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脈々と受け継がれているのは

「エスピラ。友だろう? 二十年来の付き合いだろう? 信用してはくれないか?」


 サジェッツァが身を乗り出した。


「サジェッツァ。私は言ったはずだ。二年前、マルテレスの裁判の後に。

 エスピラと言う個人としてはサジェッツァへの感情は変わっていないが、ウェラテヌスの当主としてはアスピデアウスのやったことは許せない、と。


 君達は、ウェラテヌスの蔵が空になったあの瞬間から、ウェラテヌスのことを見下している。この議場で、私の言葉は何度遮られた? 君はその席で何度その者らを見逃した?


 これが答えだ。残念だよ、サジェッツァ・アスピデアウス。我が友よ。


 アスピデアウスは何も変わっていない。いや、悪化したか? セルクラウスの悪口も公然と言っていたよな。

 私の妻はセルクラウスだ。私の師もセルクラウス。マシディリにもセルクラウスの血だって混ざっている。


 本当に、誇りを忘れ驕り高ぶったな。アスピデアウスも落ちるとこまで落ちたものだ。

 友の情けでナレティクスと同一視だけはしないでやるよ」


 当主、フィガロット・ナレティクスは裏切り者だ。アグリコーラごと裏切り、アレッシア最大の懸念となっている。

 一方で傍流のジャンパオロ・ナレティクスは確かに目を見張るほどの才は無い。時折、官位も外され、役目も外される。だが、その勤勉さはエスピラにとっても評価の対象だ。


「エスピラ。べルティーナを、マシディリの妻にしてはくれないか?」


 サジェッツァの言葉に、別種のざわめきが議場を覆った。

 その中でもエスピラは顔色一つ変えない。


「断る」

「頼む」


 即答と即答。

 次に口を開くのは、当然サジェッツァ。


「ウェラテヌスの次期当主に二歳しか違わない二女を出すのは確かに格下に見ているようにも見えてしまうかも知れないが、エスピラの求める水準に達している我が子はべルティーナだけだ。

 我が子ながら、べルティーナの才はカリヨ・ウェラテヌス・ティベリに匹敵すると思っている。本当に優秀で誇り高い娘だ。

 アスピデアウスならウェラテヌスと家格も釣り合う。良き縁だと思うが、どうだろうか」


「ウェラテヌスがティバリウスを乗っ取ったと騒いでいたのは誰だったかな、ベルルラッテ」


 エスピラは、またもやのったりと鋭い視線を細身の男に向けた。

 向けられた男が跳ねあがる。


「違う! 私じゃない」


 エスピラは、左の口角を上げて鼻で笑った後、顔を元に戻した。


「そうだったな。君は、今日と同じく笑っているだけだったらしい。あの者たちの中では君は中々良い立場だったのにな。

 が、なるほど。良い手だ、サジェッツァ。これで断ればウェラテヌスは小娘一人御する自信の無い家だと笑い、受け入れれば中から操ろうとするわけだ。


 まあ、受け入れざるを得ない訳だが。ああ。本当に良い手だよ、アスピデアウスの当主よ。実に政治家らしい良い手だ。愚者が痴態をこれ以上晒さないためにと言う自己犠牲を見せるのもまた目的だろう? 投手が、貴様らのためにこれほど骨を折ったぞ、と」


「エスピラ。違う。信じてくれ」

「その言葉はもっと前に聞きたかったよ」

「この通りだ」


 言って、サジェッツァが頭を下げた。

 議場のざわめきが、また変わる。


 理解できた者は、当主が頭を下げざるを得ない事態を同じアスピデアウスの者が作ってしまった拙さを噛み締めているだろう。



「私の父であるオルゴーリョ・ウェラテヌスは文字通り全てを懸けて第一次ハフモニ戦争に臨んだ。


 アレッシアのために。ただ偏にアレッシアの未来のために。


 そこに誇りがあると信じて。ウェラテヌスの魂が受け継がれると信じて。それをアレッシアの者が認め、一時的な苦境を周りが助けてくれると信じて。


 手は確かに差し伸ばされた。

 だが、その手の主であるタイリー・セルクラウスもカルド島絡みでその命を落としてしまった。カルド島におけるアレッシアの支配の確立。そこからのハフモニ本国への攻撃を考えている最中の出来事だったよ。


 実父が父祖から受け継いだ家門の命さえ捧げた末にアレッシアが手に入れた成果であり、義父が発展させ、アレッシアを勝者にするために考えていた全てを、他の人が失いそうになる様を私は何年も見せられていた。手足を縛られ、特等席で見ることを強要されていた。


 この辛さが分かるか!


 両の父が、文字通り命を燃やしてまで見据えた未来を! アレッシアの栄光を! 祖国の繁栄を! その象徴が崩れ落ちて行く様をただただ眺める息子の気持ちがお前らに理解できるのか!

 出来る分けねえよな!


