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トュレムレ補給作戦

 トュレムレ補給作戦。

 この作戦の第一段階は陸地側に敵の注意と敵兵を集めることにある。


 マールバラはアグリコーラを守りながら半島東部のインツィーアなどへの細々とした攻撃にも対処しないといけないのである。アグリコーラからインツィーアへは山越えが必要であり、山には元奴隷の山賊だって存在しているのだ。とても少数で移動できたものではない。


 そのような状態で、狭い領域トュレムレに閉じ込めている少数のアレッシア兵の見張りに艦隊の全てを使えるのか。否。使える訳が無い。船で封鎖はするが、とても同数の艦隊決戦に挑めるほどの人員は居ないのである。


 そこまで分かっているのに、何故エスピラは艦隊決戦を挑まなかったのか。

 これは、損耗が零では無いからだ。


 基本的に鎧を着た状態で海に落ちれば溺れて死ぬ。船だって同じだけの木材があればどれだけの槍を作れるのか。必要な水夫は? 失った水夫の補填は?


 ウェラテヌスは第一次ハフモニ戦争で船をたくさん作ったことによって蔵を空にしたのだ。

 元老院からの支援が望めない今、ウェラテヌスの当主であるエスピラに船を作る決断は採れない。


 故の、投石機だ。


 陸上にずらりと並ぶは二十九台の投石機と三個の破城槌。いずれも研究過程で作られたり参考として買ったりした物。最新型を同じ台数以上保持しているため、いざとなった時に持ち帰らずに焼いても悔いの残らない物。それでいて、半島では未だに上位の性能を誇っていると言える物なのだ。

 石はメガロバシラスから届いた物やディラドグマ跡地から運んだ物がある。


 同時に、エスピラはトュレムレに布陣すると補給基地の建設にも乗り出した。ディファ・マルティーマを守るべく作られた防御陣地。それらを経由して、新たに作られた基地も通って物資がエスピラの元へ。建設当初は警戒されるが、敵の全力をエスピラの布陣地への警戒に向けるためにすぐさま作ったのである。


 無論、狙いは肝心要の補給作戦に於いて物資を滞りなく持ち運ぶための基地だ。長持ちする物を運ぶのが定石なのだろうが、あえてエスピラは日保ちしない物も選んでいる。


 理由は単純。グライオならば日保ちする物は既に集めているから。兵の気分を変えるために、士気を保つためにである。

 実際にヴィンドが果物などで実験してくれていたのも大きい。


 恐らく、ヴィンドも同じ考えなのだろうとエスピラは思っている。


「観天師の予想が晴で統一されました」


 陽が昇る前。暗い中でシニストラがエスピラにそう報告してきた。

 連れて来た観天師は全十五名。エリポス人が十二名、マフソレイオの者が一名、地元の者が二名だ。


「そうか」


 言って、エスピラはかがり火の近くで地図を見ていたヴィンドに目を向ける。


「タイミングにも非常に恵まれているかと思います」


 エスピラは次にネーレを見る。


「就寝前の時点では二個大隊七百八十一名全員の健康状態は良好でした」


 七百八十一名は、仮にあっけなく壁が突破出来た時に攻め込む部隊だ。


 陥落が目的ではないため、その後に苦戦しても基本は撤退路線。リスクの割に兵士一人一人が得る物は少ない。

 それでも戦意高く同意してくれたのは、ネーレの家門であるナザイタレが積極的に協力してくれたことも大きい。


「投石機の計算は完了していたな」

「一時間もあれば全台が目標に向けて投石可能な状態になります」


 シニストラの返事を受けて、エスピラは頷いた。


「ルカッチャーノとリャトリーチの部隊を全員起こせ。朝食も早く完成させろ。すぐに攻撃準備に取り掛かる」


 まだ暗い中、松明がせわしなく動き始めた。

 トュレムレ壁外からも気づかれただろうが、問題は無い。トュレムレに居る兵は合わせても六千。しかも今は分散している。それに、城門を開けて突撃してきても夜間警戒中のヴィンドの部隊が居るのだ。真夜中に起きた、元気な千二百人が息をひそめ刃を研ぎ澄ませているのだ。


 そして、その警戒は警戒のまま終わった早朝。陽が昇り始めた時。トュレムレから炊事の煙が上がるのとほぼ同時刻に二十九台の投石機が一斉に稼働した。


 確かに、狙いから多少ズレる物も存在した。近場から一斉に放ったことで空中で衝突した石もあった。

 だが、多くが壁に命中したのである。


 大きな揺れと、轟音。トュレムレの市民全員を叩き起こす最悪な目覚ましの音。


 エスピラは、朝食を満足に食べられず十分な力を発揮できないであろうトュレムレ兵に追い打ちをかけるように陽が壁の上に来るまで絶え間なく投石機を使用し続けた。


 結果、壁の一部が完全崩壊。敵の防御態勢が整う前に壁上での移動を不可能にした。

 しかし、撃ち続けた投石機は五台に修復が必要な不具合が発生し、三台にその都度位置の修正が必要となる不具合が生じてしまう。同時にトュレムレと本陣の間には投石機が放った石が広がり足場を悪くした。


