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連鎖

 姿は堂々としつつも足音を立てずにエスピラはディアクロス邸を進む。


 気配は極力消し、それでも直接姿を見れば存在が分かるように。そうしてたどり着いた先で、エスピラはまたもやノックせずに扉を開けた。姿は見えない。が、気配はある。


「母上に言いつけるぞ、クイリッタ」


 エスピラは、気配のする方に向けて声を投げた。


 少しだけ間があって、クイリッタが物影から出てくる。顔をうつむき気味。反省しているようにも見えるが、眼力は強く口は硬い。反抗心に溢れているのが良く分かる顔をしている。


「座りなさい」


 エスピラは、そんなクイリッタに強く言葉を放った。

 目は息子を捉えたまま、顔を僅かに動かしてソファを指す。

 クイリッタは動かない。


「座りなさい」


 二回目はさらに低い声で。


 びくっ、とクイリッタの肩が跳ねた。硬く開かれた目が細かく揺れ、ゆっくりとソファに向かう。

 座ったのを見てから、エスピラもクイリッタの前にしゃがんだ。


「父がなんで怒っているのか、分かるな?」


 俯き加減のクイリッタの目をエスピラは逃がさないようにしっかりと見据えた。

 クイリッタの口がもごもごと動く。唇はほとんど開かない。


「分かるな?」

「父上だって……」


 もごもごとクイリッタが小さな声で言ったが、続きはやってこない。


「父だって何だ?」

「…………いえ。なんでもありません」

「そうか」


 エスピラは右手を伸ばした。クイリッタの左肩を掴み、下がって行ったクイリッタの目としっかり合わせる。視線を向けさせる。


「クイリッタ。お前の軽率な行動で何人の人間が動いたと思う?」


 クイリッタは何も言わない。


「百人以上の人間が動いたんだ。クイリッタを想って、何かあってはいけないと。それだけの人間が振り回されたんだ。分かるか? クイリッタ。その者たちにも用事があっただろうが、皆お前を優先したんだ」


 クイリッタの目がまた逸れた。唇も再びやや尖っている。


「ウェラテヌスはアレッシアの名門だ。その一言で多くの人が動く。軽はずみな一言、浅慮な一言で多くの人を振り回してしまうんだ。

 とは言え、慎重になりすぎるのもいけない。失敗はつきものなんだ。クイリッタ。だからこそ、私たちは自分の発言に責任を持ち続けないといけない。

 振り返ってみてどうだ、クイリッタ。今日のお前の行動は、今日の自分にとって最善だったと言い切れるか?」


 エスピラは、少し待つ。

 クイリッタの目は相変わらずエスピラとは合わないまま。両手はしっかりと自身の衣服を握っている。


「質問には答えるんだ、クイリッタ。そうでないと、父もクイリッタの質問に答えなくて良いことになるぞ」


 クイリッタの視線はエスピラから外れたまま、口が開かれる。


「……分かりやすい所に隠れていたつもりです。今日のことを、将来語れるかどうかはこれから次第だとも思っています。今の行動の是非など、結局は後の者が勝手に決めるのではないでしょうか」


「信念をもって振り回したんだな」

「…………判断を誤って九十八人以上の人を振り回したのは父上の方でしょう」

「なるほど」


 頷きながら、エスピラはクイリッタの肩を掴んでいた右手を離した。


「確かに父がクイリッタの望むようにクイリッタのことを分かっていれば被庇護者たちを振り回すことは無かったな。それは事実だ。クイリッタの言っていることは正しい。

 だが、同時に私はお前を決してウェラテヌスの当主にしてはならないと思ったよ。

 クイリッタ。多くの人が影響を受けることに於いて、当事者の内誰かが全部の責任を持つことは無い。相手にも責任があることが多いんだ。


 父がクイリッタを理解していれば被庇護者は振り回されずに済んだ。だが、その前にトリンクイタ様が報告してくれれば未然に防げていた。厩舎係が乗らなければことは起こっていなかった。クイリッタが行動に移さなければ、彼らに責任が生じずに済んだ。

 それを無視して、父に全て擦り付けようとしたわけだ。違うか?」


 エスピラはクイリッタを見下ろした。


「別に、擦り付けようだなんて」

 と、拗ねたようにクイリッタが呟く。



「例えば、だ。私は先のメガロバシラスとの戦いはハフモニに応じようとしたメガロバシラスが悪いとしか主張しないだろう。メガロバシラスの所為で起きた戦争だと言うだろう。


