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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十一章
353/1589

全ての恩情はアレッシアのために

「では、こちらの吉日を」


 スクリッロ将軍が選んだのはカルド島の者が占い良しとした日。


(まあ、そうなるよな)


 シジェロが如何に優秀な占い師であっても、大事な決断を任せるとなると馴染みあるいは同じような共同体に属している占い師になるだろう。


「かしこまりました。では、その日の早朝に超長距離投石機による攻撃を開始します。門の近くに歩兵第一列がたどり着きましたら黒いオーラを七回打ち上げますので、開門を。その後は順に制圧していきつつ、歩兵第三列で王宮を制圧し、戦闘は終了となります。

 略奪につきましては、先程のようになりますので避難を頼みます」


 エスピラは、実際には頭を下げないものの目を閉じて空気感だけは頭を下げた。

 スクリッロ将軍の方から衣擦れ、恐らく頷いたであろう音がする。


「エスピラ様。新しい統治体制の方は」


「その日の内から機能させて構いません。ですが、最初だけ私も絡みます。安定的な食糧支援と、武器の徴収のために。それから、示威行為として治安維持にアレッシア軍団を遣わせていただきます。それと、見極めも。


 最早エクラートンと言う都市国家では無く、カルド島全域を治めるのです。都市国家の枠組みなど無く、全域を。

 その能力を直接確認しないことには、正直、私から指輪の印を押すことも難しければ他の都市国家から何人参画させるのかも変わってまいりますので。


 気分を害したのであれば申し訳ありません」


「至極、ご尤もなことかと」


 スクリッロ将軍が硬い顔で頷いた。

 将軍がそのまま続ける。


「納めるべき基準は、約束通り」


「ええ。土地から算出された収穫量の二十パーセント。豊作だろうと規定の量です。凶作であればそのほどをお知らせください。それによって、減ずる可能性もあります。残りの八十パーセントは全てカルド島のために使い、戦後の復興とますますの発展に尽くしてください。それから、鉄に税をかけ、木材も形の上ではアレッシアを通してもらうことになります。スクリッロ将軍のお求め通り、塩は見送りました」


 オルニー島からアレッシアが取っている麦は収穫量のほぼ半分。もっと多いこともあった。

 ハフモニが昨年カルド島から徴収したのは収穫量の四十パーセント以上。ただし、これは都市だけの数字であって、村落や山間の土地ではもっと取っている。空になるまで奪ったところもあるのだ。それ以上も、また。


 それを思えばエスピラの処置は随分と良心的、いや、軽すぎるとも言える。


「エスピラ様の定めた基準が、今後五年増えることは無いと言う印を頂いてもよろしいでしょうか。納得しない者、疑っている者も居るのです。もちろん、無くともアレッシアに協力致します」


「構いませんよ。今後十五年は変えないと、そう約束いたしましょう」


 言って、エスピラは懐から羊皮紙を取り出した。

 書いてあるのは二十パーセントから変えないと言う誓約書とエスピラの名前。そして、指輪の印を押してある。

 つまり、公的な約束。


 スクリッロの目が、もう驚かないぞと揺れた。


「ただ、実際の労力次第ですが最低でも二度は規定量の算出しなおしがあることはご了承ください」

「いえ。それは良いのですが、受け取れば、本当に十五年はこの割合しか納めることはありませんよ」


「ええ。軍団が居ればそれ以上に提供するなどの細かい違いはありますが、それで構いません。十五年後であれば私は四十八、マシディリは二十七。変わるにしろ変わらないにしろ、丁度良い時期ではありませんか?」


 引き上げるのであればエスピラが行い、マシディリに悪評を流さないようにする。

 引き下げるのであればマシディリが行い、より良い当主になると知らしめる。

 そのままであるのなら、エスピラの姿が良く見える状態でマシディリが行い、マシディリがエスピラの跡を継ぐことを広くアピールする。


 そう言う話だ。

 そして、それはカルド島にとっても下手な元老院議員が入ってくるより良いことである。


「知り合いにも周知し、エスピラ様がカルド島で功績を立てられれば他の誰よりも良く治めてくれることを広く伝えて参ります」


 スクリッロが慇懃に腰を下げた。


「治めるのは元老院だ。私は、助言を行うだけだよ」


「誰もそうは思わないと思いますけどね」

 と、黙っていたソルプレーサが言った。


 エスピラは名前を呼び、咎めるような視線を送る。ソルプレーサは適当に頭を下げてきた。

 完全に、ただのアピールである。


「神殿関係者を派遣していただき、芸人をも連れて来るなど、エスピラ様はカルド島に心を砕いてもらっております。言い方は変えますが、カルド島の者が慕うのはエスピラ様になるでしょう」


