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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第十一章
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顔を合わせ、腹は見せず、杯を共にする

 続々とエスピラの入った天幕に人が入ってくる。


 エスピラが呼んだシニストラ、ヴィンド、イフェメラに続いて入って来たのはマルテレス。そしてスーペルとルカッチャーノのタルキウス父子。そして、マルテレスが二十七歳で執政官になって以来ずっと付き従っている高官が三名。特徴から見るに、オプティマ・ヘルニウス、ディーリー・レンド、インテケルン・グライエトだろうか。


「さて」


 と、マシディリが全員のためにコップを置いたところでエスピラは切り出した。

 コップは各々で取るようにとマシディリを下がらせ、まずはエスピラ自身がコップを手に持つ。水は腰につけている山羊の膀胱から入れて。



「全員の顔はおいおい覚えて行くとして、今いる面子だけでも最初に紹介いたしましょうか。


 こちらがシニストラ・アルグレヒト。御覧の通り、私は腕っぷしが強い方ではありませんので、常に彼に守ってもらっております。とは言え、シニストラも腕だけでなく詩作の才もあり、エリポスでの功績は多大なモノだと私は評価しております。


 そして、顔合わせ自体は済んでいると思いますが私の左に居るのがヴィンド・ニベヌレス。ウェラテヌスと同じく建国五門の一つであり、複合的な能力が必要な時の一番手です。


 最後の青年がイフェメラ・イロリウス。ヴィンドが複合的な能力ならば、イフェメラは軍事的な才能においての一番手。正しくイロリウスを受け継いでいる者だと言えるでしょう」



 エスピラの紹介に合わせ、シニストラ、ヴィンド、イフェメラが礼をした。

 マルテレスがスーペルに目を向ける。

 スーペルは全員と顔見知りだからか、執政官からするべきだと思っているのか、首を横に振って順番を譲った。


「良し。じゃあ、こっちは左から行くか」


 マルテレスが言えば、輪郭が丸よりも四角に近い男が伸びていた背筋をさらに伸ばした。


「好きな言葉は何とかなる! 嫌いな言葉はどうにもならない! オプティマ・ヘルニウス三十四歳。今日も元気です! エリポスで活躍された皆々様。次は我らが活躍、どうぞご照覧あれ!」

「えっ、好きな言葉?」


 オプティマの隣に居た青年が、眉の寄った顔をオプティマに見せた。

 オプティマが力強く頷き、頷く。青年が苦笑いとも楽し気とも言える笑みをオプティマに見せ、感情の排した顔をエスピラに向けた。


「ディーリー・レンド。です。あー、好きな言葉は特に思いつきませんが、エスピラ様には幾つかご質問があります」


 いや、顔は向いているが視線は合っていない。エスピラの奥か、少し横か。声質も少し角ばっている。シニストラが剣呑な空気を出し、ヴィンドが目を細めるくらいには、印象が悪い。


「あ。それなら私も幾つかシニストラ様の詩を諳んじた方がよろしいでしょうか?」


 オプティマが元気な声を出してきた。


「オプティマ様のは後でよろしいでしょう」


 ディーリーが言うと、オプティマは「たはー」と本当に口で言って、後頭部にぽん、と分厚い手を持っていった。


「ディーリー様。手短なモノであれば、今、お受けいたします。長いものであれば後程私の天幕に来てください。他の人が居なければすぐにでもお答えいたしましょう」


「では短いモノを。サジェッツァ様も初陣の年齢に満たない内にパラティゾ様を軍団にねじ込んでおりました。エスピラ様にも同じ心があると見てもよろしいでしょうか?」


 首は真っ直ぐなのに、やや横に倒すようにして言ったような声である。足の重心も、右側にやや寄っている。


「アレッシアを守る。その心は皆同じでしょう」


 むしろ貴方は違うのですか? とでも言いたげな声でエスピラは返した。

 しかし、表情は晩餐会で貴婦人に向けるような、人受けの良いモノを選んでいる。


「その心が行動に比するならば、エスピラ様はサジェッツァ様の二倍あると?」


 ディーリーが質問を重ねてくる。

 同時に、この男は交渉には使いづらいとの評価も下した。


「人の心を比べるのは難しいでしょう。ですが、息子を二人も連れて来た理由は明白です。

 マシディリはウェラテヌスの次期当主。必ずやウェラテヌスをより発展させ、アレッシアを守る者。故に、経験を少しでも多く積ませたいから連れて参りました。


 クイリッタは人の懐に入るのが上手いのです。必ずやカルド島の民の心を解きほぐし、またその難しい任に当たった他の者達の心をも解きほぐしてくれるでしょう。ですから、クイリッタはその能力を今発揮すべきだと思い、最適な人選として連れて参りました。


