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建国五門であるということ

 エスピラは、その男に拍手を送り返した。


「見事だよ、クオルシア。その意思の強さ、嫌いじゃない。そうだな。対案の無い、その場では最善の結果だとしても支配体制が悪かったのは事実だ」


 エスピラが言えば、五十代の男の顔色が少しだけ良くなった。

 一方で最初に吼えた方の元老院議員は顔色がどんどん悪くなっていく。



「カルド島は父祖が血を流して取ったアレッシアの領土だ。


 いや、ただの領土では無い。象徴だ。アレッシアが、半島の小国に過ぎなかったアレッシアがついに海洋を自由に動けることになった証拠なのだ。アレッシアの魂と誇りが生み出した偉大なる第一歩。それこそがカルド島なのだ!


 第一次ハフモニ戦争。確かに私は口伝でしか知らない。此処には実際に経験された方も大勢いらっしゃると思うが、それでもあえて言わせていただこう。


 あの戦いは、アレッシアが田舎ででかい顔をしているだけの国から世界に並ぶことの無い強国になった戦いだと。ハフモニの許可を貰わないと海に近づくことすらできないような不平等条約を改正しただけで無く、海においても最強であると示した戦いであると。

 戦争前、我らは船を持たなかった。だが、漂着したハフモニの船を分解し、徹底的に調べ上げ、船を建造した。しかし、次の問題はその水夫の練度の低さだった。ノウハウが全くなかった。それを補ってくれたのはどこか。それは、エクラートンである。彼らの助けも得てアレッシアはついにハフモニと戦争中幾度となく続く海戦に打って出られたのだ。


 しかし、海戦と言うのはとにかくお金がかかる。

 数多の木々を切り出し、一本の松明で街を照らすかの如く金銀を使い、それでも決定機を逃す者や自身が執政官の内に決着をつけたいと功を焦る者の所為もあって戦争は長引いた。長引いて、どんどん国庫を空にしていった。


 で? どうなった?


 元老院は、これ以上の船の建造は無理だと音を上げたではないか。


 それを助けたのは民だ。金持ちから明日のパンに必死な者まで、皆が金を、無い者は自身の時間を差し出して船を作った。我がウェラテヌスも、蔵を空にした。家門を傾けてまでアレッシアに協力した。

 その末の勝利だ。その条約で、まさに血反吐を吐いて手に入れたのがカルド島だ。


 そのカルド島が、今、奪われている。

 しかも先の戦争で最もアレッシアを追い込んだくだらない政争によって長引いているんだ。


 此処にいる者達に問おう。聡明な君達に問おう。


 また、民の身を削りたいのか? 苦労をかけたいのか? 民を守らずして何が元老院議員だ? 元老院議員の本分は何だ。

 国を守ること。民を守ること。私利私欲では無い。国家のために、アレッシア人のためにその身を粉にして尽くすことでは無いのか!


 カルド島は奪われてはならない。あれは、私のような世代にとっては我らの父祖が、クオルシア様の世代にとっては友が全霊をかけて手に入れたアレッシアにとっての希望なのだ。

 あの島は絶対に死守する。アレッシアのモノにする。都市ごとに自治を認めるのが反抗に繋がるのなら、もうやめる。


 我らはエリポスでは無い! アレッシアだ! 


 故に、模倣はもうやめる。次に私がカルド島を制圧した時には、カルド島はカルド島属州に変わる。常にアレッシアに一定の富をもたらし、麦を収め、アレッシアの者が監督する一つの地域に変える。

 アイネイエウスだろうがマールバラだろうが関係ない。

 あれは、あそこは、我らの父祖が懸命に戦って正当に手に入れた場所だ。我がウェラテヌスが、その子に、私に、私の兄に、母に、父に、叔父に。とても貴族とは思えないほどの苦汁を飲ませてまで手に入れた土地だ。

 それを、個人の利益などと言うくだらないことのために失うことなど黙って見ていられない!


 別に君達から何かを貰おうと言う訳では無い。私に何も渡したくないのであればそれで構わない。今の私には、信用できる仲間が居る。最高の軍団が居る。財がある。一万三千を数える友が居るのだ!


