名門のやり方
「アスピデアウスは全面的に支援しよう」
「それはありがたいが、幾ら友達だからと言ってそこまで金を借りるわけにはいかないだろ」
金を借りると言う行為は同時にその候補者を応援すると金持ちが表明することである。
被庇護者の多い庇護者ならその票がまるまんま入り、有利になるのだ。
逆に金を借りる人が少ないと、自動的に入るとも言える票が減り、その分金を使わざるを得なくなる。
オピーマ一門が元老院に人気が無く、アスピデアウスからしか借りられないのは痛いのだ。
「友のためでは無い。アレッシアのために支援するのだ」
マルテレスが高官に就けないのは国家の損失だと、そう、サジェッツァが宣言したも同然である。
「マルテレスが出るならウェラテヌスも微力ではあるが手伝うさ」
エスピラもマルテレスが高官になれないのは損失であると考えているため、サジェッツァに同乗した。
「まあ、今のウェラテヌスには選挙に勝てるほどの金を渡せるだけの余裕もひっくり返すほどの被庇護者の票もないけどな」
「いや」
エスピラの自虐をすぐさま否定したのはサジェッツァ。
「建国五門の影響力は大きい。資金力に大きく劣るアスピデアウスがセルクラウスの対抗馬になっていることからも、良く分かるだろう?」
大きく劣る、と言ってはいるがアスピデアウスも十分すぎるほどにお金がある。
五年前にはアレッシア市内の上下水道の整備を一手に引き受けてはいるし、建国五門の中で一番被庇護者が多いのだ。
マルテレスもエスピラと同じようなことを考えていると顔が語っている。
その様子に気が付いたのか、サジェッツァが酒で喉を湿らせた。
「アスピデアウスは今でも文句なしの五本の指に入る権力ある一門だが、他はセルクラウスなどの別の貴族に押されているだろう? 一門だとタルキウスが法務官経験者を二人抱えてはいるが元老院議員の椅子は一つ確保するのがやっと。ニベヌレスはメントレー様が永世元老院議員ではあるが、他は法務官候補にもたまに名前が上がる程度。ナレティクスに至っては酒池肉林を繰り広げている堕落した一門だ」
「ウェラテヌスは最高官位が財務官だしな」
サジェッツァが言うべきか迷ったのか、一瞬口を噤んでエスピラを見た拍子に、エスピラは肩をすくめてそう言った。
まあ、間違いなく今の建国五門で一番権威が無いのはウェラテヌスだろう。そこに、異論は無い。忸怩たる思いはあるが、否定はしない。
「だが、それでもタイリー・セルクラウスが機嫌を取るために建国五門を招いた晩餐会を開くぐらいだ。元老院とて無視はできないだろう」
「表向きはメルアの正式なお披露目だけどな」
民に見せ、友に見せ、それから貴族社会で披露する。
それの何がいけないのか、とタイリーが言いつつもメルアを隠していたことを取り繕うべく開かれる予定なのが建国五門を招いた晩餐会だ。
当然のことながら、サジェッツァも妻ジネーヴラも招待されている。
「セルクラウスの晩餐会か。ルキウス様のは楽しかったなあ」
マルテレスの恍惚とした呟きに、サジェッツァが咳ばらいを返した。
「その席で私はマルテレスを護民官に推挙するように建国五門に協力を要請しよう。お金のかけることの無い消極的な協力であったとしても『協力を取り付けた』と言う事実があれば十分だ。むしろ、余計な資金の貸し手はいない方が良い」
その話に戻るのか、とでも言いたげにマルテレスが眉を下げて目を丸くした。
サジェッツァの言葉に、エスピラも続く。
「私もマルテレスが護民官になるのにこれ以上のタイミングは無いと思う。武功を挙げて認められつつあり、ハフモニとの戦争前だ。護民官は戦争には行けないからな。後方支援よりも前に立って戦う方が得意だろう?」
それもそうだとはマルテレスも頷いたが、そこまで乗り気ではないらしい。妻であるアウローラの方がマルテレスの護民官に乗り気なぐらいだ。
(妻伝いで説得するのが良いか)
オピーマ夫妻の力関係は、マルテレスよりもアウローラの方が強いらしいし。