 こんな狭い議場で、なし崩し的に手に入れた富をどう守ろうかと思い、戦争中にも関わらず政争を仕掛けてくるような輩が、父祖の誇りを受け継いでいるなど、道化が話しても笑えない話だ。本当にただただ馬鹿げている。いつから元老院に数合わせが必要になった。自分のことを考え、国のことを考えない者の椅子が用意された。国家の礎を築いた父祖の血と努力はどこに消えた。貴様らは何も受け継いでいないのか?

 だが、私にはウェラテヌスの血が流れている。そして、誇りを胸に抱き、魂を受け継いでいる。


 父の死を無駄にすることなど私にはできない!


 私は、今、全てのアレッシア人に問おう。

 守るべきは、ちんけな椅子か? 違うだろ。ちんけな椅子では無く、父祖の得たモノこそ守るべきでは無いのか? それを発展させ、子々孫々に伝えていくのが使命じゃないのか?


 アレッシア人とは何だ。

 君達が、父祖と神々に胸を張って報告できる結果は何だ。


 それを考えれば、おのずと結果は出る。

 愛人がどうの、政治的なバランスがどうの、財がどうの。しゃらくせえ。


 私に懸けろ。ウェラテヌスは、アレッシアの期待を裏切らない。


 アレッシアのために、正しく命を懸ける覚悟が揺らぐことは無い。ウェラテヌスが見据えるのはより良きアレッシアの未来ただ一つ。

 べルティーナ・アスピデアウスを受け入れることがそのためになるのなら、喜んで受け入れよう。アスピデアウスの自己満足なら拒絶しよう。


 だが、これとは関係無く私を執政官にしろ。決断が二年遅いと言いたいところだが、まだ間に合う。ウェラテヌスは、必ずやアレッシアの期待に応えてカルド島と言う、父祖の得たものの象徴を奪い返す。


 父上が全てを懸けて手に入れ、何もなくなったウェラテヌスの家から笑って眺めた島を。タイリー様がアレッシアの栄光の鍵とした島を。


 ただの島では無い、我らが最も大事にしなければならなかった父祖の活躍の象徴であるカルド島を、これ以上ハフモニなどの足元に置かせることは無い!


 今、此処で。私は二人の父に誓う。必ずや正しくアレッシア人として、あの島を奪い返すと。アレッシアの領土として全世界に知らしめると。アレッシアのモノに手を出した奴らに、鉄槌を下すと!


 アレッシア人ならばもう決断を間違うな。違うなら懐を肥やせ。そして動けなくなってしまえ。


 血は、ただ流れているだけでは意味が無い。

 その行動が、誇りが、魂が見えてこそ、繋いでいる意味がある。


 思い出せ。貴様らの父祖は誰だ。貴様らは何だ。貴様らは誰が血を流して獲得し、確立した椅子に座っている。


 貴族も新貴族も平民も関係ない。

 全員、アレッシア人だ。そしてアレッシア人ならもう道を見誤らないだろう?


 私に任せろ。ウェラテヌスは、順番を違えない」



 最後は静かに力強く締めた。


 最初の拍手はアルグレヒトの者。次に、ディアクロス。

 それからタヴォラドが拍手を開始し、まばらながらも広がっていった。


 その割合は特に旧来の者が多く、新しい元老院議員は表情が芳しくない者が多い。


 サジェッツァが咳払いをして立ち上がった。

 拍手が小さくなる。


「元老院は、エスピラ・ウェラテヌスの来年度の執政官を全面的に援助しよう」


 直後に湧きあがった拍手を抑制したのもまたサジェッツァ。


「エスピラ・ウェラテヌスが執政官に任ぜられた暁には二個軍団を任せる。一個はディファ・マルティーマで騎兵ごと編成せよ。一万五千までなら私が何としてでも認めさせる。

 もう一つはカルド島に今いるブレエビ・クエヌレスが率いている一個軍団だ」


 ブレエビの軍団を貰っても困る、とは素直には言えず。


「エクラートン攻囲戦などでは一緒に戦いましょう」

 と、エスピラは腰を少し曲げた。


「ですが、訓練課程が違います。理解度が違います。動きが違います。何より、私はブレエビ様の軍団を把握しておりません。ですので、アルモニア・インフィアネ、ヴィンド・ニベヌレス、ファリチェ・クルメルトを先行して派遣する許可をください。そうでなければ、ブレエビ様に軍事命令権を授けたままで結構です」


 アスピデアウスだけでなく喧嘩を売るように仕向けたかもしれないサジェッツァに、エスピラは共に火に入ろうと誘いをかけた。


「認めよう」

「ありがとうございます」


 慇懃に、エスピラは頭を下げた。


「そして、平民側の執政官として私はマルテレス・オピーマを推したい。共に任地はカルド島。それが都合が良いかと思うが、どうかな?」


 サジェッツァの声は、エスピラでは無く議場に。

 疑問の空気も湧き出るが、無条件でなのか拍手も起こった。


(なるほどね)


 エスピラが、では無く、元老院が必死になって二年で終わらせようとした、と。

 執政官二名を派遣するのだから失敗は出来ないと血眼になっていると。


 そう言う風に持っていくつもりかと、エスピラは捉えてしまったのだった。


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