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腹を探るつもりなら

「ちなみにだが、ボレアス。マルテレスが内応者に出した条件は何か聞いても良いかな」

「金銀食糧の分け前に、エクラートン陥落後の要職に就けると申しておりました」


 普通の条件だ。

 良くある話である。


(スクリッロ将軍の望みね)


 王家の再興なら、エスピラとて此処で手を切らざるを得ない。

 あるいは、エクラートンを開けさせてから闇討ちをするか。


 残念ながら、アレッシアにとってエクラートンは既に滅ぼすべき国家だ。重大な裏切り者なのである。


 その許しを執政官であるマルテレスから引き出そうとしているのなら、無駄な努力としか言いようがない。


「ボレアス。念のためにスクリッロ将軍に伝えてほしいのだが、アレッシアは人質を許さない国家だ。ウェラテヌスもそれで多くの者を敵対部族に殺されている。だからこそ、今やウェラテヌスの男系は私の一門しかないとも言えるくらいにね。そのこと、今一度考えてから手遅れにならないように頼むよ。私も、貴方たちを見送りたくはないからね」


「重々承知しております。スクリッロ様は、今は亡きタイリー様とも交流が深いお方ですので」


「そうかい。なら良いんだ。いや、良くは無いか。マルテレスは私の親友でね。何かを探りたい、引き出したい。大いに結構。だが、それをやってもしマルテレスへの不利益に関与していたとなった場合、私も君達へ不信感を抱くことになる」


 声を低くして言った後、エスピラは身を少し前に出した。外よりも冷たい視線で、ボレアスを見据える。


「さて。ボレアス。何が望みだ?」


 ボレアスの背筋が少し伸びた。


「エクラートンは、長年アレッシアの友好国でした。インツィーアの戦いの後も変わらぬ支援を行っております。そのこと、今一度心に刻んでいただいたうえで裁定を下していただきたいのです」


 ボレアスの口だけが、今までよりもやや早く動いた。

 エスピラは酒宴用の笑みで数度首を縦に動かす。


「素直は美徳だよ、ボレアス。私からもマルテレスに一筆書いておこう。ついでに、アレッシアに役立つ、決して裏切らない人物を幾人か上げてもらえると嬉しいな。

 都市の占拠とその後の統治方針についてはマルテレスよりも私の方が経験があるからね。マルテレスも、完全には無視をしないと思うんだ。もちろん、マルテレスの周囲次第なところもあるけどね。


 もし駄目だったら、私を呼んでくれ。スクリッロ将軍は流石に処刑されないはずだ。引き延ばしている間に、私が必ずやマルテレスと君たちの間に入るよ。


 ただ、略奪から身を守りたいのであればアレッシアに自ら協力するしか無いだろうな。本人が奴隷として売り払われることや連れていかれることは防ぐが、物品まで制限しては軍団が崩壊する。誰もついてこなくなる。そんなこと、エクラートンの兵だって同じだろう?」


 兵の楽しみは何か。命を懸けて得られる報酬は何か。

 それは、戦地での略奪による戦利品だ。


 アレッシアは一定の割合を国庫に納める必要はあるが、奪えば奪うほど自分も稼げるのである。従軍している間は商売も農業も本人は出来ないのだ。それぐらい無いとやっていけない者だって多い。


「エスピラ様の軍団ならば物品の略奪制限も可能なのでは?」


「また蔵を空にして家門を傾け、子に屈辱を与えろと? 流石に不快だぞ、ボレアス。二度目だ。友に対する批判と、無責任な押し付け。私たちは初対面だろう? 違うか?」


 略奪を制限した場合どうするのか。

 兵の不満を抑えるために、どこかから何か褒美を持ってこないといけないのだ。


 つまり、それはウェラテヌスの私財からとなる。


「申し訳ございませんでした」


 失礼だったとは思っていないかのような真顔に近い、瞬きの少ない目でボレアスが頭を下げた。


 ルカッチャーノがボレアスに少し厳しい視線を向ける。


「自分は何もしないがあれも欲しい、これも欲しいでは話になりません。流石に違うとは思いますが、もしも交渉に不得手なのであれば気を付けた方が良いでしょう。それから、エリポスは曲者の宝庫。一見交渉下手なフリをして油断を誘う者もおりました。

