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次を見据えて

「ソルプレーサ様では少々手順を飛ばし過ぎているとなると、次は私、と言うことですか?」


 カリトンがロンドヴィーゴを飛ばしたのは、カリトンから見てもロンドヴィーゴには過ぎた地位に思えるからか。


「マルテレスの執政官就任ほど混乱期でないと通らない人事もありませんよ」


 軽く笑って、それはそれとしてとエスピラ自身が流した。


「カリトン様はアリオバルザネス将軍に完全に動きを読まれていた戦いで騎兵だけを切り離して先行する策をすぐさま取られました。他の戦場でも、派手さはありませんが堅実に成果を挙げております。

 今の私たちにとって大事なのは負けないこと。そして、命令にとらわれ過ぎない柔軟な思考です。カリトン様ならば、他の者の権限も制限せず、突飛な助言だとしてもまずは一考する方だと考えましたのでお頼みしております」


「そこまで褒められるとくすぐったいですね」


 とは言っているものの、カリトンはほぼ真顔のままであった。

 不快にならない程度に表情をやわらかくはしているが、褒められたからでは無い。


「カリトン様にとっては不快な事情を話しますと、軍団内の亀裂を修正する思惑もあります。元老院議員に知り合いの居るカリトン様を法務官に据えつつ、いざディファ・マルティーマで戦いになれば中心になるのは私。苦手な内政を取り扱うのも私。とは言え、頭はカリトン様になるわけです。元老院が邪魔しているだとか、私なら救えるだとか、そう言う単純な話では無くなるのです」


「お飾りの法務官ですか」


「カリトン様は、馬や奴隷を完全に思い通りに操れるとお思いですか? ましてや、ネルウスは馬を多く養えるほどの貴族。そして、エリポスでの戦い。全ての盤面に於いてカリトン様が私を見限れば私の骸は今頃エリポスのカラスの胃の中でしょう。果たして、この場合お飾りなのはどちらでしょうか。と、失礼」


 エスピラは唇を手でなぞった。


「これこそカリトン様に使うべき言葉ではありませんでしたね。どうしても、人を疑う癖が残ってしまっていまして。友と思っていた者に命を勝手に賭けられ、エリポス人は今も自身の利益を最優先にしている。その癖、私が軍勢を率いて上陸する旨を仄めかせばすぐに火を消すと来た。よろしくない。本当に、良くない傾向です」


 溜息交じりにエスピラは吐き出した。


 壁に背を着け、酒を手にしているのが似合いそうな雰囲気を演出する。もちろん、エスピラは壁に背を着けておらず、酒も手にしていない。身なりも乱れて無い。



「カリトン様。私は、いや、アレッシアは貴方の力を必要としております。元老院は当然、ディファ・マルティーマに居る軍団の雰囲気も察知しているでしょう。私のことを危険だと考えている者も、五年以上連続して軍事命令権を渡せない、渡したくないと思っている者も大勢いると思われます。マルテレスだって外れたのです。唯一、マールバラに勝っている将でさえ外さないとサジェッツァやタヴォラド様はアレッシアを纏められないのです。


 今大事なことは何か。それは、アレッシアがまとまり、勝つこと。私は常々、マールバラは時間の問題だと訴えております。ですが、その時間が来る前にアレッシアが砕ける可能性もまだあります。それだけはやってはならない。してはならないことなのです。


 私が来年軍事命令権を保有できないのは確定でしょう。ならば、次の者に求められるのは何か。それは、此処にいる軍団をまとめ上げ、信頼を得て、さらには元老院からも覚え良くなること。この軍団に所属した者が、皆、戦後に利益を得られること。正しく功を認められること。その調整と言う難しい任務をこなさなければならないのです。


 それが、タヴォラド様にできますか? サジェッツァにできますか? マルテレスにできますか?


 無理でしょう。できません。この軍団は、誰よりもアレッシアのために戦ってきた一万三千とそれを補助する六千に別れております。その全てをまとめ上げ、ディファ・マルティーマを防衛し、マールバラと戦わないといけない。


 これが出来る者は、数少ないでしょう。元老院との関係を考えれば、間違いなくカリトン様が最適だと、私はそう思いました。カリトン様以外の者を全力で応援した場合、私は父祖に合わせる顔が無いと思いました。


 何よりも、貴方の力が必要なのです。誰よりも、貴方でないといけないのです。

 カリトン様。是非とも、お願いいたします」



 途中で力を籠め、吼えないまでも力強い声を出す。

 終わりは胸を張って頼むように。拳と共に胸を強く一回叩くように。そんな声で閉じた。


 カリトンが軽く目を閉じて、開ける。


「そこまで言われて断れる者がおりましょうか」


 発せられた言葉は肯定。

 カリトンが、少々大げさに、それでもどこか武骨な所作で膝を曲げた。


「カリトン・ネルウス。父祖と太陽の神に誓い、エスピラ様の申し出を受けることを此処に宣言します」


 カリトンの頭も下がった。


「ありがとうございます」


 エスピラも、頭を下げて穏やかに言う。

 カリトンが頭を振ったらしい音が聞こえた。


「エスピラ様。求めている言葉は、それではございません。私はあくまでも騎兵隊長。そして、エスピラ様は凱旋式を行うに値する軍事命令権保有者です」


 その声を聞いて、エスピラは顔を上げた。


 じ、とカリトンの頭頂部を見据える。


 カリトンの顔もゆっくりと上がった。


 エスピラが口を開く。


「アレッシアに、栄光を」


「祖国に、永遠の繁栄を」


 男二人。

 がっつりと視線を合わせて、頷いた。


 副官ソルプレーサ・ラビヌリ。

 軍団長エスピラ・ウェラテヌス。

 騎兵隊長イフェメラ・イロリウス。

 軍団長補佐筆頭ヴィンド・ニベヌレス。ピエトロ・トルネルス。


 軍団から一時的に離れる者として、財務官にルカッチャーノ、官職の有無は想定しないがファリチェ、リャトリーチ、ネーレ。


 そこまで打ち合わせをして、エスピラとカリトンは再び今年の話に頭を戻した。


 ディファ・マルティーマの現状と、ハフモニ軍の位置の把握。


 それからほどなくして、マールバラがアグリコーラで夏を凌いでいるのが確定するより前に、今のトュレムレが同盟諸都市兵四千と二年前にハフモニから送られた二千の傭兵部隊に占領されていることが判明した。


 好機と判断したエスピラは、六番目の月の終わりからディファ・マルティーマにある運命の女神の神殿と戦いの神の神殿に占いを依頼する。七番目の月の始めにはメガロバシラスから石が送られてきた。意図は、戦争準備をしていないと言う証とアカンティオン同盟をエスピラに抑えてもらうためだろう。


 手紙で用件を満たしつつ、エスピラはその石を早速防御陣地群に配備した。同時に、食糧の移動も始める。


 そして、七番目の月の下旬。暑さの盛りは越えた季節。マールバラがアグリコーラで一あばれを開始した時期。


 エスピラは、アレッシアとアグリコーラへと通じる道の情報封鎖をソルプレーサと二千の兵に任せると、一万二千を率いて出陣した。


 目的地はトュレムレ。目標はグライオに補給物資を届けることと、様子を探ること。


 昨年の冬に撤退して以来のトュレムレへ、エスピラはついに動き出したのだった。


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