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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十一章
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号砲

 エスピラの言葉、もとい注意事項の後、明らかに不満な顔を露わにした者が居た。

 そうでない者も、僅かながらに不満や不快感を孕んだ空気を漏らしており、数百人単位で集まっていれば、その僅かなモノでも立派な懐疑心に変り果ててしまう。


 そして、エリポス以来の精兵の歩兵第三列に所属している百人隊長やエリポス以来の高官は全くそのような態度を示していないのだ。


 下手をすれば、分断しかねない。

 不満に思う者と、何故従わないのかと憤る者で。


「そのような顔をするな」


 エスピラは、そんな者たちに一様に笑いかけた。

 朗らかに。和やかに。誰も咎めない上級の笑みで。


 一通り声と空気が落ち着き、注意が自分に戻ってきたのを感じつつ、エスピラは手を叩いた。


 大きな瓶を台車に乗せて、三人がかりで持って奴隷がやってくる。金銀だ。演説を聞いている者達からも見える、金と銀が山ほど瓶に入っている。



「カルド島は私にとっても思い出深い土地。同時に、私の功としては最初のモノとして認識している者も多いだろう。


 確かに不幸も多かった。今思い出しても辛いことは辛い。何よりタイリー様は私にとっては親同然だ。師として、父として。今でも深く慕っている。


 だが、同時にこの島で幸運と神の寵愛も感じたのも事実だ。


 故に。それにあやかろうとまたもや同じだけの財を持ってきている。

 これを、私が、私の栄光の第一歩を踏み始めた時に協力してくれた者達と同じ額を臨時給金として配ろうと思っている」



 一般的に、エスピラのカルド島での振る舞いは『気前が良かった』とされている。

 何故か。

 その理由の一つは、すぐに解散させた一万五千の傭兵に対し、最初の契約通りの金額を払ったからだ。期間が短く終わったから削る者や、削ろうとする者が居るのが当然の中で、すぐに満額の支払いを決めたからなのだ。


「無論、全員が私の命令を守ってくれたら、だがね。

 一人でも破ればそれは許されざる行いだ。私からの信頼を裏切ったのだから、そんな者たちにこれは渡せない。それは、理解してくれるね?」


 当然、それだけの金額はウェラテヌスの蔵にも痛い出費になる。一方で兵たちから見れば、カルド島最大の都市エクラートンで自由に略奪する方が儲かる可能性の高い金額でもあるのだ。


 本当に皆が守るのか。

 エスピラは難癖をつけて支払いを渋らないだろうか。

 そもそも本当に、そんなお金はあるのだろうか。


 疑いだしたらキリが無い。軍団の兵全員に与えられる総量として最も財を受け取れるのは略奪を控えることだが、個人個人が最大の財を手に入れようと思えば略奪する方が良いのだ。


「案ずるな。エクラートンは一月もかからずに落ちる。また次の街の攻略に向かい、そこでも略奪する機会はあるさ。きちんと用意する。私の命令を守ってくれたら、の話にはなるが、守ってくれたのなら次々と用意すると父祖と神々に約束しよう」


 次に広がったのは懐疑的な雰囲気。

 五年かかっても落ちなかったエクラートンを、一か月足らずの準備期間で落ちるとエスピラが言っているように聞こえたのだから無理もない。


 エスピラが、その実長い時間をかけて準備していたことを知ってはいないのだ。加えて、先の発言。経験を十分に積んではいるが執政官としては若すぎる年齢。懐疑的にもなる。


 口に出さないのは、人数が多いからこそ自重しているのか、伝わると思っているのか。あるいは、馬鹿にしているのか。若輩者が、とあざ笑っているのか。


 エスピラは、ブレエビが軍団長を務める軍団の者から放たれるそう言った雰囲気を、しかし鷹揚に受け止めた。


「信じろとは言わないさ。ただ、結果のみを見て、次から信じてくれれば良い。今はただ、自分の信じるモノを信じてくれて構わないよ」


 悠々と言って、エスピラは締めた。



 約束の日はすぐに来る。


 出入りする占い師が増えたことや投石機が動き出したことに焦ったのは兵か、百人隊長か。あるいはもっと高官か。


 エスピラは、準備が整っていないと見た部隊には軍団長補佐以上の者から再度引き締めるようにと少々の怒りを見せて檄を飛ばした。

 戦場で準備が整っていないなど、言語道断である。敵は準備したところからくるのか。否。何時くるか分からない。天変地異もいつだって起こりうる。そう言ったことを考えずに自分の都合で動くわけが無い。