 が、此処までは想定の範囲内。

 最大の誤算は、石の壁の後ろに見えた木の枠組みである。


 遠くから見ると所々に空洞も有り、運良く木の枠組みからなる壁に当たった投石も一部を砕くだけで大きな損害が出ていないようであった。適切な補修をすれば、すぐにでも壁が直りそうであった。


 攻撃の姿勢を見せたネーレの部隊も壁の下に潜んでいた部隊と遭遇してしまう。

 こちらは元々トュレムレを落とす目的では無かったため足を止めて対処することが出来、逆に敵九名を捕虜にすることが出来た。ネーレの部隊に損害は無し。


 その後、持ってきた中で最も精度の良い投石機の攻撃を壁の下側に集中させれば、幾つかの小部屋らしき空洞も視認できた。人を入れる小部屋として壁に作られているようである。


 これらの対策に対し、エスピラは攻勢の手を緩める決断を下した。

 ただ、放った石の回収やマールバラに倣って定期的な投石を行わせはする。目的は敵兵の疲労。そして、優秀な指揮官の存在を確認するため。


 その間に新たに手に入れた四名の捕虜を含めた十三名を従軍している軍団長補佐以上の高官とジャンパオロに分けつつ、エスピラ自身も二名から情報を搾り取る。手段は問わない。いわば、競争意識を掻き立てつつ素早く情報を得るための作戦だ。


 結果、エスピラはトュレムレ兵六千も大きく分けると二つに分断されていることが分かった。


 裏切り者の同盟諸都市兵四千と、傭兵二千。さらに傭兵も三人の頭的存在がおり、仲はそれほど良くない。同盟諸都市兵も既に厭戦気分の者もおり、出身地や裏切る決断をした上層部と着いてきた者などで温度差がある。


(連絡が取れれば落とせそうなものだが)


 意味もなく地図を眺めながら、エスピラはリンゴ酒に手を伸ばした。視線の先はアグリコーラ。そして、アレッシア。


(裏切り者への苛烈な処理を元老院がしている以上は、簡単には信用してくれないだろうな)


 エスピラもウェラテヌス。建国五門の一つ。しかも、ナレティクスに対して国家の敵と認定するように訴えた者なのだから。信用を得るのは難しいだろう。


 特にこの軍団には、建国五門の者が多いのもあって、アレッシアの行動そのものに思われる可能性が高いことは容易に想像できる。


「やはり、予定通りにするしか無いか」


 呟いてから、リンゴ酒を煽る。


 兵に自死を命じ、兵が喜んで従ったディラドグマ。

 街の中に防衛網を敷設し、壁が壊れても一丸となって頑強に抵抗してきたトゥンペロイ。


 それらに比べれば、トュレムレ兵は弱すぎると言える。

 言えるが、アレッシアに対して戦わざるを得ないと言う点では一致しているのだ。加えて、エスピラの記憶には無いトュレムレの防衛設備がある。不意を衝く防御作戦がある。


 無理に攻め込み被害を出すのは望むところでは無い。


 もう一度リンゴ酒の入った山羊の膀胱を持ち上げたところで、足音が近づいてきた。少し大きい、急いでいることが分かる上に隠密行動には向かない足音。でも規則正しい足音。


(分かりやすいな)


 入って来たのはエスピラの想像通りアルモニア。


「エスピラ様。防御設備を拡充させた者が分かりました。グライオ様です」


 エスピラは、アルモニアから視線を切ってリンゴ酒をもう一度飲んだ。


「やはり、か」


 山羊の膀胱を置いて、エスピラはアルモニアを手招きした。


「他の者も同じ報告を?」


 聞きながらアルモニアが近づいてくる。


「元からあった設備、と言う報告ばかりだよ。ルカッチャーノやカリトンもそんな防御設備はトュレムレには無かったはずだと分かっていたしね。それでも、防御設備は占領した時からあったと言っているんだ。そう考えるのが普通だろう」


「なるほど。そういう事でしたか」


 アルモニアが頷いた。


「私に報告が来ていなかったのは、私に報告している途中で伝令の者が敵方に捕まればトュレムレを守れなくなるからだろうな」


 飲むか? とエスピラはアルモニアにも山羊の膀胱を差し出す。

 いただきます、とアルモニアが受け取って、リンゴ酒を呑んだ。


「内応による失陥だとも推測がついているのでしょうか?」


 アルモニアが確証を持っているような声音で聞いてきた。


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