 そして何より、大事な土地を、心の拠り所を攻撃された人と言うのはそれを行った者と同じ符号を持つ集団により攻撃的になるものです。心を解きほぐす任務と言うのは、非常に危険なモノになるでしょう。ともすれば戦場を駆け巡る我らよりも緊張は高いはずです。文字通り、彼らも命を懸けている。命を懸け、アレッシアのためにことを為すのです。

 その危険な任務を、私たちはただ命令するだけで良いのでしょうか。アレッシアの建国五門たるウェラテヌスが、高みの見物で良いのでしょうか。


 まさか。そんな訳が無い。


 命を懸け、家門を懸け、アレッシアのために。ただひたすらに祖国の繁栄のために動く。

 それが、アレッシア人だと考えております。もちろん、他人にその覚悟を押し付けるつもりはありません。それを示すのが貴族の責務ですから」


 平民出身のディーリーがどういう思想を抱いているのかは既に知っている。

 故に、エスピラは軽くその心を、貴族とは何なのかを告げた。


 少しの間があり、ディーリーが口を開く。眉は少し寄っていて、険しい顔になっていた。


「ディーリー様」


 しかし、その前にヴィンドの言葉が入ってくる。


「申し訳ございませんが、今は打ち合わせが最優先。アレッシアを思えばそうなるはずです。これ以上の質問は、打ち合わせの後にお願いします」


 ディーリーの目がヴィンドに向いた。ヴィンドの顔もしっかりとディーリーに向く。


 そして、二人して黙った。視線は交わったまま。ディーリーの手は少し浮くが、ヴィンドは真っ直ぐ。短剣にも近づかない。


「じゃあ、最後に」


 ぽん、と手を叩いてこげ茶の髪をした男が注目を集めた。


「インテケルン・グライエトです。好きなモノは、武具、女、戦場! それこそ男の求めるモノ。そしてそれを手にするにはお金がかかります。だからこそ、エスピラ様。臨時給金期待しております!」


 背筋をピンと伸ばすとともに顔を上げてインテケルンが宣言した。


 その後に顔が戻って来て、にかっ、と白い歯が見える笑みを浮かべてくる。

 エスピラも楽しそうに、気を緩めたような笑みを浮かべた。


「活躍次第ですね」

「そこはお任せを。我らはマルテレス様の下であのマールバラ・グラムと何度も戦った者達。その実力、マルテレス様の御親友であり正しくアレッシアの誇り高き貴族であるエスピラ様に見せられることを楽しみにしておりましたから」


 どん、とインテケルンの分厚い胸板から重い音が鳴った。


「頼もしいな」


 笑いながら、エスピラはマルテレスにも声を振った。

 だろ、とマルテレスが笑う。


「それから」、とその和やかなエスピラとマルテレスの雰囲気に、強張った顔に変わったインテケルンが入って来た。


「イエロ・テンプルムで殺戮と略奪を繰り広げた部隊に、私の指揮する四個大隊千六百もおりました。誠に申し訳ありません!」


 机にぶつかるんじゃないかと言う勢いでインテケルンの頭が下がった。


 イエロ・テンプルムはカルド島における宗教的に大事な都市である。

 そこを襲った所為でアレッシア軍団が窮地に陥ったともいえるのだ。


「マルテレス。そこを劫掠するなと、誰かに言われたか?」


 エスピラは、少しだけ声を平坦にして聞いた。


「いや」


 バツが悪そうにマルテレスが答える。


「危険性は確認したか?」

「したが、大丈夫だろうと。なって」


「失敗は誰にでもある」

「ブレエビ様やラシェロ様も積極的に略奪しておりました」


 エスピラの言葉と、ディーリーの言葉が重なった。

 無礼な、とイフェメラがディーリーを睨む。


「その失敗が、簡単な指示を無視してと言うモノなら許し難いが、分からなかったのなら仕方が無い。私は何も気にしていないし、君の後悔は十分に伝わってきている。終わったことは切り替えてくれ。同じことを繰り返さない限り、この件は君の評価に何も影響を与えないよ」


 エスピラは、ディーリーに一度目を向けた後、何事も無かったかのように続けた。

 ありがとうございます、とインテケルンの顔が上がる。


 ディーリーの顔は、険しいままだった。


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