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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十一章
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依怙贔屓(いぞん)

「悪いな、エスピラ」

「気にする必要は無いさ、マルテレス。この件は取り返しがつくが、君達を失えば取り返しがつかないからね」


 言いながら、エスピラは机に両手を着いた。


「それに、申し訳ないが私はブレエビ様の能力を正確には把握していない。私が率いるのはエリポス以来の一個軍団一万三千だけで、あとは君達で事足りると思っていたんだ。

 だから、君達にあまり申し訳なさそうにされると私も失敗ができないと怖くなってしまう」

「嘘つけ」


 マルテレスが軽く笑った。

 エスピラもおどけたように首をすくめてから、ヴィンドに目を向ける。


「さて。話を戻そうか」


 そして、エスピラは右手のひらを全員に見せた後で横に動かして閉じた。目はタルキウス父子に。

 意図を察してか、スーペルが口を開いた。衣擦れの音で以って多くの視線を集めることに成功している。


「建国五門が一つ、最も勇猛なタルキウスの被庇護者たちを連れてきたスーペル・タルキウスだ。こちらは息子のルカッチャーノ。語らねばならぬ戦功は持たない息子だが、息子の戦功を語れぬ輩と盾を並べる必要性も無い」


(随分とお怒りのようだ)

 元老院にて、最も誇り高きウェラテヌス、とエスピラが発言したのが恐らく気に食わなかったのだろう。

 とは言え、怒りだけではなく感謝も伝えてきているのがややこしい所。


「エスピラ様。ご命令とあらば執政官殿に従いますので、会議を進めてはもらえませんか?」


 腰を少し曲げつつも眼光は強くスーペルが言ってきた。

 隣のルカッチャーノは目を閉じて、エスピラにのみと言った風に腰を曲げてくる。


 それを受けて、今度はエスピラが会話の主導権を握りしめた。


「少し極端に言ってしまえば、私は今回のカルド島攻略戦における実際の会戦での功績のほとんどは君達に挙げて欲しい所もある」


 マルテレス軍団とスーペルの視線がエスピラに刺さる。

 エスピラは堂々とその視線を受け止めた。


「より正確に言うならば、私の軍団でエクラートン攻略を行う。五年かかったかの巨大都市を、一か月足らずで落として見せるとも。その後はイエロ・テンプルムに入り民心をより安定させる。エクラートンも変える。

 此処は半島では無い。アレッシアのモノになってはいたが、強力な自治があった外国でもあるのだ。


 奪った後。その後が重要であり、そこまで手を回せなかったのが九年前の私だ。時間も権利も、何より私自身の力が足りなかった。だが今は違う。必ずやアレッシアのモノに変える。そのために統治の仕組みを完成させる必要があるのだ。


 だから、戦ってばかりではいられない。


 幸いなことに此処にはアレッシア最強の将軍であるマルテレスと、武で名を馳せた建国五門であるタルキウスの実質的な当主であるスーペル様が居る。


 私たちがカルド島の把握をし、敵のかくれんぼを失敗に追い込む。そして、叩き、勝つ。

 当然、アイネイエウスが糾合した大軍団と戦う時は私たちも出て共に戦うが、この戦いの最終的な目標はアレッシアに於けるカルド島の支配体制の構築だ。


 それを、最優先にしたい」


 エスピラの言葉の後に真っ先に動いたのはマルテレス。


「俺らは良いが、エスピラの軍団はそれで良いのか?」

「構いません。アレッシアのためになるのであれば、それが一番かと愚考致します」


 返答はヴィンドが素早く行った。


「まあ、極端な話さ。最終目標を確認したかっただけだよ」


 朗らかに言って、エスピラは鞘ごと剣を外し、机の上に広がっている地図に当てた。


「当面はエクラートン攻略の下準備かな。六年前、エリポスに渡った直後にディティキとメガロバシラスを繋ぐ隘路に作ったモノと同程度の防衛力を持つ防御陣地ならばすぐに作成できる。そのノウハウをまずは軍団をまたいで共有しつつ作ってもらいたい。

 それが終われば、アイネイエウスを睨みながらカルド島内部の都市を奪還、制圧していく。ハフモニ本国がどうあれ、処罰を恐れる者が出てくれば敵の行動も徐々に硬くなってくるからな」


「すみません。理屈が良く分からないのですが」


 真っ先に言ったのはディーリー。

 声はややぶっきらぼうである。


「ハフモニがすぐに将軍を処刑する国家であるのは知っているね?」


 やさしく聞くような態勢を取りつつ、エスピラは返事を待たないで続けた。


「そうなると、やはり将軍の考えも守りに入ってくる。だが、海岸線を封鎖され、カルド島に閉じ込められた者達は処刑になるのであればと思い切った策を採れるようになった。それがアイネイエウスが再びカルド島で勢力を巻き返した原動力だと思ってね。