「君達の国を潰すのだ。これぐらい、君達がこれから受ける痛みを癒すには至らないだろうさ」


 哀し気に、申し訳なさそうにエスピラは言った。

 が、実のところはさほどそんな感情は無い。

 スクリッロはそこまで寄り添っていただいてと感激しているようだが、エスピラはアレッシアへの同化政策も遂行しているのだ。


 神殿と、それから娯楽。トリンクイタが場所を見繕い、打ち解ける過程で話しをし、闘技場や戦車競技場、劇場への興味を駆り立てる。そこからカルド島にも建設し、アレッシアの文化を入れさせる。


 いわば、文化による侵略の第一歩も踏み出しているのである。


 無論、名目は民の心を癒すため。活気を取り戻すため。

 とは言え、完全にアレッシアと同じでは無く、アレッシアのモノが入ってカルド島で独自の変化を遂げることはエスピラにとっても嬉しい話でもある。


「エスピラ様。最後に、カルド島の軍団についてなのですが」

「認めないとも」


 そこは、即答する。

 スクリッロも、口を閉じて眉を寄せながらうつむき気味になってしまった。

 ただ、拒絶の色は見えない。眼光にはどこか諦めが入っており、手も握られてはいないようだ。少なくとも、腕にも肩にも力は入っていない。


「しかし、それでは扱いはまるで敗戦国ではありませんか」


「ええ。しかし、そもそもアレッシアは朋友の軍団と盾を並べることを良しとしません。が、同じアレッシアならば話は別。此処までが臨時とは言え元老院議員であるウェラテヌスの当主としての言葉です。


 次からは私の独り言なのですが、一万五千までは自主的に集まっても仕方が無いと思っております。私が九年前にカルド島で集めた傭兵は一万五千。全員が集まらなくとも、共に戦った者もエクラートンの軍団におります。彼らが中核となれば、元老院もお目こぼししてくれるでしょう。


 あくまでも、私への協力。


 ハフモニとの戦いでは無く、カルド島内にすくう不穏分子の討伐なのですから。自主的に、人が集まって、アレッシアの偉大さゆえにそれが多かった。

 強引ですが、そう言う話にもっていっても嘘は言っておりませんよ」


 前半はしっかりとスクリッロの顔を射抜くようにして。

 独りごとになってからは雰囲気にも隙を作り、視線もそらしながらつらつらと述べた。


「本当に、たくさんの我儘を認めて下さりありがとうございます」


 スクリッロがまたもや丁寧に頭を下げる。


「はて。何の話か。私は、軍団を認めるとは一言も言っておらず、一万五千ぐらいの人がアレッシアのために集まり、不穏分子を取り除いてくれるだろうと言っただけですよ。いわば、願望です。不穏分子討伐なのですから、当然武器を持ち、それだけの数ですから独自の規律も発展すると思いますがね。纏めるノウハウを持っている軍人が上に立つのも、誰もが理解できる話です」


「それ以前のことかと」

 と、ソルプレーサがゆっくりと入ってくる。


 そっちか、とエスピラは少しわざとらしくソルプレーサに言った。


「カルド島を発展させてくれればそれで構いません。カルド島の発展は即ちアレッシアに入ってくる物資の増加にも繋がります。そしてアレッシアの下で発展すればカルド島は二度と敵の手に落ちない。海上の要衝をアレッシアが保持し続けることになるのです。

 全てはアレッシアのために。

 私への感謝など、必要ありませんよ」


 そして、エスピラは杯を持ち上げた。

 スクリッロも遅れて杯を持ち上げる。


「これからも、どうぞよろしくお願いいたします」


 そう言って、エスピラはスクリッロの持つ杯と自身の杯をこつんと合わせた。


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