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別動隊を率いると言うこと

 エスピラの構築した防御陣地群の最大の攻略法は攻撃しないことである。


 だが、ディファ・マルティーマが欲しければそうも言っていられない。


 では、落とすにはどうすれば良いのか? 最初に思いつくのは多方面への同時攻撃だろう。そして、これはエスピラの思うつぼ。


 次に思いつくのは大兵力を用いた一点突破。

 しかし、通常ならば攻め手が圧倒的不利な上に、ハフモニはエリポス方面軍に対し投石機の性能に劣るので被害が大きくなりすぎる。別の策を考え、実行は後回しになるのが普通だろう。


 それでも、マールバラはすぐに実行に移した。そして、兵を派遣させて成功させた。


 そこに、エスピラはトュレムレ方面に回り込み、相手の連絡網を破壊してから近づいていく慎重な作戦を取った自分との差を感じていた。

 いや、能力ではなく性格や目的の差かもしれない。だが、エスピラはマールバラの立場でもすぐに同じ決断ができるとは思えなかった。


「戦況報告は以上になります。最後に、ピエトロ様は全体の指揮権をヴィンド様にお渡しした方が良いかと聞いてきてくれともおっしゃっておりましたが、如何致しましょうか」


 道中で報告を聞いたエスピラは、「お疲れ様」意味も込めて伝令に一つ視線を向けた。

 それから、口を開く。


「ピエトロ様はバーラエナに建設から関わっている。どこに居る敵兵にどこから投石機を打てば見られずに攻撃ができるのか。どの投石機なら見えない位置から攻撃ができるのか。それを最も詳しく把握されている方だ。私は、ピエトロ様が適任だと思っているよ」


 頭を下げた伝令に、エスピラは比較的綺麗な水の入った牛の膀胱を渡した。

 伝令が礼を態度で示し、それから水を飲む。


「それと、良くぞ四倍のハフモニ軍を防ぎ続けてくれたとも伝えてくれ。そのための防御陣地とは言え、一方的に被害を与え続けられたのはピエトロ様のお力だ」


「ピエトロ様に良く伝えておきます」


 水を返すように手を伸ばした伝令に、それは渡すとエスピラも手で答える。


「休んでから帰るか?」

「いえ。すぐにでも出発します」


 水への感謝をもう一度した伝令が、エスピラの前から去っていく。

 エスピラはそれを見送ると、リンゴ酒を一口、口に含んだ。


「ピエトロ様の意図が見えませんね」


 シニストラが小さく溢したソルプレーサを見た。ソルプレーサがシニストラの視線を受けて口を動かし続ける。


「ピエトロ様ならば、ご自身が最もロンドヴィーゴ様から穏便に指揮権を預かれる者だと知っていたはずかと。カリトン様をマールバラの前から引き抜くわけには行きません。ネーレ様はまだ三十代。フィエロ様は軍団長補佐でもない。

 そうなると、ロンドヴィーゴ様が渡すことに納得するのは今年五十二歳になったピエトロ様だけかと。年齢、立場、元老院からの距離を考えると、他の者では機嫌を損ねかねません」


「私ももう三十になってしまったよ。偉人の中には、二十代で既に大きなことを成し遂げた者が多いと言うのにな」


 エスピラは、山羊の膀胱の口を締めながらぽつりと呟いた。


 すぐに笑って、右手のひらを見せて二人共の口を塞ぐ。右手はゆっくりと閉じながら横に動かした。


「気を許している君達だからこそ、つい弱音が出てしまったよ。忘れてくれ。流石に、四年も軍事命令権を保有していると少し疲れてしまったようだ。私の連続保有も今年で終わり。来年は少し休んで、再び、四年前のように気力に満ちた状態に戻すよ」


 それから、とエスピラは二人に言葉を挟ませずに続ける。


「ピエトロも元老院からお目付け役に任命されるぐらいには能力があり、習慣に染まっている者だ。一時的なモノとは言え、軍団長より地位の低い自分が指揮を執る正式な了承が欲しかったんだろう。そう難しく考える必要は無いよ」


