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議場(せんじょう)

「アネージモ様を糾弾した日を思い出しますね」


 郎、とエスピラは議場の中心から端々まで声を通した。


「あの日もこんな感じでした。多くの者がウェラテヌスの若造が、戦犯がと見下し、国の宝を殺す決定に一切の迷いを見せず神の怒りを買おうとしておりました。

 まあ、あの時と違って私はもう三十二。実績も、此処にいる多くの者より上でしょう。何よりも民の視線が違います。


 此処に来る途中、前はどうだったか。

 誰かに出迎えられることも無く、誰も私を見ようとせず、期待すらしておりませんでした。


 ですが今は違う。正しくウェラテヌスとして、建国五門として。私は、今、出迎えられて此処にいる」


 不快感をあらわにした人は少なかったが、不快に思わなかった者は多くは無いだろう。


「何故出迎えられたのか。

 もう誰もがおわかりでしょう。


 カルド島。


 彼の島を取り返す。素早く奪い返すために、私が期待されている。


 エクラートンが裏切ったのは何年前ですか? もう五年も前です。

 私がメガロバシラスを抑えるのに三年。今は亡きメントレー様がオルニー島を奪還するのには半年も要らなかった。それなのにあの島に五年もかかっている。これを失敗と言わずして何と言うのでしょう」


 エスピラの演説の途中だが、元老院議員の一人が立ち上がった。

 その男を視界の端に捉えていたエスピラは口を止め、体を少しだけその男に向ける。


「その前にカルド島を抑えたのは他でもない貴方だ。即ち、この五年の失態は貴方にも責任があるのは明白では無いか!」


 そして、男が吼えた。


「なるほど」


 エスピラは、静かに切り出し、体を完全にその男に向けた。


「エリポスに居た私に、元老院を介さずにカルド島にも干渉しろとおっしゃりたいのですか? それとも、それだけの広範囲にわたる権限を私に下さると? あるいは、自分がただその椅子に座っていたいだけですか?


 確かに私にも責任はあるのでしょう。ですが、タイリー様敗死の衝撃の中、タイリー様が準備された資金と僅かな援助、そして若い軍事命令権保有者を信用しきれていない五千の兵で私と同じことができる人が居るのなら、今、名乗り出てください。


 否。居るわけが無い。

 何故か。お前らはずっと此処に座っていたからだ。


 私だって今は臨時の元老院議員です。ウェラテヌスの当主、建国五門の当主として、臨時でその地位を得ておりますが、アレッシアの慣例通りに私は主に戦場に出ておりました。


 で。君達は?


 此処の椅子を温めている時間が長いそうじゃないか。とんだ愚か者だ。元老院議員が、民の気持ちを分からない、分かろうともしないとは笑いものだ。

 政治を行おうと言う者が、自国の民の気持ちが分からず自国の民に寄り添わず、自国の民を消費するような政策を行う。


 これが正しい国の姿か。誇りあるアレッシアの姿か。


 馬鹿にするな!


 アレッシアを、馬鹿にするな。そのような腐った国では断じてない。

 内政が必要なのも分かる。この国難で戦場に立つのではなく、此処にどっしりと腰を据えて政務を執り行う者が必要なのは当然だ。そうあってしかるべきだ。


 で? 此処にいる全員がそれを行っているのか? 自分の椅子を守ることで汲汲としている者が多いんじゃないか?


 端的に言いましょう。

 私を執政官にしろ。二年以内にカルド島の片を付けてやる。


 もちろん、断っても構いません。元老院議員の肩書を持つ者を半分でもカルド島に送り込めば解決いたしますから。元老院議員には従軍する責務がある。その責務を果たした気になって、少し出て行っただけで自分の椅子でぬくぬくとしている者たちがカルド島に行けば状況は好転しますよ」


「口を慎め若造!」


 叫んで立ったのは五十代の元老院議員。

 ただ、インツィーアの敗戦で多くの元老院議員が失われる前に元老院議員になった者では無い。


「そのカルド島の抑えに失敗したのは誰だ。八年前と同じことを繰り返すだけだろう。他ならぬ君自身がカルド島を制圧したのに、失敗したんだ。凱旋行進まで行ってやったカルド島の制圧任務は、結局失敗しているのだぞ? 