 私が訴えたいことはただ一つ。求めるモノはただ一つ。

 アレッシアの執政官として、カルド島を未来永劫アレッシアの領土とする権利を、それを実行する権限を授けていただきたい。軍団は共にエリポスを戦った一個軍団一万三千で十分。あとは今まで通りマルテレスに二個軍団、スーペル様に一個軍団。その計四個軍団と二年で事足りる。


 君達からはそれ以上は求めない。今の権利を、金の入りを、利益を重視してもらって構わない。私も、エリポスの功績を誇る気は無い。否。私は誇りとするが、アレッシア人にとって認めたくないのも分かる。正面から潰したわけでは無いからな。凱旋式が開けないのも致し方ないとすら思っている。


 ただ、君達もアレッシア人ならば、アレッシアの政治家ならばアレッシアのために戦う私に、アレッシアのために戦う権限を授けてくれ。建国五門が一つ、最も誇り高きウェラテヌスとその当主にただアレッシアのために戦えと命じてくれ。


 それが、私が今日言いたかったことだ」



 ぱちぱち、とまばらに拍手が起こった。

 エスピラはその者たちに顔を向け、軽く頭を下げる。全員に下げることなど容易だった。それだけの数しか、最初は居なかったのだ。


 が、徐々に増えた。年齢に偏りは無い。だが、アスピデアウスに連なる者は少ない。


「今のカルド島にはアレッシアの味方が少ない」


 サジェッツァが立ち上がって言った。

 拍手が止まり、再び議場が静かになる。


「どうするつもりか、筋道だけでも教えてくれないか?」


 エスピラは完全にサジェッツァの方を向いた後、左手を顔の高さまで上げた。



「神殿関係者を連れて行きます。アレッシアでは任期の終わるシジェロ・トリアヌスが乗り気ですので、彼女は連れていく予定です。何せ凄腕の占い師ですから。影響は大きいでしょう。

 それから、トリンクイタ様を神官として連れて行きつつ、守り手も数名連れて行きます。連絡の取りやすさから言って、私の息子であるマシディリとクイリッタも守り手に任命してもらった方がよろしいかと。いえ。して頂きます。


 カルド島は戦場。味方が少なく、いつ、どこから刃が襲ってくるのかなんて言うのは分かりません。神殿関係者と雖も死ぬ可能性は高いでしょう。だからこそ、ウェラテヌスが責任を持って務めを果たさねばならないのです。それが、父祖より受け継いできた魂だ、とは、此処にいる皆さまには言うまでもありませんでしたね。


 その他の融和政策としては、大道芸人などを連れて行き、民に娯楽を提供します。言葉は通じないことも多いでしょう。ですが、彼らの言葉の要らない芸は伝わります。芸人たちの失礼極まりない言動も大きく抑制できますので、むしろエリポス語を話せない者の方が良いとすら私は考えておりますが、如何でしょうか?


 戦闘についても、私は八年前にカルド島で募った傭兵や共に戦ったエクラートンの兵がおります。ドーリス王アイレスが傭兵としてハフモニに行った者から二万にも及ぶ傭兵の軍団が新たにカルド島に送り込まれることが私に伝わるように、私が行くからこそ情報を伝えてくれる者もいるでしょう。それに、私やイフェメラ、ソルプレーサにシニストラ、私の被庇護者と私が連れて行きたい軍団にはカルド島の地理に明るい者が多く居ります。


 ですので、上陸までは神殿勢力と歩調を合わせて。

 上陸後は行軍に劣る神殿勢力をスーペル様に預け、私たちはカルド島を駆けまわる。

 アイネイエウスの動きを把握し、釣りだし、マルテレスと共にぶつかる。


 アイネイエウスがマルテレスを恐れているのは明らかです。

 何より、マルテレスは今のアレッシアで最強の軍事命令権保有者。戦場にさえ引きずり出せれば必ずやアイネイエウスに勝利を収められましょう。


 スーペル様も非常に優秀で経験豊富な軍事命令権保有者です。行軍速度が大きく遅れざるを得ない女子供を連れても、立派に守り、務めを果たしてくれるでしょう。アレッシア人らしく毅然とした態度を取りつつ、民を安心させられるでしょう。


 これこそが、概略です。必要な人材の半分は既にカルド島に居るのです。元老院の皆々様の目が確かだからこそ、多くを必要としないのです」



 堂々と言い切ると、エスピラは左手を下ろした。


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