと軍靴を届け始めた。


 個人の武勇も大事だが、決して個人戦は行わない。常に味方の位置を確認し、存在を感じ、前に出過ぎず臆しもしない。協力して、冷静に、訓練の成果を発揮している。


 対するエクラートン兵とハフモニ兵は突如の開門の驚きから立ち直り切れていない。裏切りが出たことから味方に対する警戒もあり、何よりもう家の前の札の意味に気が付いた者も居るのだろう。


 どれほどの者が敵なのか。寝返っているのか。今から寝返れば許されるのか、それともディラドグマの惨劇を繰り返されてしまうのか。


 中途半端な気持ちの者達では相手にならず、修羅場の数でも相手にはならない。


 決して無人の野では無かったのだが、エスピラの部隊からは一人の死者も出さずに王宮に到達した。けが人も、かすり傷程度のみ。


「お待ちしておりました」


 その王宮から出てきたスクリッロが剣を床に置き手も放して頭を垂れた。

 スクリッロの後ろで跪いている武官も剣を床に置く。血がついているのもあった。

 武装していない者達も同じようにエスピラに対して跪いてきた。


 まるで、王に対する態度である。


(あまりよろしくは無いな)


 歩兵第三列の面々もエクラートンの対応を当然の如く受け止めていることも。


「ご苦労。まずは、宝物庫と食糧庫を素早く抑えてしまいたい。レコリウス!」

「はい」


 エスピラの言葉に、タイリーの元被庇護者にして百人隊長のレコリウス・リュコギュが素早く前に出て来た。


「一個大隊を連れて食糧庫を封鎖してくれ」

「かしこまりました」


 ざ、と短く頭を下げ、レコリウスがエクラートンの者の一人の案内について行く。

 一糸乱れぬ四百の足音がレコリウスに続いていった。


「ピエトロ様」

「こちらに」


 奥からこつこつと音を立ててピエトロが近づいてきた。


「宮殿の制圧の引継ぎをお願いします。特に地下牢、犯罪人を捕えている場所は誰一人として逃がさないよう気を付けてください。民に余計な不安を与えるべきではありませんから」

「かしこまりました」


 下がった足音と共に何回か光が発せられた。

 ピエトロの監督する千六百が様々に別れ、エクラートンの者を道案内に宮殿を進んでいく。


「プラチド、アルホール」

「はい」


 二人とも、軍団長補佐を経験している壮年の男性だ。


「特設部隊を連れ、残る賊の征討と民心の安定を頼む」

「仰せのままに」


 一人だとしてもおかしくない足音で二人が離れ、二千二百が再度来た道を戻っていく。


「さて。では、宝物庫に案内してくれ」

「かしこまりました」


 スクリッロが言うと、後ろに目をやった。

 老年の男が出てきて、こちらです、とエスピラ達を案内する。スクリッロらは腰を曲げたまま、すすす、と横にズレた。

 見送るだけかと思えば、ついても来るらしい。


「スクリッロ将軍」


 エスピラが名を呼べば、全員が動きを止めた。

 アレッシア軍は全員の動作が一つであるかのように。一部の者は、各々が少しずれて。


「何かございましたでしょうか」


 スクリッロがエスピラの近くまでやってくる。


「一つ、解せないことがある」


 緊張が走ったのが見て取れた。

 エクラートンの武官の内数人は捨て置いた剣の方に目をやっている。文官は重心が後ろや横など、アレッシアから離れたようだ。


「君の居場所は私の隣だろう?」


 そんな中で、エスピラはにっこりと笑いかけた。


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