 そもそも、自分自身が此処にいる半数の元老院議員と同じ価値があると思っているのなら思い上がりも甚だしい。

 エリポスを抑えた? 仲の良いマフソレイオの力もあってだろう? お前の力じゃない。タイリー様の威光を使った力だ。違うか?」


 エスピラは、男の主張を鼻で笑った。


「まさか。私よりも優れた者はいるでしょう。

 ですが、残念ながらその者達は内政のために残らざるを得ません。はるか遠くカルド島までは行けないのです。その代わり、数合わせの者達ならいける。


 貴方は自分の発言の最中に周りの人の顔を見ましたか?


 凱旋行進は凱旋式に比べれば確かに格は落ちる。だが、それはアレッシアが認める由緒正しい催しです。その批判。否定。即ち父祖の否定。罵倒。時の元老院議員であったサジェッツァやタヴォラド様などの目を節穴だと断じる行い。


 貴方が糾弾したのは私では無い。

 貴方を、元老院議員に引き立ててくれた者達だ。そしてその者たちの目が節穴だと言うことは貴方も実は力が無い。かも知れないと言うこと。


 ええ。ええ。自虐で言ったのであれば真面目に返してしまって申し訳ありません。心から謝ります」


 言って、エスピラは慇懃に頭を下げる。

 それから、と顔を真っ赤にしている者が何かを言う前に、空気を掌握する明朗な声をエスピラは発した。


「カルド島の失陥に関しては確かに私は私にも責任があると申しました。


 それは何か。

 諸都市の自治を認めたことです。


 とは言え、責めるおつもりならば貴方がたは何故援軍を送ってくれなかったのか。アレッシア兵をくれなかったのか。家で何をしていたのか。


 それをお教えください。


 僅か二十四歳の若造が、信頼関係を築いている途中であり誰がどういう性格なのかを把握している最中の僅か五千の軍団でカルド島と言う広い島を掌握する。そのことの大変さと取らざるを得なかった手法を考えたうえで私を糾弾してください。


 そして、何故できる手法がありながら黙っていたのかも教えてください。

 私より良いやり方を知っていて、黙っていたなど。どうしてもハフモニに利したい、他国に阿りたい輩にしか私には思えませんから。正式な理由をつけて、糾弾してください」


 エスピラは睨むようにしてぐるりと議場を見渡した。

 顔色が変わらない者は変わらない。顔を下に下げる者は下げる。


 一応は元老院議員である。口をつぐむというのが正解だと言うことは、相対的に愚かな者でも分かるようだ。


「あと、私がカルド島を失陥したくて失陥させたと思う者も名乗り出るが良い。


 この、エスピラ・ウェラテヌスが。建国五門の一つウェラテヌスが。どの家門よりも私財を投じ、家を傾け、血を流し、それでもアレッシアに尽くしてきた一門の魂を継いでいる私がカルド島をわざと失ったと思っている者は名乗り出ろ!


 ウェラテヌスに大事なのは血では無い! その誇りと魂を受け継いでいるかだ! 血の繋がりだけで誇りが継承できるならば、魂が継承できるならば、家門の名前だけで全てを決められるはずだ!


 だが、アレッシアは明確に人を見出し、要職に就けて来た。


 サルトゥーラ・カッサリアを見よ。

 カッサリアは、有名な家か? 名門か? 建国以来の血筋か?

 違う。サジェッツァが見出し、そしてその期待に応えて見事な事務処理能力を見せている者だ。


 フィガロットを思い出せ。あの男は明確に建国五門の一つナレティクスの血を引いていた。で? 何をした?

 アレッシアを裏切ったではないか。


 そうだ。確かに血だけで私がウェラテヌスの者かは分からないだろう。

 だが、私は此処でアネージモ様を糾弾した折、莫大な借金を抱えてまでアレッシアに尽くした。追加支援なくメガロバシラスを抑えた。要請を断られながらもマールバラ対策を徹底した。


 さて。聞かせてもらおうか。


 カルド島失陥の責任は、誰にある?」


 そして、エスピラは最初に吼えた男を睨みつけた。


「答えろ。ボルニカ・アスピデアウス。吼えたからには吼えただけの根拠があるのだろう?」


 返事は、来ない。


 ただの静寂。汗が垂れる音すら聞こえそうな時間。

 衣擦れの音一つ立たない空間が広がり続けるのみ。


「私が軍事命令権を授かっていた軍団に君が居たのなら、今頃は一般兵に落としている。君より優秀な者はどこにでもいるからな」


 次に、エスピラは五十代の男の方を睨んだ。


「エスピラ様の支配体制が悪かったのに違いは無い」


 そっちは、汗にまみれながらも強く言い切った。


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