 ならば、今、ハフモニ本国と連携が取れる港町がハフモニ側にある状態で敗戦を重ねれば、必ずや処刑を恐れて消極的な策に傾く者が出始める、と言う事さ」


「アイネイエウスがそんな者たちに動きを制限されるとは思えませんが」


「多少は影響があるよ。私が、ブレエビ様を積極的に扱えないようにね。

 でも、奴らとの違いはこちらにはアレッシア最強の軍事命令権保有者が居る。経験豊富な軍事命令権保有者も居る。

 まずは相手の胴体の動きを硬くすれば、頭は相手より優れているのだから負ける確率は大きく減る、と言う訳さ」


 もちろん、狙いはそれだけでは無い。

 連絡の取りやすさ、統治政策の浸透を考えても内陸部から欲しいのである。


「エスピラ」

 と、今度はマルテレスが神妙な声を出した。


 エスピラの目がマルテレスに行く。


「スカウリーアとパンテレーアはどうするつもりなんだ?」


 スカウリーアとパンテレーア。

 どちらも港町で、どちらも九年前にハフモニ側に寝返り、エスピラ達カルド島駐留部隊に落とされた街であり、今はハフモニ側に再度ついた街である。


「指導者層は処刑するつもりだ。あっちにふらふらこっちにふらふらと一貫性が無いからね。後は兵に自由な略奪を許すよ」


 マルテレスの口が開いて、閉じた。

 何か言いたげな様子は蠢く眉と彷徨う視線からも良く分かる。が、マルテレスよりも先にルカッチャーノがエスピラに視線を向けて来た。


「エスピラ様。私は、それは当然の処置だとは思いますが、一部の者はエスピラ様によって統治場所を変えられたせいで民との間に信頼関係が無かったからこうなった、と言いたいのではないでしょうか」


 多分、マルテレスはそこまで厳しいことを言いたいわけでは無いだろうが。

 だが、なるほど、とエスピラも思う理屈である。


「詰められれば、なるほど、と言わざるを得ないな。ならば、命は許そう。だが、その変わり身の早さから言って努力もせずすぐに諦めハフモニに尻尾を振ったのも事実。取り返した暁には、ハフモニに輸送するか、あるいは奴隷としてエリポスに売っておこう」


 統治者としての知恵があるのは惜しいが、アレッシアのために使えないのなら致し方が無い。元々、殺そうと思っていた命だからどうでも良いと言う気持ちまである。


 そのさらに奥底では、将来の禍根になりそうなので始末しておきたい、とは思っているが。


「ついでに何だが、エスピラ。エクラートンの民も、自由略奪はやめてくれないか?」


 マルテレスが素早く、されど喉に魚が詰まったような言い方で懇願してきた。


「エクラートンには優秀な技術者が居る。彼らは必ず迎え入れるつもりだよ」

「そうじゃなくて!」


 区切ったあと、マルテレスがエスピラとしっかり目を合わせて来た。


「一部の民もできれば見逃してほしい」


 エスピラは一気に眉間にしわを寄せた。


「それは、兵の楽しみを奪うことを承知で言っているんだな。会ったばかりで、私がまだ信頼を得られていない兵に対して楽しみを奪った軍事命令権保有者に成れと言っているんだな。その恨みを、一心に背負え、と。それによって生じる不利益に苦しみ続けろ、と」


 口調も友に対するモノから元老院の議場などで討論する時のモノに。

 マルテレスの視線が降りていった。しおれるように、エスピラから外れて机の上を帰って行く。


「ああ」


 マルテレスの呟きは机に吸い込まれ。

 そして、マルテレスの顔がまた上がった。エスピラに来た。


「俺だってただただ手をこまねいていた訳じゃ無い。アレッシアに協力してくれる人が居ないか、探していたさ。だから、その。結果は出なかったとしても、アレッシアに協力してくれようとした人を助けるのは、アレッシアのためにならない、か……?」


 言葉が終わっていくのに合わせるように、マルテレスの顔も再び下がっていった。

 マルテレスの軍団の高官であるオプティマもインテケルンも覇気のない顔になって下を向いている。ディーリーは眉を歪め、視線を入口にやっていた。


 エスピラは、一つ息を吐く。


「分かった。友の言葉だ。そうするよ」

「エスピラ様」


 すぐに咎めてきたのはヴィンド。遅れてルカッチャーノ。


「お言葉ですが、マルテレス様の要望は不公平にもほどがあります。自分たちはイエロ・テンプルムで略奪をしておきながら、兵に楽しみを与えて自分たちの懐を潤し、味方を窮地に陥らせておきながらこちらには動くなと命じる。今の元老院に通じるものがあるようにしか思えません」


「師匠がやるって言ったんだから良いんじゃないか?」

 と、イフェメラがすぐに二人に返した。


 エスピラも、すまないな、と二人に返し、イフェメラに軽く礼を言う。


「ヴィンド。打ち合わせが終わり次第、ブレエビ様を呼んでくれ。念のため、私から直接略奪の禁止の徹底を求めるよ」


 エスピラはそう告げると、友からのお礼の言葉を抑え、打ち合わせを進めたのだった。


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