「マルテレス。迷うようだったら、他の人にも聞くと良いんじゃないか? 自分が護民官選挙に出ることに賛成か、反対か。率直な意見を。ああ。ついでに、妹の婚約者として良い人がいないか、それとなく声もかけてくれると嬉しいな」
反対する人は居ないだろうと言うのは、エスピラも一部の被庇護者を使って把握している。
だからこそ、囲い込みのようなものであるのだ。マルテレスは平民や新貴族にエスピラよりも詳しいので、エスピラにとって一番の懸案事項である妹の婚約者探しを手伝ってほしいと言うのも本音である。
話題の終了をマルテレスに匂わせるために冗談めかして伝えはしたが、本気である。
そして、話題の終了だと言うことはきっちりとマルテレスにも伝わったのか、マルテレスの表情が明るくなった。
「アスピデアウスからも見繕おうか?」
一瞬、喉に球体が詰まった気がした。
エスピラとて、この質問を想定していなかったわけでは無い。されど、言葉選びには慎重にならざるを得ないことに変わりは無いのである。
「申し出はありがたいが、私が個人的に深い繋がりを持てていると思っている一門とこのタイミングで婚姻関係になるのは無駄が多い。私の子や孫が繋がればもっと長く関係を築けるしな。だから、アスピデアウスやオピーマとの婚約を持っていけば妹に怒られてしまう」
本当にすまないな、とエスピラは神妙に謝り、「妹はメルアと中々に上手くやっているみたいだしな」と付け加えた。
マルテレスが「良く分かるよ」と同情の視線を向けてきて、「うちとは逆ですね」とサジェッツァの妻がころころと笑う。
「そうか。まあ、何かあれば言ってくれ。力にはなれるはずだ」
「心配しなくてもすぐ見つかるんじゃないの? エスピラの妹さんに婚約者がいないのだってエスピラの結婚が遅かったからだろ? 遅いたって別に三十超えてから結婚するような貴族だっているわけだしさ」
マルテレスが笑い飛ばした。
サジェッツァは対照的な目をマルテレスに向けている。
「全員の見えるモノが同じだとは思わない方が良い。私たちはウェラテヌス一門と繋がる重要性を理解しているが、誰もがそう思っているわけでは無いからな。結局のところ、セルクラウスの庇護から抜けられるかどうかが鍵になる。タイリー様はウェテリ殿以外にも八子居て、全員が二人以上の子を持っている。セルクラウスと繋がるためならばわざわざウェラテヌスを経由しなくても良いからな」
長男トリアンフ次男タヴォラド長女プレシーモの家庭に至ってはタイリーにとってのひ孫も居るのだ。セルクラウス狙いの婚約ならそちらの方が良い。
「水をかけるようなことは言わない方が良いですよ」
サジェッツァが妻に窘められる。
エスピラは、「お気になさらずに」とサジェッツァの妻に小さく頭を下げた。
「財務官は入口だとは理解しておりますから。ここから先は、求められる資質が増えてくきます。期待料だけで婚約とはいきません。私にもっと大きな手柄があるか、あるいは期待をしてくれている者と個人的な関係を深めなければ妹の婚約者もすぐに見つけられたのですが……」
溜息を吐きながら、エスピラは視線を上に逃がした。
取り戻しつつある被庇護者などを使ってエスピラは妹に近い年頃の貴族の子弟を調べてはいる。うまく隠れて調べてくれる者も居れば、もちろん諜報活動が苦手な者も居るのだ。
アレッシアの国柄で隠れて何かを行うのが苦手なのは仕方ないと思っている。露見するのも計算の内だ。
だが、それでもウェラテヌスにと話が来ないのは、向こうから売り込んでくるほどの魅力が無いからだろう。
(やはり、こちらから売り込むしかないか)
エスピラを元気づけようとしているのか、あまり接点が無いはずのカリヨを空回り気味に褒めたたえているマルテレスを見て、
(護民官にするためにもウェラテヌスが婚約一つ決められないのはいけないな)
と、エスピラは気合を入れなおしたのだった。