 幸いなことに、エスピラ様のご厚意によって軍団でも高官に名を連ねる者は顔と腹が違う者達との交渉経験があります。情報の共有では無く交渉のために来ているつもりなら、それ相応の覚悟をしておくよう願います」


 やや厳しい声でルカッチャーノが言い切った。

 何を映しているのか良く分からないボアレスの目がルカッチャーノに向き、「申し訳ありません」としっかりとした声で呟くように言った。


 ぽん、とエスピラは手を打つ。


「横から見ることで、一つ思い至ったことがある」


 エスピラの明るい声によってか、四つの視線全てがエスピラに集まった。


「まずは厳しいことを言ってすまない、ボアレス。こちらもついつい気が急いでいたみたいだ。アレッシアの文化を知っているとはいえ、君にとって此処は初めての土地。そして何より何年も緊張感ある中で過ごしていたんだ。

 まずはゆっくりと気を落ち着かせてくれ。私たちは仲間だ。敵では無い。互いに無駄に探り合いを行い、敵愾心を高めるのは得策では無いどころか共通の敵に利するだけだ。だろう?」


 早くなく遅くなく。

 エスピラは、しっかりと届くようにボアレスに語り掛けた。


 ボアレスの目だけが動く。


「ルカッチャーノ。ボアレスの世話を頼んで良いか? 多分、君が一番付き合いが長くなる」


 エスピラはアレッシア語でルカッチャーノに聞いた。


「構いません」

 と、ルカッチャーノが由緒正しい顔で頷く。


 言葉の通じていないかも知れないボアレスに配慮した、悪意など微塵も無いような顔だ。


 エスピラも笑みを湛えつつルカッチャーノに頷き返し、ボアレスに視線を向ける。


「ボアレス。何か困ったことがあったらルカッチャーノを頼ると良い。きっと、長い付き合いになる。今のうちに個人的に信用できるかどうか、信頼関係が築けるかも確かめておくと良い。

 私はルカッチャーノなら心配いらないと思っているが、人と人だからね。どうしても無理なこともあるだろう。その時は遠慮なく言ってくれ」


 そして、流暢なエリポス語に変えてボアレスに伝えた。


「お気遣い痛み入ります。しかし、私たちの付き合いは個人同士の人間関係に非ず。個人の好悪などよりも互いの主からどれだけ信用されているかのみが私にとっては大事になりますので。エスピラ様の信任厚いルカッチャーノ様に何か不満を抱くことは無いと神に誓いましょう」


 ガラス玉のような目を一度も瞼に隠すことなくボアレスが言い切った。

 基本的に真顔な彼に、エスピラはそれでも笑みを向け続ける。


「そうか。それは頼もしいな」


 まあ、今は食べると良い、とエスピラはボアレスの前のチーズのはちみつ和えに手のひらを向ける。


「私もアレッシアに行かざるを得ない時があるからね。その時はルカッチャーノやヴィンド、ソルプレーサらと話し合ってくれ」


 言いながら、エスピラもスプーンを取ってチーズを混ぜ始めた。

 ボアレスの目がシニストラに行って、徐々に戻っていく。


「シニストラは私と共にアレッシアに行くからね。私は、強そうに見えないだろ?」

「いえ」


 エスピラの冗談めかした言葉は、しかしすぐにボアレスに真面目に否定されてしまった。

 そんな様子にもエスピラは声を漏らした笑いを返し、チーズをすくう。


「そう言ってもらえて嬉しいよ、ボアレス」

「ドーリス王に勝ち、北方諸部族も一撃でのしたと聞いております。誰もがそう言うのでは?」

「一撃で倒した、と言うのは言い過ぎかな」


 上機嫌に見えるように笑いながら、エスピラはチーズを口に入れた。

 舌で溶ける様を味わいながら、ゆっくりと嚥下する。タイリーが好んでいた味とは少し違う、甘みなどの外からの味付けを抑えてよりチーズの味を濃くしたモノだ。


「君の武勇伝も何か聞いてみたいな。スクリッロ将軍から気に入られた何かがあるのだろう? ああ、ただ、この後私はアレッシアに行くのでね。茶飲み話などで使ってしまう可能性があるから、話したくないのであれば無理強いはしないよ」


 そして、エスピラも雰囲気をより溶かし、ボアレスとの雑談を試みたのであった。


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