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光明

「カリヨを。君に?」

「はい」


 さらに身を乗り出した少年、いや、青年をもう一人の青年が抑えた。


「落ち着けって」


 などと小声でなだめながら、吼えた青年の肩を掴んで席に座らせている。


 エスピラにも聞こえているのは承知だろうが、名前を名乗ってからだろ、とか良く知りもしない相手から言われても戸惑うだけだろ、と言っている。対する吼えた方の青年も良く知りもしない仲ではないと唇を尖らせながら返していた。


 エスピラはそんな二人をほほえましく思いながら待つ。


 ゆったり構えていると、窘めている青年の主張が通ったのか、吼えた方の少年が姿勢を正して衣服を整えた。


「名前も名乗らずにすみません。おれ、じゃなくて私はイフェメラ・イロリウスと申します。こちらはジュラメント・ティバリウス」


「ティバリウス」


 丁寧に頭を下げた青年、ジュラメントに思わず不躾な視線を送ってしまった。

 だが、気にした様子はなくジュラメントが口を開く。


「はい。従兄はイルアッティモ・ティバリウス。エスピラ様に大層お世話になった男です。トリアヌスに嫁いだ伯母からもお話は聞いておりましたので、お会いしたいと思っておりました。こうして話す機会がいただけて光栄に思っております」

「イルアッティモ様が従兄だと言うと、ディファ・マルティーマに移住したティバリウスの者か?」


 植民都市ディファ・マルティーマ。

 半島の南方。南端とまではいかないがアレッシアからは遠く、海を挟んでエリポスの方が近い都市である。ディティキ攻略戦の足掛かりにもなった港湾都市だ。


「はい。とは言え、私はディファ・マルティーマとアレッシアを行き来しておりますので、詳しいとは言えませんが……。妻もどちらで娶るかは決まっておりませんし」


 ジュラメントが頬をかいて目を下に逃がしながら答えた。


 増えすぎた人をアレッシア市民とほぼ同等の市民権を保持したまま半島内に移動させ、アレッシアの支配を確立するために作られた都市が植民都市である。その性質があるため、エリポスへの玄関口となる良質な港を持つ地区を開発してできたのがディファ・マルティーマであり、移住者の一部がティバリウス一門の者。だからこそティバリウス兄弟が喧嘩を売る鉄砲玉に選ばれた、と言うわけでもある。


「ジュラメントも私と同じように婚約者を探している最中なのです。父が決めると言えばそれまでなのですが、ジュラメント同様私の父も舞い込んでくる縁談に態度を決めかねておりまして。ならば、私が見つけてしまおうと思い、声をかける機会を窺わせていただきました」


 エスピラの興味を引き戻したいと言うような子供らしい必死さがイフェメラから見えた。


 もちろん気のせいかもしれないが、エスピラの会話の相手を半ば強引に自分に引き戻したのは事実である。


「なぜ、ウェラテヌスに?」


 近くにいた奴隷を呼び止めて、エスピラは適当な飲み物を二人に用意してもらうように頼んだ。


 注文を聞いて、奴隷が下がって行く。

 吼えた方の青年、イフェメラは奴隷が下がったのを確認してから口を開いた。


「仮に私とカリヨ様の婚姻が成立すれば、両一門にとって利益があるからです」


 続けて、とエスピラは目で促す。


「イロリウスは執政官候補を抱える一門です。戦場での実績もあり、間違いなくハフモニとの戦争が始まれば執政官が生まれる一門になります。セルクラウスやアスピデアウスなどと比べると資金力は見劣りしますが、実力で言えば遜色ありません」


 戦争の腕前に関して言えば、エスピラもイフェメラの意見には賛同できる。


 イロリウスは叩き上げだ。数多の百人隊長を父祖に持ち、そこから資金を蓄えて官位を得て元老院議員を輩出していっている。国を率いる政治能力に関しては未知数な部分が多いものの、武の方面に関して言えば間違いない。


「ですが、イロリウスは未だに護民官選挙にも出られる一門。歴史がありません。歴史を重んじる一部の元老院議員にとっては力を拡大させたくない相手となってしまっています」