「閑職に追いやることを考えていたとは思えない発言ですね」

 と、ソルプレーサが揶揄うように言ってきた。


「就任直後の話だ。今はもうそんな気は無い。簡単にそんな真似をしなくて良かった好例だよ。今後、一生忘れることの無い、ね」


 苦笑いで返してから、エスピラは表情を引き締めた。


「さて。グラウが未だにバーラエナに気を取られているのなら、その隙にアキダエを奪還しようか」


「各防御陣地は裏側を削っておりますので後方への攻撃は向かないのではありませんか?」


「その通りだよ、シニストラ。だが、籠られると厄介だ。今まで集めた情報ではロンドヴィーゴ様はあまり壊さずに出て行ったらしいからな。一万六千が入れる陣地では無いが、嫌なところに存在し続ける事実に変わりは無い。それに、奪われたままでは分かりやすい相手の成果になってしまう」


 エスピラがこの状況の攻め手だったらどうするのか。

 その時は、これ以上の攻撃を止める決断を下している。態勢が整ってしまえば正面からの攻略は犠牲者の数が多くなりすぎるのだ。できないとは言わないが、利益は薄い。


 それぐらいなら大きな防御陣地の一つを奪い、防衛線を崩した事実を保持し続ける。トュレムレから来ると騎兵には不便な山もあるが、おかげで守りも作りやすいのだ。アレッシア人の性格を理解しているのならば、この事実で十分。消極的な上に国土を失陥していれば軍事命令権保有者の交代もあり得るのだから。


 そもそも、アレッシアが大規模な防御陣地の形成をできなかったのは此処にもある。


 守りの態勢では功が無いのだ。インツィーアの大敗前でそんなことをすれば非難轟轟。現在もアレッシア以外でそれを作っても効果は薄い。


 ディファ・マルティーマでそれが出来たのは、ディファ・マルティーマ自体がエリポスとの間の要地になったことによって。

 落ちればこの戦争の趨勢を決めかねない場所になったからだ。


 要するに、消極的な姿勢を非難されることによる不利益よりも、守り抜く実益によって生じる名誉の方が軍団を構成する面子の今後を考えても大きくなったのである。


 が、当然それを理解できない者もいる。エスピラの成果を妬み、変なことを言う者もいる。

 ハフモニはそういった者達に向けて防御陣地を奪ったと言う結果だけが欲しい。揺さぶりをかけたい。声を大きくさせたい。


 それでうまくエスピラを前線から除ければ、北方諸部族に対する工作も排除できるのだ。


 ならば、アレッシアの軍事命令権保有者であるエスピラはどうすれば良いのか。

 アキダエを取り返してしまえば良いのである。


「二千のフラシ騎兵もバーラエナで確認が取れたと言うことは、攻略を始めればあまり猶予は無いかと」


「だろうな。だが、フラシ騎兵以外を素早く動かすのは厳しいだろう。一万を超える北方諸部族はバラバラの部族からなっている。纏めているグラウの直属部隊も五百から千との報告通りなら、先に砦に籠っていない限りすぐには退けないさ。

 言語が違う場合の撤退はいつもよりも難しい。しかも今回の場合、下手な撤退は投石の餌食となる。そうなれば総崩れになりかねないからね」


「一万四千で籠るにはあまりにも不適ですからね」


 ソルプレーサの言葉に、エスピラ、シニストラと楽観的な返答をした。


 が、こういう時に限って上手くいかないものである。


 エスピラら二千四百が防御陣地アキダエに迫った時、斥候が既にグラウが砦に入っていることを伝えて来たのだ。

 その数、一万四千。全軍。不揃いな堀と適当な柵、そして荷馬車で囲っただけの簡易的な防御陣地をアキダエの周囲に広げて。人の数こそ最大の防壁として。


「串刺しの森を一人で進める勇気は伊達じゃないってことか」


 苦々しく呟きながら、エスピラはアキダエから少し離れたところに陣地を建設するしかできなかった。


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