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「決意だよ」

「ソルプレーサ。幾つか頼みごとがある」

「何でしょうか。私がカリトン様の副官になること以外でしたら何でも前向きに検討させていただきます」


 根に持っているのか、とエスピラは苦笑した。


『筋を通す』と、カリトンからソルプレーサに来年の副官になってくれないかと頼みに行ったらしいのだが、ソルプレーサがすぐに断ったとは両者の口から耳にしている。片方は仕方がありませんね、と言うさっぱりとしたもので。もう片方は何故早くに止めなかったのかと恨み言と共に。


「この三年間の戦いでカルド島での信仰に大事な場所やモノがどこに避難したのか、あるいは移動していないのかを全て調べてくれ。それから、スクリッロ将軍とも連絡を取りたい。良いか?」


 スクリッロ将軍はエクラートンの将軍である。

 エスピラとは、カルド島の作戦で行動を共にしたこともある、顔なじみの者だ。


「マルテレス様への支援と考えても?」


 ソルプレーサが陰に入るかのような声で言った。


「私が私の被庇護者たちの意見を聞き、行動を決めたいからと答えても大丈夫なのか?」


 エスピラは左の口元だけを上げ、ソルプレーサからは陽の光で見えにくい位置に顔を持っていく。


「私たちはウェラテヌスの被庇護者。ひいてはエスピラ様個人の魅力に依ってウェラテヌスに着いた者。エスピラ様が望む時期までに仕事を完遂させられるかは分かりませんが、エスピラ様が最も必要とされる時期までには完了するとお約束いたします」


「それは君達が決める必要としている時期だろう?」


 くすりと笑って、エスピラは顔を遠くで剣術の稽古をしているマシディリの方に戻した。


「フィルフィア様を奪いたいな」


 フィルフィア・セルクラウス。

 タイリー・セルクラウスの四男。メルアの腹違いの兄。


「厳しいでしょう。タヴォラド様は人気こそ失いましたがその手腕は優秀な者ならば皆評価しております。インツィーアの敗戦から立ち直れたのはタヴォラド様の力による部分が大きいですから。フィルフィア様がわざわざ住居を変えるとは思えません」


「ティミド様か。ティミド様なあ」


 そうなると、と言う話である。


「カリトン様やピエトロ様が中心となって元老院からの支援を取り付けられるように動いてくれております。そこまで焦る必要も無いかと」


「焦りもするさ。元老院からすれば私は他国の影響を受けているようにも見えるだろう。そうでないとしても、他国の影響を受けている者を自国の中枢にはしたくは無い。それは私も同じだ。だからこそ、証明するために元老院側の協力が必要なのだが。どうやら、元老院を良く思わない者が多くなりすぎているとは思わないか?」


 エスピラとて、ヴィンドやルカッチャーノが主張するように多すぎる頭による政治は望んでいない。数の多すぎる元老院議員が毎度毎度会議を開いて国家の方針を逐一決めるのではなく、代表を作るなり頭の数を減らさないと対処が遅れることが増えてくると思っているのだ。

 だが、それはそれとして完全に元老院と敵対するつもりも無い。


 少々空いた間を、エスピラは笑みで埋めた。


「開戦当初のように愚か者の意見が優先される仕組みは変えたいと思っているが、その過程で優秀な者を失っては意味が無いんだ。ソルプレーサ。私は敵対を望んでいないことをそれとなく軍団内に周知しておいてくれ」


「かしこまりました」


 ですが、と続く前にエスピラはまだ話は続くぞと言う雰囲気をソルプレーサに向けた。

 ソルプレーサの口が閉じる。


「それから、ロンドヴィーゴ『様』のような者達をやる気にさせ、上手く力を使う術も知っている者が居たら私に教えて欲しいな」


 ソルプレーサの顎が少しだけ右にずれる。


「それは、甘さですか? それとも決意ですか?」


 エスピラは瞼だけを動かした。視線は二人の息子に固定されている。

 愛妻と同じ髪色をした長男は何度も挑みつつ、負ける度に話し合いを行っているようだ。自分と同じ髪色の次男はむくれた顔で最低限の稽古だけで済ませたいらしい。


「決意だよ、ソルプレーサ。だが、できる限り胸に秘めたままにしてくれ。私と、君と、シニストラ。もしかしたらグライオにも話すかもしれないな。ヴィンドやルカッチャーノともある程度は道を同じくするだろう」