新貴族ノビレスか」


 力のある平民プレブス出身の一門のことを新貴族と言うが、明確な基準は無い。

 建国五門しか貴族パトリキはおらず、残りの貴族と名乗っている者は全て新貴族に当たると言う者までいる始末だ。


 だが、セルクラウスに対して新貴族だと言う者も居なければ、ベロルスやティバリウスが護民官選挙に出れば猛抗議が起きるだろう。


 曖昧なのだ。基準が。


「ですが、ウェラテヌスには歴史があります。建国以来の名門貴族。財の悉くをアレッシアのために捧げた誇り高き一門。その一門に婚姻関係を結ぶほどまでに認められたとなればイロリウスへの風当たりも良くなるでしょう。


 ウェラテヌスにも利点があります。


 今のウェラテヌスは失礼ながら実績が無い。一門とは言いますがエスピラ様お一人。セルクラウスとの関係は庇護者と被庇護者のモノと陰口を叩く者も居る始末です。されど、セルクラウスには実績が十分すぎるほどあり、此処にセルクラウスとは違う新貴族の一門であり実績もあるイロリウスも姻戚として加われば直接的でないにしろウェラテヌス一門の実績も問題ないモノになるのではないでしょうか。


 タヴォラド様と不仲であるのはアレッシアのみんなが知っております。そうでないにしろ、タヴォラド様が裁判に便乗し、タイリー様ほどエスピラ様を重く扱わないのも事実。一子に多くを相続させるべきと考えるタヴォラド様にとってエスピラ様は邪魔者になりましょう。その際に、やはりセルクラウス以外にも道はあった方が良いと思います」


 本当に失礼だな、とエスピラは心の中で苦笑いを浮かべた。


 事実ではある。

 エスピラ個人としては最近だけで言ってもハフモニの手の者を捕まえたり、ディティキの王族を捕らえたりもしたが、一門としての実績に乏しいのはその通りだ。官位も財務官が最高で、しかも一人だけ。三、四人の子供を持つのが良いとされているアレッシアで残っているのは兄妹二人。ウェラテヌスの魅力は現在には無いに等しいだろう。


 それこそ、可哀そうな小鳥を可愛がりたいなどと言う貴婦人の気まぐれぐらいか。

 そこに付随する、希少種の種を自分の一門になどと言う考えか。


「君の言うことには一理ある。いや、全くもってその通りだと言うべきか。執政官を輩出するような家系と今のウェラテヌスが結べるならこれ以上の話は無い」

「では」

「その前に。君はカリヨについてどの程度知っている?」


 意地悪な質問、とでも言うべきか。


 エスピラとメルアのように結婚する前から知っているどころか肉体関係のある組み合わせもある一方で全くの見ず知らずと結婚することも有り得る。


 知らないと答えれば、実は興味が無いとも捉えられかねないが、同時に一門に従う、一門への忠誠心が厚いとも捉えられる。

 知っていると答えれば、この婚姻にかなり前向きであるとも捉えられるが、一人の女性欲しさに一門を売るあさましい者と捉える者も出てくる。


 そのような質問であるとイフェメラも理解しているのか、先のエスピラよりもやや間が空いた。


 それから、イフェメラの目が据わる。


「信奉している神は酒と豊穣の神。カリヨ様もエスピラ様に似て複数の言語を操れる方で、エスピラ様に代わってウェラテヌスの酒蔵の運営を行ったこともある、と」


 正確には運営を行う奴隷を任命し監督した、ではあるが。


「非常に優秀で素晴らしい女性だと思っております。年齢も私は十五ですが、二つしか差が無く、子供に関しても問題は一切ないかと」

「詳しいな」

「頼む以上ある程度は知る必要があると思い、ジュラメントに協力してもらいました」


 ふむ、とエスピラはジュラメントに目を向けた。


「従兄はエスピラ様に好印象を持っておりますので」


 ぺこり、とジュラメントが頭を下げる。


「分かった。カリヨにも一度話しておこう」


 イフェメラの顔に喜色が広がり、目も大きくなった。

 彼が何かを言う前に、エスピラは右の掌をイフェメラに向ける。


「だが、一番の問題は分かっているな」


 イフェメラの顔が引き締まった。


「父の説得は任せてください。必ず成功させて見せます」

「そうか。期待しているよ。私も、君のような男が義弟になってくれるなら大歓迎だからね」


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