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今だからできる作戦。昔だからできる行動。

「エスピラ様の戦い方も研究されているようですね」


 アキダエ南方の防御陣地、トードーに入っていたヴィンドが直接エスピラの元に訪れて、そう言った。アキダエ北方の防御陣地オルカに入っているファリチェも百人隊長を二人こちらに割いている。ピエトロからも毎日伝令が来ており、連絡網の構築だけならば十分だろう。


 同時に、そこまでしても敵は動かないことから、グラウもアキダエを占領する意味を理解しているらしい。食糧も、無いわけではなさそうだ。


「私の戦い方か」


「高速機動で以って敵拠点を素早く叩く。そのための道づくりは時間をかけて。

 今回は防御陣地やトュレムレ補給作戦のための中継地点を補給地と見立てて予想を超える速度でやってくると見ていたのでしょう。そうでなければ、アキダエで投石機も鹵獲しているグラウがさっさと退く理由が分かりません」


「そうなるか」

 と、エスピラは重々しく返した。


 ヴィンドが頷き、口を開く。


「情報も徹底して封鎖される以上、エスピラ様とやりあうつもりならば早すぎるほどに先んじて行動するしかない。最大利益の追求よりも最低限の利益を求めるしかない。その意見で動いていても不思議ではありません。如何なる天才でも、相手の動きが一切見えなければ何もできませんから」


「遠くに居ながらさっさと先んじて行動し、こちらの行動を封じるだけで十分にバケモノだな」


「ええ。しかも、鹵獲された投石機の三台は二種ある最新式の内の一つ。人質には剣で返すアレッシアでも、焦る代物だと理解しているのでしょう。だから、待ち続けられる。エスピラ様から仕掛けないままアレが敵の手に渡れば他の戦線でアレッシアがますます不利になりますから」


 エスピラの左手の革手袋が、めりめり、と悲鳴を上げた。


「あれほどエスピラ様が価値を説明を行い、奪われるくらいなら壊せと言ったのに。ロンドヴィーゴは馬鹿なのか」


 誰もが呑み込んだであろう言葉をシニストラが吐き捨てる。

 ただし、他の人は何も言わない。昔ながらの兵の突撃の方が価値があると言う考えなのでしょう、とソルプレーサが返すだけ。


 そして、ソルプレーサの視線はエスピラの元にも来る。


「正直な話、この点に限ればエスピラ様の甘さが招いた結末だと言わざるを得ないかと」


 シニストラがソルプレーサを睨んだ。

 ソルプレーサは一切シニストラに意識を向けていない。


「私がカリヨ様にアプローチをかけたのが全ての始まりです。どうか、そこだけは違えないでください」


 ヴィンドが目を閉じてソルプレーサに言った。


 開けた時には、戦場の瞳に戻っている。



「アキダエは優秀な防御陣地です。ロンドヴィーゴ様の頭に三年前の陣地を撤退しながら時間を稼ぐと言う作戦が無ければ今も我らの手の中にあったでしょう。その能力を十全に使えないとはいえ、総勢八千四百で一万六千のハフモニ軍を打ち破るのは正攻法では厳しいと思われます。


 エスピラ様。超長距離投石機のみを集めた部隊を編成し、夜間に投石を行わせてください。夜に、松明だけをめがけて、遠くから奇襲を行います。相手が襲撃地点を把握できるようになった時にスコルピオ部隊も作り、夜間に一気に敵の数を減らすのです。

 投擲兵器を主軸に添えた部隊など、存在していても記録はございません。マールバラが離れている以上、グラウが優秀な指揮官でも迷いは生まれるはずです。


 その隙に、最大の火力で以って一撃を加え、アキダエを奪取いたしましょう」



 夜の組み立て、移動と言った難点はあるものの、なれた者達でなれた地で行う分には幾分か負担は軽減される。完全に月の無い夜であれば攻撃は不可能だが、確かに成功すれば相手に心理的にも大きな動揺を与えられるのだ。