「多いですね」

「鏡だよ。私を警戒している者からすれば、そう見えるだけ。そう言うことにしておこう」


 エスピラの視線の先に、兄たちの稽古に三男であるリングアが加わったのが見えた。

 リングアは楽しそうに木剣を持っているが、まだ剣に振り回されている。その後ろで、次女のチアーラがきゃっきゃと楽しそうに笑っていた。マシディリは、仕方ないと笑みを見せて稽古を中断し、クイリッタはその隙にとそそくさと室内に入っている。


(ウェラテヌスが元老院の第一人者になり、その規模を縮小させると言ったら、父上は何と言っただろうか)


「分かる訳が無いな」


 呟き、子供たちから目を切る。

 エスピラは父オルゴーリョのことはほとんど覚えていないのだ。兄と母の顔は覚えているが、声はもう思い出せない。


「確かなことは、新たに権力を握り始めた者にとってエスピラ様は脅威であり、排除したい対象であると言うことです」


 少しずれたことをソルプレーサが言った。

 だが、仕方が無いだろう。他人の思考を覗ける者など存在しないのだから。


 会話は終わり、と振り返った先で机の上からひょっこりと覗くのは、妻と似た色である五男の髪。時折、自身に似た四男の髪も混ざる。


 エスピラは、表情を一気に緩めると再び室内に入って行った。


「何をしているんだ?」

「ちーうぇのまね」


 双子の声が揃う。


「父は座っているだけじゃないぞ?」


 言って、エスピラは双子を抱きかかえた。



 来年の官職が発表されたのはカリトンらが帰ってくる前。


 法務官及び軍事命令権保有者カリトン・ネルウス。

 副官ヴィンド・ニベヌレス。

 騎兵隊長イフェメラ・イロリウス。

 軍団長エスピラ・ウェラテヌス。


 この若い面子を支えるために軍団長補佐筆頭はピエトロとエスピラによって軍団長補佐から外されていたフィエロが就いた。


 大きな変化は他にもある。エリポスに行った者が大勢所属する軍団に着く四人の軍団長補佐についてだ。引き続きの人物としてジュラメントがいるが、後は新任。若いヴィエレ、壮年のプラチド、アルボール。いずれも、エスピラの被庇護者となった者。


 次にディラドグマ以降について行かなかった四千にアレッシアから騎兵二百を含む五千が追加されて一個軍団が完成する。

 軍団長補佐筆頭こそフィエロで、エスピラによって外されていたジャンパオロも軍団長補佐に就いたが、此処にはアレッシアから新たなものが派遣もされた。一人は五十三歳になるカレロ・ウィングウス。もう一人はパラティゾ・アスピデアウス。サジェッツァ・アスピデアウスの長男にして二十二歳になる若者が、来たのであった。


 また、此処に書かれなかった者はディファ・マルティーマで官位を持つ者もいる。


 ルカッチャーノが財務官に。

 トリンクイタとファリチェが造営官。シニストラとフィルムが按擦官。


 他にも軍団では軍団長補佐以上にならなかった者四名を何らかの官位に当選させアレッシア内に残した。宗教的地位もカウヴァッロなど九名を守り手とし、カウヴァッロを除く八名の内七名をアレッシアに。ネーレも神官としてアレッシアに派遣した。


 この時、ネーレを除く者はディファ・マルティーマやトュレムレなどの南部の大都市出身であり、任期が終わると同時に帰ってくる。

 そうでなくとも、エスピラの支援の下で当選したのだ。取り込まれそうになっても一定の間はエスピラに恩義を感じてくれるだろう。同時に、冷遇しすぎればエスピラの方が良かったとなり、優遇しすぎれば市民にやはりエスピラが見抜いた人材だともなる。


 エスピラを快く思わない者が送り込み過ぎだと陰口を叩けても、表では何も言えない。優秀な人材を送り込んだだけであり、それはアレッシアを思った行動だと言えるのだから。


 こうして、そっちがその気なら黙ったままでは終わらないと宣言したようなエスピラの三十一歳の年は始まったのであった。


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