 だが、その前にアレッシアがディティキを同盟諸都市にしたことがメガロバシラスを刺激している。そのディティキもアレッシアの使節を殺しており、それは使節が挑発したからだがそもそも使節を送らざるを得なかったのはディティキが海賊を援助していたからだ。


 何故海賊を援助していたのかと言えば第一次ハフモニ戦争で一気に海軍力を強化したアレッシアが脅威になったからだろうな。アレッシアが海軍力を付けたのはハフモニとの戦いで海軍力が無いと駄目だと分かったからで、ハフモニと戦うことになったのは利害が衝突したから。ハフモニの支配体制にとってアレッシアの力が脅威になったからで、アレッシアが力をつけたのはその前にメガロバシラスが半島に攻めて来たからだ。


 メガロバシラスが昔半島に攻めて来たのはアレッシアが半島の制圧に乗り出したから。半島の者がメガロバシラスに助けを求めたからだ。だが、メガロバシラスに助けを求めて来た者もアレッシアを攻めていた。領土を侵し、人をさらっていた。


 なんで互いに戦っていたのかと言えば我ら建国五門があぶれ者や不当に弾圧された者を集めてアレッシアを建国したから。アレッシアに魅力を感じて移住してきた者や街の発展のために奴隷として人さらいをしたから。


 長くなったが、クイリッタ。私がエリポスで行った戦いの本当の責任は誰にある?」


「我らの父祖を不当に弾圧した者達では無いでしょうか」


 クイリッタがぼそりと答えた。

 エスピラは、一応頷く。雰囲気や衣擦れの音でも分かるように、クイリッタに伝わるように気を付けて。


「だが、段階を追って行けばどこかで止めることもできたはずだ。そもそもハフモニと第一次戦争になったのもアレッシアにとって圧倒的に不利な不平等な条約が原因で、それが結ばされたのにエリポスが関係無いとも言い切れない。

 まあ、単純な説明にすぎるから、本当は途中で止まるなんて現実的では無いほどにたくさんの事情があったりもするのだけどね」


「……発端は父上でも、途中で止まることが出来たはずだと言いたいのですか?」

「そう言う風に捉えるな」


 苦笑して、エスピラはクイリッタの頭を撫でた。クイリッタが一度だけ嫌がるようなそぶりを見せたが、抵抗は弱くエスピラの手の範囲にとどまったまま。離れることも無い。


「確かに発端は父かも知れない」


 メルアの「私の子」と言う言葉を思い出しながら、エスピラはクイリッタの隣に座った。頭は撫で続けたままである。


「マシディリは凡そ後継者としては完璧だ。馬術剣術戦術戦略、人に自分の力を認めてもらえることや語学能力にウェラテヌスの者としての振る舞いもできているしな。やや背負い込み過ぎるきらいはあるが、後継者として教育を施すため一緒に居る時間は長くなるのは当然だろう?


 リングアやチアーラ、ユリアンナは素直に私に甘えてきてくれるからな。つい私も甘やかしてしまう。これは父の欠点だな。

 アグニッシモとスペランツァはそもそも他人と認識されていたところだから、何としてでも父を父として認識してほしかったんだ。だから、良く構っている。


 一人だけ、もっとも寂しい思いをさせてすまなかったな、クイリッタ」


 クイリッタの顔がさらに背けられた。


「別に……寂しいなど、思ってません……」


 くすり、と零れた笑みを隠して。エスピラは、クイリッタの頭をさらにやさしく撫でた。


「人は活躍できる場所がそれぞれ違うと私は思っているんだ。クイリッタ。確かにリングアにまで剣術で負けたのは悔しいだろう? その上、無邪気に自慢もするのだから兄としては溜まったモノじゃない。

 でもね、それがクイリッタの評価に何か影響を与えることは無いよ。

 クイリッタは私の大事な息子だ。必ず活躍できる場を用意して、クイリッタの力を世界に証明して見せる。それが父としての私の役目だ。

 信じてはくれないか?」


 手を止め、エスピラはクイリッタの左肩に左手を回した。クイリッタの右肩がエスピラの右わき腹に微かに触れる。

 クイリッタの顔が少しだけ正面に戻ってきた。


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