 そこまで気にしていないが、そう言った態度を見せて。


 そして、それが為ったのかどうかを確認する前に、エスピラは総攻撃の準備を開始させた。


 占いの結果を周知させ、武器を徹底的に確認させ、観天師に天候を確認させる。

 それから、起き抜けに天気や夜空から吉兆を探し、作り出し、それぞれに周知させた。飢餓に近い聖なる鶏がエサを食べるかどうかも確認させる。

 最後はやはり、演説。


「今日、エクラートンは落ちる!」


 大勢の前で、エスピラは朗郎と声を轟かせた。


「我らが落とす。この報告は、一番目の月の内にアレッシアに届くであろう」


 即ち、最高の一年の始まりを告げる号砲になると。

 腹から轟かせるように言った後、エスピラは雰囲気を落ち着かせた。


「人が許せないと強く思う瞬間は何だと思う?」


 答えは待っていない。


「許せないと思う時は色々あるだろう。父祖を貶められた時。神々を侮辱された時。妻にちょっかいを出された時。

 私にもいろいろあるが、裏切られた時と言うのもその一つとして相応しいだろう。

 君達はとあるアレッシア人の話を聞いたことがあるはずだ。隣同士に畑を持っていた、アレッシア人の話を。幼い時から協力し合い、常日頃から助け合ってきたのにも関わらず、大事にしていた短剣を盗まれ、捨てられた男の話を」


 エスピラは、ウェラテヌスの短剣に触れるように手を置き、演説を続ける。


「捨てられたのは父祖から受け継いできた短剣だ。父祖からの贈り物で、魂の象徴だ。その短剣を盗む。それは、絶対に許されない行為である。故に男は報復に出た。盗んだ男の大事にしていた牛を殺し、売り払い、馬を逃がしたのだ。

 当然やられた側は裁判に訴え出た。結果は、君達には言うまでもないだろう。勝ったのは短剣を捨てられた男だ。報復は当然だと、友を裏切り大事なモノを傷つけたのだから当然だと。


 同じだ!


 エクラートンはアレッシアの朋友だった。第一次ハフモニ戦争以後共に歩み続け、数十年の時を共にし、父祖と心を通わせていた。カルド島がハフモニから得た戦果の象徴ならばエクラートンは父祖の思い出の象徴だったのだ。父祖にとって大事な大事な存在だったのだ。新たな友だったのだ。


 それなのに! 裏切った!


 これは許されざる行いだ。報復に出ないといけない行いだ。必ずやその報いを、鉄槌を下さねばならない行為だ」



 吼えた後、すっくとエスピラは背を正した。

 調子も一転させる。


「だが、先の話には続きがあるのは知っているだろう?

 報復に出た結果、どうなったのか。

 捨てた男の持っていた畑は荒れ、その影響は短剣を捨てられた男の畑にまで及んできた。二人分の土地を耕すことはできず、奴隷の監視も甘くなり、広大な土地を手にしたのに上手く行かなくなってきたのだ。


 そこで男は神殿に行った。神々にどうすれば良いのかを尋ねた。

 神々は言ったのだ。「許しなさい」と告げたのだ。短剣と言う大事なモノを捨てられ、許せないほどの裏切りをしたその男を許しなさいと。共に畑を耕し、アレッシアのために、子供たちのために生きなさいと。


 男は言われた通り裏切り者の友を探した。裏切り者の男も捨てた短剣を拾い、磨き、許しを請うために友を探していた。二人が再び前を向こうとしていたのだ。上手く行くのは必然のであろう。

 出会い、短剣を捨てられた男は友を許し、裏切った男はその後男を兄として常に敬いながら無事に生を終えたそうだ。


 重大な罪をも許す姿勢を見せ、重大な罪を犯した方は許されるべく努力をしていた。

 小さな人でも出来たのだ。それが国家で出来ない道理は無い。


 故に、我らはエクラートンを許す。

 エクラートンの害である部分を朋友たるアレッシアの手で切り落とし、良心を育てるのだ。父祖から受け継いだ物を子々孫々に。国のために。共に畑を耕すのだ」


 そして、エスピラは右手を手のひらが頭の上に来る高さまで挙げた。

 声も、また張り上げる。


「この戦いを乗り越えてアレッシアは成長する。偉大な祖国はもう誰にも侮られない国家になる。この軍団の半分は覚えているはずだ。エリポスでの屈辱的な扱いを。他の者も知っているはずだ。徹底的に下に見てくる者どもを。自分が優位な人種であると、心の奥底で思っている者達の姿を。野蛮人だと見下してくる目を。


 違う!

 我らは野蛮人では無い。奴ら以上に理性で語り、狂気で殴り、許すと口に出せば許す。


 さあ。共に築き上げようではないか。これからを。私と、君達で」


 最後に、タイミングを知らせるようにエスピラは大きく息を吸った。


「アレッシアに、栄光を!」


 息を吸う音が重なる。


「祖国に、永遠の繁栄を!」


 ほとんど一つに纏まり、少しだけズレのある大合唱が、エスピラの全身を押し潰すようにやってきた。


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