 通常の戦い方では突破できない以上、ヴィンドの奇策も採りたくはなる。

 時間もあまりない以上、すぐに実行に移したくなる。


「エスピラ様。こちらに誼を通じようと内々に連絡を取ってきている北方諸部族もおります。時間をかけないのが最善ではありますが、時間をかけて被害を少なくするのも下策では無いのかと」


 ソルプレーサが静かに言った。

 折角春先の防衛線から本格的に育て始めた種が実りそうなのに、台無しになっては意味が無いと言う思いもあるのだろう。


(だが、投石機を解析されてしまえば奪い返しても意味が無くなってしまう)


 本当に理解できる者がいるかは不明だが。

 仮に居た場合、再現されてしまう可能性がある。


「大損害だな」


 ぼそり、とエスピラは呟いた。

 目は冷徹に。熱量は見せない。


 右手人差し指はゆっくりと何度も下唇を側面でなぞり、親指は頬に少し埋まっている。その状態で、エスピラは何も言わずに机の上の地図を睨み続けた。


 ソルプレーサもシニストラもヴィンドも黙っている。黙っていた方が良いと知っている。


 やがて、エスピラの指が止まった。


「ディファ・マルティーマからエリポスの駄馬を運ばせる。ヴィンドはその間に超長距離投石機部隊とスコルピオ部隊を出動可能にしておいてくれ」


「かしこまりました」

 ヴィンドが頭を下げた。


「あの見た目だけの馬をどうするのですか?」

 シニストラが言う。


「マールバラの策を真似るのさ。松明を括り付けて、外を走らせる。マールバラがやった以上は罠だと思う者も出てくるだろう? どうせ足の速くない上に持久力の無い馬だからな。だが、エリポスの馬となればステータスにもなる。奪い合いでもやってくれれば万々歳だ。こちらも、もう装飾品を養う気は無い」


 その宣言は、ロンドヴィーゴの罷免をも意味する宣言。

 三人にはしっかりとその意図が伝わったのか、表情がやや明るくなった。


「混乱の最中に、グラウが死にでもすればソルプレーサの努力も実るさ。混乱と混沌の中、北方諸部族は散り散りになる。そうなれば投石機を奪った部隊を組織的に守り続けるのは至難の業だろう。今まで以上に情報網の敷設を頼むぞ」


「かしこまりました」


 恐らく、この場で唯一全ての意図を察したソルプレーサが頭を下げた。


 幾つか、エスピラは超長距離投石部隊の攻撃についてヴィンドと取り決めを交わす。その間に、ディファ・マルティーマへ向けて馬の要請が出された。


 トリンクイタとカリヨによる手配は素早く、船の輸送もあってほぼ最速で馬が南方の防御陣地トードーに届く。それを、バーラエナの後ろを経由して三つの中では北方にあるオルカへ。手紙に添えて伝えていたカツラはエスピラの元へ。入れ替わるように、アキダエを放棄した部隊の百人隊長たちに名誉を回復するためには己の手でアキダエを奪い返せと喝を入れる。手紙を送る。一人一人に。読めない者には伝令もつけて。


 ファリチェに作戦の概要、もといオルカの兵がやるべきことと最終的な目標を伝え、理解した旨の意見が届いたのはそれからほどなくして。


 最後に観天師と占いを多数行わせて、日取りを決める。


 穴があるようにも見えるその作戦。重要な部分が運任せにも見える作戦。

 その運の要素をエスピラは弁舌とこれまでの運で兵に対しては騙しつつ、本当に運に任せるつもりは一切無かった。


『暗殺』


 アレッシアにとって不名誉な手法。卑怯者のやり方。


 それによってグラウを取り除き、必ず作戦を成功に導く。それが、エスピラの心づもり。アレッシアのためなら手段を選ばないエスピラのやり方。


 軍事命令権保有者としては一度も採らなかった手法をエスピラは選択し、作戦実行の日の陽が暮れる頃に姿を消したのだった。


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